第426話 特別編④ 友情? ないないそんなもの……

 *


「……ま、間に合った……!」


 ぜひぜひ、と喘ぎながら、続々とオーディション候補者たちが帰還する。

 彼らはみな、打ち上げられた魚のような有り様だった。


 役者には体力が必要だ。彼らも普段からランニングや筋トレなどはしているだろう。

 だが、今回のミッションは時間的にも体力的にも、ギリギリのところを攻めるものだった。


 なんの鍛錬もしていないものは制限時間内に帰って来ることはまず不可能。

 体力のあるものでも間に合うことはかなり難しい。


 では何が合格に必要かといえば、ミスター・ファスナーが言ったように、情熱、やる気、根性……そういったものになるのだろう。


 止まって休みたくなる身体にムチを打つのは、それら強靭な意志であり、弱音を吐きそうになる心根を叱咤してくれる。


 そうして一切の休憩なし、水分補給もなし、ただひたすら足を動かし続けた者だけが合格ラインに到達できるのだ。


「でも結構やるやつもいるな……」


 タケル王は感心した様子で帰還者……特に自分を除いて一番で帰還したものを見る。


『彼の名前はマンソニー・ラッキー22歳。ニューヨーク出身のアメリカ人です。芸術大学の演劇コースに在籍。すでにブロードウェイの出演経験あり。映画はなし。演劇の世界では天才と謳われているようで、今回の大本命と目されています』


