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 【稀少種】 特殊能力を持つヒト。その能力は様々だが、揃って男性でも女性でもない中性体として生まれる。多くは十歳程度で性別を分化させる。



 ついてない。

 辺境の片隅に住む自分が、中央域の学園に入学を許された時には、己の強運さに拍手喝采したものだけれど、何事もすんなりうまくいくはずもなく、出端をくじかれる形となった。

 勇んで乗り込んだ中央行きの飛空船が、数十年ぶりの規模という嵐で二週間ほど足止めを食らった。

 おかげで入学式に出ることもかなわず、授業がはじまって既に一週間以上が過ぎてしまっている始末。

 煩雑な手続きを済ませ、なんとか学校にたどり着いた今日、学部長室に挨拶に訪れれば、学生の心得等々、ありがたくもどうでもいい内容を延々と訓示される羽目になった。

 十日以上、中継港で避難生活していた生徒を思い遣るなら、話を簡潔に済ませるか、せめて座らせてやろうとかいう心遣いがあってもいいかとおもうのだけれど、学部長は自分は立派な椅子に座ったままとうとうと話し続ける。

 気取られないようため息をつき、大人しく拝聴するふりを続けること数十分。

 ちょうど鳴ったチャイムに、ようやく話を切り上げた学部長は席を立った。

「それでは教室に案内しましょうか」



 二限目開始直前、という中途半端な時間のおかげで、ろくな紹介をされることなく、席に着かされ非常に居心地悪い。

 ちらちらとあちこちから感じる視線をふりはらい、とりあえず隣の席の子に小声で挨拶する。

彩凛さいりんです。よろしく」

 こちらを向いた少女は……なんというか、ちょっと変っていた。

 小柄で華奢。大きな目。あご辺りで切りそろえられたやわらかそうな茶髪。

 いかにも守ってあげたくなる風情の女の子。

 しかし、その小さな顔の大部分が大きなマスクで覆われている。

 その上、そのマスクには赤色で大きな×印が描かれている。

「えぇと、風邪?」

 隣席の少女は声を出さず、首を横に振る。口元が見えないから定かではないけれど、微笑んだようだ。

 謎を残した状態のまま、講師が入ってきて、教室内のざわめきが消え、授業が始まってしまった。



 午前中の授業の間にわかったのは、隣席の少女の名がフユラということと、しゃべれないらしいということ。

 講師に指名されると、返事のかわりにまっすぐ手を上げていた。

 あのマスクは、しゃべれないということをわかりやすくするためなのだろうか。

 そんなことをしていなくても、初めに一回教師が伝えれば済む話だと思うのだけれど。

 フユラはしゃべれないせいかクラスメイトにも関わらないようにしているようで、休み時間もひとり本を読んでいた。

 そして今日の授業が終わった今、既に教室にフユラの姿はない。

「彩凛さん、今から街に行くのだけれど、一緒にどう?」

「ありがとう。でも、今から入寮の説明を受けないといけないから。また誘って?」

 まだ名を覚えていないクラスメイトの誘いを断り、彩凛は立ち上がる。

 授業が済み次第、寮監を訪ねるように言われている。また朝のように延々くどい話を聞く羽目になるのかと考えるだけで、彩凛の足取りは鈍くなった。



 もともとが大雑把な人なのか、他に仕事でもあるのか、寮監は寮則の書かれた紙と寮内の見取り図を彩凛に渡し、「読んでおくように」の一言だけで話を終える。

