5枚目 スイと家

僕はマグカップを少し上にあげる。

スイの目線がこちらに向く。



「じゃあ、このマグカップの色は?」



スイは「そういうことか」とでも言うように少し微笑む。

じっと僕のマグカップを見て、


「うーん...赤!」


と答える。

この質問をするときはいつもスイは楽しそうに答える。色覚に違和感がある人にこういうことを質問しすぎるのはそれがたとえ善意であったとしてもきっと少しは嫌というか、無力感を覚えるもののような気がするが。

まあどれだけこれを考えても僕はスイ以外に色覚障害の人間にあったことがないから知る由も無いんだけれど。


「正解、じゃああのパーカーは?」


スイはじっとそれを見つめる。

形が似合うってコウさんに選んでもらった僕のパーカーだ。


スイの目には確実にその色が写っている。

そもそも生まれた頃から障害があるわけではなく、気付いたら見えなくなっていたという感じらしい。

だからどんな色かと言われれば説明もできるし、想像も容易い。

塗り絵をさせても基本的に変な色は塗らないし、突飛な発言はしない。

ただひとつだけ言うとすれば、高校時代のスイのノートは色ペンはほとんど使われておらず、“僕にとっては”ものすごく見にくいものだった。




僕らはこうして会話を重ねていく。

この話すという行為とか、色が見えるとか見えないとか。そんなの僕らには関係のない話なのに。

実際、僕らの関係はそういうものでただ一緒の児童養護施設を卒園した仲間。ただ一緒に住んだ方が家賃が安いから。そんな関係の筈だ。


「どーしたの。今日の椎名、どこか違うところ見てるみたい。」


スイが机から乗り出して僕に顔を近付く。

そんなことされたからって僕はなにをいうでもないし、この距離の近さを紛らわせるために目をそらす他ない。


「ねぇ、目逸らさないでよ。」


「痛っ、」


額に痛みを感じる。

スイはどうもデコピンがうまいというかなんというか...とにかく痛いのだ。


「椎名時々ぼーっとしてるから。」


「スイも人のことは言えないだろ?」


そう反論すれば、いたずらっこの様に笑い「まぁね〜。」だなんて馬鹿らしく返される。



スイの表情はいつもどこか子供っぽくて。

その子供っぽさは大人になりきれていない大人そのものだと思った。

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ばいばいモノクローム。 あさぎ なぎさ @asa-758

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