英雄王へ「おめでとう」を

羽鳥(眞城白歌)

婚礼式典(ラディン編)


 二か月ぶりに訪ねてきた両親は、おれの知らない子供を連れていた。


「ラディン、久し振りぃ、元気そうねぇ!」


 顔を見るなり体当たりで抱きついてきた母さんを、おれはよろめきつつも抱き留める。

 相変わらず年齢不詳の若づくり、小柄だけどもパワフルで、おれとは全然似てない超美人。でも、弟ができたなんて話は聞いてない。


「母さんも、元気そうで何よりだよ。……今日はどうしたの?」


 王都で仕事をしている父さんが、おれの住んでる港町まで出向いてくるのは珍しい。夫婦そろってはもっと珍しいし、子連れで訪ねてきたとかこれはもう事件の匂いだ。

 おれの警戒心を読みとったのか、父さんは意味深に笑っている。


「実は、ラディンに少しの期間、彼を預かって欲しくてね」

「……彼?」


 母さんがおれの首から離れ、父さんが隣の子供の背を押した。

 目深にかぶったフードを取り払うと、金混じりの赤い髪と毛に覆われた三角の耳、不機嫌そうなきんいろのジト目が現れる。


 あれ、この雰囲気、どこかで見たことがあるような。


 じいっと見入るおれに気分を損ねたのか、その子はますます両目をつりあげ、長い尻尾でウサギの足ダンみたいに床をペシペシと叩く。そこでハタと気がついた。


「え、ゼオ?」

「うっせー、アタリだこのヤロ」

「えぇ!? 何があったのさ!」


 おれが知ってるゼオは大柄な成人男性の姿だ。灼虎しゃっこという炎中位精霊の彼は虎と人と剣の姿に自在に変われるらしいが、こんな子供の姿は見たことがない。

 思わず振り向けば、父さんは白髪混じりの顎鬚あごひげを撫でながらしんみりと言った。


「実は、母さんとゼオが喧嘩をしてね」

「だってっ、ゼオったらラディンのこと悪く言うんだもの!」


 頰を膨らませる母さんは、父さんと並ぶとまるで親子だ。

 実は母さんの若さは化粧のせいとかではなく、母さんが元精霊だからだったりする。光の中位精霊、トゥリア。真実をつかさどる性質らしいんだけど、普通に光弾魔法シャイニングフォースを放ったりもするからびっくりだ。


「まぁまぁエティア。ゼオは君に攻撃できないんだし、これ以上いじめないでくれるかな」

「いじめてません! これは愛のムチです!」


 なるほど、だいたい読めてきた。おそらく、おれについて何か(余計なことを)言ったゼオに母さんが腹を立てて、攻撃魔法シャイニングフォースをぶつけたんだろう。


 炎の弱点は光。

 さすがの灼虎しゃっこも、同格の光精霊に本気の一撃を食らわされたら瀕死になるよ。


「……災難だったね、ゼオ」

「くっそ、迂闊だったぜ……」


 よほど堪えたのか、おれの同情にもゼオは悪態を吐くことなく、虎耳を下げて深いため息をついたのだった。





 ライヴァンでは近々、国王陛下の婚礼が行われる。

 陛下はおれより十ほど歳上だ。と逆境が続き、自分のことに目を向けられるようになったのはごく最近なのだと、これは父さんの話だ。


 陛下と想い人が婚約に至るには身分違いとかいろんな障害があったらしいけど、それも乗り越えて婚礼を迎えられるのは喜ばしいと思う。でも世の中にはそう思わない輩も多いし、お祭りに乗じて海賊や盗賊が悪さをするかもしれないので、主要港であるここシルヴァンでは最重要警戒体制を敷くことになる。

 おれはここの自警団の団長で、指令を出したり領主との連携を取らなきゃいけないから、王都まで式典を見にいくことはできない。


 それは仕方ないとしても、王都で式典を取り仕切る父さんとしては、要人や来賓にとっての窓口になるシルヴァン港と密に連絡を取り合いたかったらしい。

 連絡役には契約関係にある中位精霊のゼオが最適なんだけど、父さんマスター大好きなゼオは当然ごねた。その時うっかりおれと協力したくない理由を口にしてしまい、母さんの怒りを買った……というわけだ。


