ばいばいモノクローム。
あさぎ なぎさ
1枚目 スイとコーヒー
「その仕事は受けないよ。」
秋真っ只中、マンション一室に僕とスイはいた。
今日は久々に2人とも仕事のない日で、部屋の片付けをしたり資料をまとめてゆっくりと過ごそう!だなんて言ったすぐそばから仕事のメールが入ったのだ。
内容は至ってシンプルで今度自分たちが主催するイベントがあるからそこで写真を撮って欲しい、というものだ。
フリーのカメラマンであるスイからしたらこの手の仕事が殆どな訳で、別段驚くようなものではない。ただ、問題なのはそのイベントの日程だ。
「僕は来年死ぬんだから。」
そう。スイは来年の4月3日に死ぬのだ。
皮肉にもイベントは4月4日に開催とのことだった。
秋の時点でカメラマンを抑えるのはわりと珍しいというか少し早い気がした。
故に4月4日以降の仕事の依頼が来たのはこれが初めてなのだ。
僕とメールを見て少し顔をしかめたスイの間に少しの気まずい間が生まれる。
こういう空気になる度にスイはコーヒーを淹れて喋り出す。
このままでもどうにもならないことを知っていて、「世間話でもしようよ」と言いたげに僕の前に熱すぎるくらいのコーヒーの入ったマグカップを置くのだ。
ほら、今も
「僕、コーヒー淹れてくるよ。」
「砂糖は「砂糖はいらないけどミルクは入れて、でしょ?」
スイは僕の言葉にそう重ねた。
ミルクだけはいつのまにか癖になってたみたいだ。
椅子から立ち上がって少し遠回りをしてキッチンへ向かう。
スイは本当に音楽が好きだ。
というか音楽とコーヒーの組み合わせが好きだ。
だから今もこうして遠回りをしてでもCDプレーヤーのボタンを押しに行ったのだ。
プレーヤーからは少しの無音の後にCDの回転する音が聞こえてくる。
僕的にはこの音も好きで、スイがこうしてわざわざCDなんて古臭い方法で音楽をかけているのを密かに気に入っている。
流れてきたのはついこの間発表されたばかりの知り合いのバンドのシングル。
この音の感じはデモのCDか。荒削りのままのドラムとリズムギターが気になる。
デモってことはこの間仕事でライブの写真を撮った時にでももらったのか。なんかそれってすごいことかもしれないとか思いつつ、実際バンドメンバーの酔った姿を見たことのある人間からしたらそんなこともないかもしれない。つまり僕は後者だ。
スイがコーヒーを淹れている間に机でも片付けようと立ち上がる。
散らかった書類とフライヤー、描きかけのポップ、文房具、置かれたままの一眼レフ、開きっぱなしのノートパソコン。ちなみに僕はウィンドウズ派である。
自分のものなんかは少し乱雑に机の端に寄せたりリビングのサイドボードにまとめておく。
準社員として書店で働いている手前そっちの仕事を怠るわけにもいかず、休日にこうしてスイのカメラマンとしての仕事を手伝っているのだ。……スケジュール管理くらいは手伝ってもらいたいものだが。
僕が一眼レフをケースに入れ終わった辺りでスイが机にマグカップを置いた。
CDはまだ回り続けている。
あ、この間の差し入れでもらったマドレーヌでも持ってこようか。いや、必要ないか。
スイは一足先に椅子に座っていて、自分の淹れたコーヒーの香りを満足そうに楽しんでいる。コーヒーはコーヒー単体で楽しむ派のスイだ、きっとこれでいい。まあ、こうして賞味期限ギリギリの差し入れが溜まっていくんだけれど。
部屋にスイの淹れたコーヒーの香りが充満する。
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