2枚目 スイとアルコール

コーヒーをゆっくりと飲むと一瞬スイと目が合ったけれど、すぐにさらりと目線を外される。

別に今、気まずいだとか悪い空気って訳じゃない。これは癖だ。出会って間もない頃からこうやってすぐに目線を逸らす癖があったから。


スイはどうも人間関係の構築が苦手だ。いや、側から見れば得意なのかもしれない。

誰にでも愛想がいいし、特に言葉遣いが悪いわけでもない。男性にしては小柄で高い声だからかわいい、とか言われていたこともあった。

カメラマンという仕事柄、初対面でも何の気なしに気楽に話せる雰囲気というのが必要なわけで、それは僕には無くてスイにあるものなのである。

だから仕事に大きく関わる話は僕が、人とのつながりを作るような話はスイが担当するのが毎度のことだった。

これだけ聞くとスイは人間関係に対して器用な人間に思えるかもしれないが、実際そうではない。人と関わりを深めれば深めるほど怖くなる、とでも言えばいいのか。兎に角スイは人と“深く”関わるのが苦手なのだ。


ただそれだと僕とスイがこうして一緒に仕事をして一緒に住んでいることの説明がつかないように思える。

きっと僕の場合は特殊だったのだ。出会った場所が場所だったし、事情も事情だった。


「あのね、この間店長がさ」


なにかを思い出したように喋り出す。スイはこういう何気ない話をよくする。得意なのかは分からない。


「駅前のスーパーで爆弾コロッケ奢ってくれて。めっちゃ分厚いやつ。」

「それがすごい美味しかったんだよ、疲れてたのもあるかもしんないけど。」


スイはマグカップの端をつついて揺らしながら喋る。コーヒーの表面に波紋ができて、写っていた天井がゆらゆらと揺れだす。


実はと言えば僕的にはコロッケよりも店長が気になるところだ。

おそらく店長っていうのはスイのバイト先のライブハウスの店長のことなんだが、あまりいいイメージがない。初対面がお酒の場だったからかもしれないけれど。

ちなみにスイがライブハウスでバイトをしているのはカメラマンだけじゃ稼ぎが少ないってこと以外にも(CDの件で想像はつくだろうが)音楽好きが関わっている。


「店長ってこの間酔っ払って電柱に土下座してた人?」


「あー違う違う。それ副店長。」

「そっか、椎名そんときいたっけ。」


あぁ、あれは副店長だったのか。まあどちらにせよ電柱に土下座という行動自体のインパクトは変わらないんだが。

確かあの時はスタッフもライブの打ち上げに参加したかなんかで、店長副店長スタッフ揃って飲んでたはず。たしかそれで...


「スイが終電逃したとか言うからわざわざ車出して迎えに行ったんじゃん。」


「その節は大変お世話になりました。」


「分かればよろしい。」


そうだあの日は大変だった。

時間を忘れて飲んだ結果終電を逃したスイを眠い目を擦って深夜に迎えに行けば、酔っ払ったどっかのインディーズのバンドメンバーと知らないスタッフが乗ってきて、とりあえずそのバンドメンバーのホテルかなんかに送った記憶がある。

僕の名前は「椎名」なのだが最後まで間違えられて「高橋さーん!」だなんて呼ばれていた。後に聞いた話によるとそのバンドのサポートメンバーの名前らしい。アルコールと勘違いって恐ろしい。



「ねぇ、」


「ん?」


「また一緒に飲みに行こうよ。」


「やだよ、スイお酒弱いし。コーヒーで十分。」



そんな話をすると「それもそうか。」とスイは苦笑いしてコーヒーを口にした。

...スイがミルクなんて珍しいな。

部屋にはことん、というマグカップを置く音だけがする。いつのまにかプレーヤーは止まったのか。

でもたまにならお酒もいいかもしれないなぁ。

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