4枚目 スイと色



スイには「色」が見えない。



見えないと断言してしまうのは少し酷な話かもしれないが“判断できないことが多々ある”のだ。

医者に言わせてみれば2型2色覚の色覚障害だ、とのことだが正直なところ全くわからない。僕はもちろんスイ本人でも、だ。

スイ本人曰く「見える時と見えない時がある。でも最近見えるタイミングが少し増えたような気がする。」という曖昧な感じであるが故に医者も原因までははっきりと言ってくれない。ただトラウマとか過去のストレスとかそういった類の可能性が高い、とだけ伝えられた。


そもそも僕等が出会ったのは児童養護施設と呼ばれるところな訳で、スイが(まあ僕もだが)訳ありじゃないわけがないのだ。

ただスイの場合は出会った時から今のような感じだった。それは「色」の見えない目もそうであるし、深い人間関係を構築するのが苦手な性格においてもだ。

施設で行われるカウンセリングなんかも普通であったし特に特記すべき点があるようなタイプではない。僕ともたまたま相部屋になったから喋り始めたといった感じだったはずだ。

本人も未だに苦手なものとか経験したこととかはわかりきっているようで、しばらくすればこちらが口を出さずとも普通の生活が遅れるのだ。


「まあでも、スイ的にはどうなの?」


「何が?」


「色、だいぶ見えるようになったーとか言ってたじゃん。」


...この間の検査では変化はなかったんだけども。

スイは問いかけを聞くと静かにコーヒーを飲んでから一瞬だけ僕に目を合わせた。


あぁ、きっとスイもすごく気にしているんだ。

すごくすごく。それは“人生の全て”とでもいうように。

マグカップを持つ指は止まっていて、指でなぞる癖を感じさせない。部屋の静寂はいつのまにか少し気まずいものになっていて、スイの空気を吸い込む音すら聞こえるような気がした。


「...僕にとっての“見える”が他の人と同じ“見える”じゃないかもしれないからね。」

「でもだいぶ分かるようになった、つもりだよ。」


そう言ってスイは笑う。

それは、誰が“見ても”分かるように自嘲的で、自虐を含んだ自傷的な笑い方のようで。

いつかスイが言っていた「僕はそんな価値ある人間じゃないよ。」って言葉がよく似合う笑顔だと思う。そう、思ってしまった。


スイはマグカップをくるくると回す。

コーヒーに映った世界をかき回すように。

いつもなら入れないミルクを入れたコーヒーの色の違いを、スイは理解しているのだろうか。


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