「ほほう……」


 などと顎をさすりながら唸ってみるものの、タケル王は内心で白旗を上げる。

 演技ではどう逆立ちしても勝てないだろうな、と思ったからだ。

 と――


「む」


 不意にマンソニーと目があった。

 パチン、とウィンクなどしてくる。


 嫌味のないしぐさ。どうやら人間的にもすぐれた人物のようだ。

 額に汗をかき、呼吸を整えているのは周りと同じだが、地面にへたり込むことなく、立ったままである。市内マラソンに階段往復でもまだ体力に余裕がありそうだ。


 そして次に注目するべきは――


「あいつは……」


 壁際に背を預け、喘ぎながら激しく咳き込んでいる男。

 マンソニーの次に帰還した男である。


『彼の名前はジェームス・スタイナー・ホリラン18歳。イギリス貴族の三男坊で、俳優志望です。とてもプライドが高く、人種差別主義者です』


 人種差別主義者。お坊ちゃまにありがちだ。

 そして、一次試験開始前、ミスター・ファスナーに対してクレームをつけていた金髪野郎としてタケル王は認識している。


 彼は輪の中心にいるマンソニーとは違い、ずっと端っこの方にいた。

 俺はおまえらとは違うのだと、態度で示しているようだった。


『役者は趣味の延長ですが、家柄的に有名俳優と懇意にしているようで、プライベートなレッスンを受けています。なかなか才能アリみたいです』


「ふうん」


 タケル王がジロジロ見ていると、キッと睨まれた。

 無名のアジア人が高貴な俺様を見るとはなにごとだ……とアテレコしたくなるほど蔑んだ目だった。


「あいつは好きになれそうにないな」


『ですねー』


 などという会話をしていると「残り10分!」とミスター・ファスナーが声を上げた。


 倉庫内に帰還したものは50名にも満たない。250名以上が落とされたことになる。


 と、タケル王は倉庫内をくまなく観察し、眉をひそめた。


「おい、あいつはまだか?」


 タケル王が気に掛けるのはジェラルミンである。

 タワー前ではタケル王と入れ替わりで階段を上っていった。


 あのペースならマンソニーやジェームスに次ぐ時間で帰ってこられるはずなのにどこにも姿がなかった。


 真希奈が「サーチ中、少々お待ちを」といい、数秒黙り込む。すると――


『タケル様、どうやらマズいことになっているようです』


「どうした?」


『ジェラルミンが妨害を受けています』


「チッ――!」


 タケル王は走りだす。

 ザワっと倉庫内が騒然とする。

 まるで疲労を感じさせないスピードと動きだったからだ。


「どっちだ!?」


『方位22、距離500。今朝方の不良たちの報復です!』


「うおおッ!」


 タケル王が地面を蹴る。

 ドンッ、と衝撃。


 アスファルトが陥没し、その反動でタケル王の身体は宙を舞う。

 眼下に街を見下ろしながら風の魔素を全身にまとわせて移動する。


「あそこか!」


 行き止まりの裏路地。

 そこで十数人に囲まれているジェラルミンがいた。


 疲労困憊で足元をふらつかせながら、ひたすら無抵抗で攻撃を躱す姿に、不良たちは嘲笑している。


 ビキ、とタケル王のこめかみが軋む。

 自由落下どころではない。さらに加速しながら着地。


 バァンッ! と地面が弾け飛ぶ。

 その勢いと衝撃により、不良たち全員が尻もちをついていた。


「貴様らぁ……!」


 タケル王がゆらりと立ち上がる。だが――


「ッ、ブラザー、ダメだ!」


 チアノーゼ気味の青い顔でジェラルミンが叫ぶ。

 ミスター・ファスナーが言っていた。

 地元に迷惑をかけるなと。


 不良たちとのファーストコンタクトはその言葉の前だったからギリギリセーフでも、いま手を出すのはまずい。


「なら走れ!」


「くッ――!」


 タケル王はジェラルミンの手を引いて駆け出した。

 不良たちも我に返り、怒りの雄叫びを上げながら追いかけてくる。


『タケル様、残り時間6分41秒!』


「しゃんと走れ! 不合格になるぞ!」


「はあはあッ、置いていってくれ! 足手まといになるつもりはないっ!」


「言ってる暇があったら足を動かすんだよ!」


 目についたポリバケツをひっくり返して道を塞ぐ。

 立てかけてあった『すのこ』も倒して進路を妨害する。


 地元に迷惑を……とはいえ緊急事態だ。

 追いかけてくる不良共は、血走った目つきで殺気立っている。

 下手をすれば命だって奪われかねない状況だ。これくらいは容赦願いたい。


『タケル様、右に!』


「おう」


 ほとんど引きずるようにジェラルミンを引っ張りながら道路を横断する。

 ププーッ! とクラクション。

 うるせえ、ギリ青信号だったろうが! とタケル王は悪態をつく。


「はあはあッ、くはっ! ゲホッ、はあはあっ!」


 ジェラルミンの体力の限界が近いようだ。 

 無理もない。ただでさえ限界に挑む試験なのに、不良共のせいで余計な体力を消耗しているのだ。


「ほらほらどうした、おまえの根性はそんなもんか! そんなんじゃ試験に合格どころか役者にだってなれないぞ!? そんなに休みたいなら今すぐ実家に帰って、ママのおっぱいでも吸ってな!」


「グッ、言って、くれるな……! く、くそったれがああああ!」


 タケル王はわざと挑発することでジェラルミンの闘争心を煽る。

 アドレナリンの肉体への覚醒作用、心拍数の上昇、疲労軽減効果はすさまじい。


 効果があったのか、ジェラルミンが走りだす。

 絶対に合格するのだという意志が、その足取りからも感じられた。


「真希奈、残り時間は?」


『4分12秒!』


 なかなか厳しいか。

 心深との約束でブリザードブルーにはならなければならないが、ここでジェラルミンを見捨てていくのは違う気がする。


 そんなことをしてヒーローになっても意味はない……そんな気がするのだ。


『タケル様、あと1分お待ち下さい!』


「なにか策があるのか!?」


『はい! ――到着まであと40秒!』


 何がだ!? まさか真希奈のやつ、米軍をハッキングして弾道ミサイルでも|出前

《ウーバー》したのではないだろうな。そんなのが着弾したら不良どころかこの区画が消滅してしまうぞ。


『到着まで5・4・3・2・1――いま!』


 キキーっと耳をつんざくスキール音がした。

 道を塞ぐように車体を横付けしたのは、見覚えのあるタクシーだった。


「なんだなんだ、突然無線からこっちにあっちにと聞き覚えのある声で細かい指示が飛んできたかと思えば……これはどういうことだナスカ」


 降りてきたのは今朝方のタクシーの運ちゃん……えーっと名前はドゥギーだっけ?


「ああ、ちょっとトラブっててな」


「……ただごとじゃねえみてえだな」


 汗だくになって喘いでいるジェラルミンを見て色々と察したようだ。

 というか真希奈はドゥギーを呼んでどうするつもりなのか。


 まさかタクシーに乗って逃げようと?