「あの、すみません」

「なにー? わからないことあったら同室の子に聞いてくれればいいよ?」

 たしかに、くどくど長い話を聞きたくはなかったけど最低限の仕事はして欲しい。

「私の部屋、どこですか?」

「ああ、ごめん。言ってなかったっけ? そこの階段、三階まで上がって右に折れた突き当たり三二八号室」

 あまりのやる気のなさに力が抜けながらも、これなら細々うるさく言われることは少なそうで、かえって良いかもしれないと思いなおす。

「ありがとうございます」

 一礼して寮監室を退室し、彩凛は階段をあがる。

 ルームメイトが付き合いやすい子だと良いのだけれど。

 期待と不安を半々に彩凛は三二八号室のドアを開ける。

「うわ。びっくりした」

 高くも低くもない不思議なトーンの声にぶつかり彩凛はあせる。

「ごめんなさいっ」

 まさか、人がいるとは思わなかった。

 こちらを見る大きな目に見覚えがあり、顔をあげた彩凛は眉をひそめる。

 誰だったか……。

「あぁ。わかんないか」

 小柄でかわいらしい少女は手にしていたものを口元にあてる。

「あ」

 赤いバツマークのついたマスク。

「フユラです」

 しゃべれないと思っていた少女は、にこりと笑ってそう名乗った。



「しゃべれたの?」

「しゃべれるの。そのことについて話があるから、ちょっと座って?」

 やわらかな独特な声は、なんだか眠くなるほど心地良い。

 その、真面目な声音に従い、彩凛は使われていないほうの机から椅子を引き、座る。

「これ聞いたら、寮監に言って部屋変えてもらって」

 ベッドの縁にかけ、話すフユラの言葉に彩凛は眉をひそめる。

 いろいろ問いたいことはあるけれど、その様子が彩凛を慮っているように感じられて、どうでもいいことを口にする。

「そんな簡単に変われるものなの?」

 同室が嫌だという生徒を、そのたびに部屋替えを許していたらキリがないだろう。

 特にあのやる気のなさそうな寮監が、そんな面倒ごとを受けるとも思えない。

「相手が私ならね」

 そうは見えないけれど、よほどの問題児なのか、それともそこまで大きな理由なのか。

 疑問をそのまま顔に出す彩凛に、フユラは笑む。

「問題児というか、厄介者かな。……ねぇ、私の声聞いてると変な気分にならない?」

「変っていうか、良い声だよね。心地いいっていうか、ちょっと眠たくなる」

 子守唄に近い感じというか、そういう感じの耳馴染みの良さ。

「ん。私、この声で無理やり人を従わせることができるんだよ。洗脳みたいなものかな」

 感情なく、淡々とフユラに告げられ彩凛はしばらくその意味を考える。

「……稀少種なの?」

「そう」

 深いため息のような頷き。

 ようやく合点がいく。

 教室内の、フユラに対するどこかよそよそしい空気。

 そしてフユラ自身、人を遠ざける為にわざとらしいマスクをしていたのだろう。

 稀少種はその特殊な力のせいで一般人に理解されにくい。おまけに絶対数が少なく、それとわかる状況で一般人に交わることも少ないのだから仕方ないかもしれないが。

 彩凛は自分がこの学校への入学許可が出た意味にも気付く。

「別に問題ないよ。『施設』から出所してるってことは、きちんと制御ができてるってことでしょう? それにも関わらず、あんなマスクつけて威嚇してる方が問題だと思うけど?」

