莇原

スヴェータ

莇原

 かつてこの地は草原で、小さな家が1軒建っているだけだった。その家は自分たちが食べるだけの小さな畑を持ち、数羽のニワトリを飼い、太陽と共に寝起きする静かな暮らしを営んでいた。


 近くの町が豊かになってくると、多くの人がこの地に住処を求めてやって来た。小さな家の周りに2軒、3軒と家が立ち並び、草原は村へと変わった。小さな畑は多くの人たちの手助けで大きな畑となり、ニワトリだけではなく牛や馬も飼い始めた。


 どんどん賑やかになっていく村。変わらないのは太陽と共に寝起きすることくらいで、それ以外の暮らしは何もかもが変わったように見えた。静かなあの頃にはなかった交流が生まれ、皆が豊かになっていった。


 しかしある時、小さな家の娘が殺された。金に困った村の男が強盗に入ったのだ。母親は悔やむに悔やみきれない様子で、留守番を言いつけたがために命を落とすこととなった、たった7つの娘を憐れんだ。


 男は「空家だと思っていたが、娘がいたため動揺して殺した」と後の村裁判で供述した。これを聞いた娘の両親は怒り狂い、村に火を放ち、自らの家もろとも焼き尽くした。焼き尽くした頃、狙いすましたように雨が降った。


 雨が上がると、父親は新しく家を建て始め、母親はアザミを摘んで来ては綿毛をふうっと吹いて辺りに撒き散らした。焼け野原だったこの地は徐々にアザミで埋め尽くされ、新しく建てられた小さな家の他はアザミしか目につくものはなかった。


 娘の両親が生涯を終えると、新しい小さな家は空き家となった。命はアザミ以外に何もなく、また、誰もこの地に近付こうとしなかった。アザミには棘があり、それがまるで「触れるな」と言っているようだったから。悲しい事件が語り継がれる間、アザミの草原はかつてないほどの静寂に包まれていた。


 人々はこの草原のことを「アザミの原」と呼んだ。それが「アザミ原」に形を変え、さらにこの土地の人の訛りで「アザンバル」と形を変えて呼ばれるようになった。後に看板を立てようという話になり、「莇原」という漢字があてられた。


 年月が経ち、あの悲しい事件について誰も知らなくなった頃、世界規模の大きな戦争が勃発した。莇原周辺は疎開地に指定され、芋畑にする土地が求められた。理由も分からず「近付くな」とだけ教えられてきた大人たちは、莇原のアザミを全て引き抜き、すっかり芋畑にしてしまった。


 戦争が終わると、莇原の芋畑はしばらくそのまま食糧生産のために使われた。10年、20年と時が経ち豊かになると、畑は潰され道路となった。道路沿いには店が立ち並び、人々はそこで腹を満たし、酒を飲み、娯楽を楽しむようになった。周辺は町を形成し、かつてここに村ができた時よりもずっと賑やかになった。


 それからさらに50年。人々はさらに都市部へと住処を変え、賑やかさは随分落ち着いた。ただ道路だけは相変わらずで、最新式の車が行き交った。カーナビは漢字や呼び方が分からず、この地を「アザミ原」と示した。


 近々この地は隣町と合併し、「かえで町」という名に変わる。大きな楓の木が隣町にあるからだ。この地に住む人は「土地の名前が読まれず苦労していたから良かった」と、この合併に好意的。円満に話は進み、おそらく来年には全てが整うと見られている。


 この地から、アザミは消えた。花も、物語も、そして名前も。

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莇原 スヴェータ @sveta_ss

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