 逃げられはするだろうが、試験には不合格になってしまうぞ……。


 そして不良たちが追いついてくる。

 一戦交えるしかない。タケル王がそう覚悟したときだった。


「おいてめえら、誰の客のしり追っかけ回してんだッッ!」


 雷のような怒声がとどろいた。

 それだけで不良たちは夢から覚めたようにハッとする。


「あ、あんた……ドゥギー!?」


 不良たちはオロオロしていた。

 タケル王はこっそり真希奈に耳打ちする。


「何者なんだあの運ちゃん」


『彼の本名はダグラス・ハウザー。ドゥギーの愛称で知られますが、もっと通りのよい名前は鉄拳ドゥギー。つまりはあの不良たちのOBです』


「わお」


 丸太みたいに太い腕を組みながら、鉄拳ドゥギーは睨みをきかせる。


「だいたい少人数を大勢でおっかけ回すのが気に入らねえ! てめらキンタマついてんのか!? 全員ファニーハーバーにぶち込むぞ!」


「ファニーハーバーって?」


『港湾エリアにあるゲイバーです』


「うわお」


 不良たちはその場で全員土下座。

 そ、それだけは勘弁してくれ! 先月ようやく彼女ができたんだ! 俺は結婚を考えている女がいて! 死んだオヤジの遺言で後ろの穴は守れって……などなど、必死に命乞いをしている。


 だがドゥギーは憤懣やるかたない様子だった。

 これから本格的な説教が始まりそうだ。


「悪かったな、ナスカ、キック。ここは俺の顔に免じて許してくれ」


「正直助かった。俺たち急ぐからまたな!」


「サ、サンキュードゥギー」


「おう!」


 こうして不良共を預けたタケル王たちは改めてゴールを目指す。

 真希奈の焦り声が『残り2分!』と警告した。


 さすがにもう無理か。

 そう諦めかけたタケル王だったが、人間の底力というものを見せつけられる。


 ジェラルミンは立った。走った。駆け出した。

 わずかに休憩できたことがよかったのか。


 それでようやく最後のロウソクに火が灯った……というと死んでしまいそうだが、そういう意味ではなく。正真正銘火事場のクソ力が発動したのだ。


「はあはあはあっ! ぶるあああああッ!」


「うわーすごいなー人間ってー!」


『ホントですね。あはは!』


 そして――


『10、9、8、7――』


「があああああああああッ!」


 ゼハゼハッ、とラストスパート。

 ギョッとしたサングラスの見張りがサササっと扉前を譲る。


『ゼロ!』


「タイムアップだ!」


 最後はヘッドスライディングだった。

 扉前の僅かな段差すら乗り越えられず、ジェラルミンは倒れ込むようにゴールしたのである。


「いまこの場にいるものたちをオーディション一次審査合格とする!」


 おおおおおおおおおっ! 大歓声が起こった。

 ピュイッ! と口笛を鳴らすもの。万雷の拍手を送るもの。その場でバク転をするものまでいた。


「……ご、合格、か。合格なのか……?」


「ああ、おめでとう」


 タケル王は道すがら拾っておいたゴミ……ペットボトルから水を口元に注いでやる。魔法で作りだした清潔な水を、さもペットボトルから注いでいるフリをしているのである。


「うまい……こんなに美味い水ははじめてだ」


「そりゃよかったな」


 フッとタケル王は笑う。

 まさかこんなスポ根漫画みたいなノリを自分がすることになるとは。

 だが悪い気分ではない。むしろ楽しんでいる自分にタケル王は驚いていた。


『ううう、タケル様が同年代の男の子たちと青春を謳歌している……真希奈は真希奈は感動です!』


 おかん目線すぎるマイドーターを無視しつつ、歓喜に沸く倉庫内を見回す。

 遅れてきた青春か……などと、らしくないことを考えつつ、タケル王は遠い目をするのだった。


「アテンション!」


 沸いていた倉庫内がシン、とする。

 スタント・コーディネーター……アクション監督のファスナー氏だった。


「まずは合格おめでとう、と言っておこう。これにて一次試験は終了だ。明日、二次試験を行う!」


 そうだ。喜んでばかりもいられない。

 試験はまだまだあるのだ。


「今日はこのまま、こちらの手配したホテルに泊まってもらう」


 おお……と感嘆と安堵のため息が。

 合格者ともなればようやくまともな扱いをしてくれるのか、という意味と、ゆっくり休めるという意味だった。


「だが改めて言うぞ。貴様らはまだ何者でもない。常に自分たちは我々に値踏みされているのだということを忘れるな!」


 ファスナー氏は弛緩しそうになる空気を引き締めることを忘れない。

 厳しいようだがさすがだな、とタケル王も感心した。


「それから最後にひとつ!」


 ゴクリ、と全員が息を呑む。

 ファスナー氏はいかめしい口調のまま言った。


展望台スカイポッドの観覧料、45カナダドルを払うよーに。以上!」


 だあああっ、と全員がずっこけたのは言うまでもない。

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ピカレスク・ニート〜やがて英雄へ至る少年と、ふたりの美しき精霊魔法使いとの冒険 Ginran(銀蘭) @Ginran

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