 稀少種は、生まれて間もなく『施設』に収容され、制御を覚えなければそこから出ることはかなわない。

 つまり、今のフユラになんら問題はなく、能力について周囲に明かす必要もなかったはずなのだ。

「それでも、出来れば関わりたくないのが人情じゃない?」

 たしかに、個々の感情はどうしようもない。得体のしれないものに対する、直感的な不安。

 それを避けずに公言する、フユラの潔さというか、痛々しいまっすぐさに彩凛は好感を持つ。

「でも、私は平気だから」

 裏で働いたであろう意図に少々苦いものを感じながらも、彩凛はフユラをまっすぐ見つめて微笑ってみせる。

「私が、平気じゃない。自覚なく力を使ってしまうかもしれない。一緒にいてくれるのは、無意識の洗脳のせいじゃないか、とか、不安になる」

 やわらかな声で、心情を淡々と静かにつむぐ。

 感情を揺らがせないのは、制御訓練の賜物なのだろう。きっと。

「大丈夫。私に対してだけは、その心配をしなくても。私、『カケラ』だから」

 重荷を少しでも減らせるよう、殊更かるく聞こえるよう彩凛が口にした言葉に、フユラは息をのむ。

「…………カケラ?」

「そう。うってつけでしょ。私にはフユラの力は効かない」

 稀少種の力の干渉を一切受け付けない特質をもつヒトを『カケラ』と呼ぶ。

 希少種より数は多いが、そもそも希少種にかかわることがなければ、本人も周囲も気付かないままなことが多く、実数ははっきりしない。

 彩凛は早々にそれが発覚したため、それなりの知識と訓練を受けさせられていた。

 役立てるのは、もう少し先のことだと思っていたのだけれど、これもなにかの縁、というかすでに思惑が絡んでいるのだろう。

 それに関して多少不愉快ではあるけれど、それはフユラには何等関係ない。

「ほんとうに?」

「こんなこと、ウソついてどうするの。ためしに、なにか命じてみる?」

 彩凛が笑いながら言うと、フユラは首を横に振り、彩凛の手を握る。

「うそ、みたい」

 彩凛は手をのばし、小柄なフユラの頭をそっと撫でる。

 希少種の持つ力は人によってそれぞれ異なるが、フユラのような強制力を持つタイプはひどく生きづらかっただろう。真面目な性格なら殊更。

「大丈夫。一緒に、いるよ」

 フユラは泣き出しそうな顔を隠すように、彩凛に抱きつく。

「……あのね、もうひとつ、話さなきゃいけないことが、あるんだけど」

 耳元でささやく声音はよりやわらかで、その心地よさにひたるように彩凛は目を閉じる。

「ん?」

「私、未分化なの」

「…………は?」

 意味がわからず、しばらく頭の中で言葉を転がしていた彩凛は、目をしばたたかせる。

 分化、してないということか?

「うん。まだ、女でも男でもないんだよね」

「なんでっ。普通、十歳くらいまでには分化するんじゃないのっ?」

 彩凛からはなれたフユラはどこかいたずらっぽい笑みをむける。

「ね、知ってる? 稀少種の分化って、寄り添いたいと思った人、いわゆる初恋の人と逆の性になるって説」

 根拠のある話ではないが、そういう見方もあるということは知っている。

「ということで、よろしく。彩凛」

「よろしく」

 にこりと笑った表情が可愛くて、反射的にうなずいた彩凛は、そのあと続く、ひとり言めいたフユラの声に、顔をしかめる。

「一応、女子校だし、いっきに分化が進むと困るよな。バレたら放校だよね、きっと」

「……何のハナシ?」

 あまり聞きたくないが、一方的に楽しそうなフユラの言葉を彩凛はさえぎる。

「だから、男性化したら、っていうかきっとそうなると思うんだけど、……バレた時には手に手を取り合って逃げようか」

 大人しく転校すれば良いだけの話じゃないか?

 それに。

「手に手を取り合ってって」

 何でそうなるんだ。かってに人の未来を決めないで欲しい。

 せっかく中央に来られたのだ。逃亡生活などごめんだ。

「だって、一緒にいてくれるって言ったじゃない」

 前提条件が、まるっと変わってるじゃないか。

 未分化ならともかく、男性化すると宣言してる人と同室でいられるか。

 文句を言おうと口を開く前にフユラが、どこからどう見ても女の子の顔で可憐に微笑う。

「大丈夫。紳士的にふるまうし。彩凛のこと、大事にする」

「そういう問題じゃない」

 それでも、最初の頑なさが消えた今のフユラは愉しそうで、まぁ、良いかと彩凛はちいさく息をつく。

 男性化すると決まったわけでもないし。

 とりあえず、今のところは。

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