3枚目 スイと照明
部屋に静かな時間が流れる。
別にそれは気まずいものなんかじゃなくて、コーヒーの匂いに包まれたどこか安心する時間のような気がする。
結局店長というのはこの間たまたま出会ったトゲトゲとした髪型の人のことのようだ。...スタッフ間では金平糖店長と呼ばれているとか呼ばれていないとか。
スイの口から店長の話は時折出てくるもので、基本的に面白い話なんだけれど、数回に一度、不満をこぼす。
「てか最近どうなの?」
話しかけると「ん?」と少し首をかしげる。無意識なんだろうけど、こういうとこあざといよなぁと思う。
かわいいとこがあるから、先輩にかわいがってもらえるのか。僕よりも奢ってもらったりなんなりしてもらってる。まあ僕はあまりそういった人間関係が得意じゃないからいいのだけれど。
「店長が照明触らせてくれないー!って騒いでたじゃん。」
スイがそんなことを言い始めたのはライブハウスでバイトを始めて数ヶ月が経った頃だ。
まともにカメラマンとしての仕事もちらほら入るようになって、僕もスイのサポートに慣れ多少余裕が出てきた時期だった。
ある日入ったフェスでの写真撮影の仕事。インディーズの中でも人気のバンドが集まった野外フェスで、僕等以外にもカメラマンや映像関係者が多く来ていた。その最後のバンドの写真を撮影することになっていたスイは遠い視点での撮影を担当していた。
少し丘を上がったあたりにある撮影用のブースの前に立つスタッフに腕章を見せてそこに入ってから、準備を済ませたカメラをスイに手渡す。スイは「ありがと。」と笑ってステージにカメラを向けた。
ライブはアンコールに入る。曲とともに会場の雰囲気も勢いを増して、サビにさしかかった。
「...きれいだ。」
スイはカメラを目から離して、ステージの光に魅入っていた。時が止まったみたいに。スイの目には確実に「色」が写っていた。
その後のスイは一瞬も逃さないようにシャッターを切った。この数秒すら勿体無いと言わんばかりにシャッターを切り続けた。
スイがライブハウスで照明を触りたい!と言い出したのはこのフェスでの景色を見てからである。
照明による演出に惚れた、と本人は言っていたがきっとその「色」が見えたんだろう。
「あぁそれかぁ。今でも触らしてくんないんだよね。」
「色が判断できないと仕事にならないでしょ!って。」
どうやら照明さんへの道は遠そうだ。
まあ確かに店長の言い分はもっともだし、バイトもスイだけじゃないからわざわざスイに教えるほどじゃないという判断は間違っていないと思う。
ただちょっとスイが自分への自信を失うだけだろう。だけ、だなんて言い方は命とりかもしれないけれど。
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