 幼体になってる精霊って人でいうと大怪我みたいなものらしく、本当は父さんもゼオをそばに置いてあげたかったらしいんだけど、今回は母さんが譲らなかった。

 ゼオも父さんも、本気になった母さんには敵わない。

 仲直りもできてないし、父さんいわく、少し離れていた方がお互い頭も冷えるんじゃないかな、というわけなのだった。





 婚礼式典の当日になってもゼオの魔力は十分には戻らなかった。

 幼体でも炎を介せばゼオと父さんは会話ができるので、連絡要員としては問題ないんだけど、見てる側としてはいたたまれない気もする。

 精霊は食べ物が必要ない代わり、こんなふうに弱った時は属する元素エレメントから魔力をもらわないとなかなか回復できないらしい。なので、待合室の隅にある薪ストーブに火を入れ、ゼオはそばに座り込んでいた。


 詰所には今、誰もいない。皆がそれぞれの配置で警備に回っており、コトが起きたら必要に応じておれが出る。

 ここ十年でシルヴァン港の治安はすっかり安定し、自警団と正規兵の連携も十分に取れるようになっていて、大抵のことは現場で解決できる。

 予備要員と司令塔を兼ね、おれとゼオは詰所に待機だ。


「……ラディンは、あのヘタレ国王の結婚なんか素直に祝えるのかよ」

「うん?」


 領主様に提出する書類を書いていたら、ゼオが唐突に微妙な話題を振ってきた。

 おれは手を止めて、こちらに背を向けストーブに当たっている子供姿のゼオを見る。振り返る様子はなく、言葉を続ける様子もないので、返答を探して少し考える。


「おれ、別にフェト様は嫌いじゃないよ?」

「そうじゃねーし。……オマエ、世が世ならだろうが」


 だいぶ古い話を持ち出してきたな、と思った。本当なら、国民の祝福を受けて婚礼を迎えるのはって、ゼオは言いたいらしい。


 おれの家系は現王統に敗れた。とはいっても、お人好しのフェト様と世話好きの父さんの間で、過去についてはすでに和解が済んでいる。政変があったのは先王時代、つまりおれが物心つくかどうかって頃だから、おれとしては実感も薄いんだけど。

 政変前に国王だった叔父さんは今も独身だから、言われてみれば、まあ、言えなくもない。


「ゼオは精霊なのに、妙なところに気が回るよね」

「マスターがそういうメンドーばっか抱え込むから覚えるんだよッ」


 いつもながら口調は乱暴だけど、その濃やかな気遣いは嬉しい。

 考えてみれば、昔からだった。父さんがする無茶振りに、いつも一番協力してくれてるのはゼオだ。


 人族に名前をもらった精霊と名づけをした人との間には、魂レベルの絆が生じるんだという。父さんはその辺が節操なくって、母さんやゼオの他にも契約している精霊がいる。でも考えてみればゼオにとって父さんは、世界で唯一のマスターなんだよな。

 そう考えたら、ぼんやり火を見つめてる子供姿のゼオが可哀想に思えてきた。


「うっせー、同情すんじゃね」


 そういえば中位精霊は心が読めるんだった。おれの心の声はゼオに筒抜けだったらしく、彼は振り返って不機嫌そうなジト目を向けてきた。


「ごめん、っていうかウチの母さんがごめん」

「マスターがエティアを最優先にすんのは仕方ねーんだよ、夫婦なんだし」

「まあ、そうなんだけど。……なんかごめん」


 ふいっと顔を背けられてしまって、失言だったなと思う。

 元より、腹黒と言われるくらいに策士な父さんと違って、おれは考えるのが得意じゃない。変な沈黙にどうしようかと考えていたら、いいタイミングでドアベルが鳴った。


「ラディン、いるか?」

「らでぃいん、きたよー!」

「いますよ。シャルリエ卿、……それにリュカ君も」


 入ってきたのはシルヴァン現領主シャルリエ卿。今日はなぜかリュカ君を連れている。

 リュカ君は討伐した海賊が捕らえていた子供で、助けだしたものの身元がわからず、今は卿の家で預かっている男の子だ。


「済まないラディン。私は今から港まで行かねばならないのだが、リュカが……知らぬ間についてきてしまっていてだな。迷惑でなければ、夜までここで預かってくれないか?」

「シャルリエ卿が気づかないくらい上手に尾行したんですか? 凄いねー、リュカ君!」

変化へんげでぬいぐるみになって荷物に紛れていたのだ。褒めないでやってくれ、またやられたら私の心臓がもたん……」

「あはは、そうですよね。すみません」

「えへへー、リュカすごいでしょー」


 得意げに見あげてくるリュカ君を膝に乗せる。頭を撫でてあげれば、嬉しそうに目を瞑ってご機嫌そうだ。


「分かりました。万が一おれがトラブルとかで呼ばれても、今日はゼオがいるので大丈夫ですよ。気をつけて行ってきてくださいね」

「恩に着る。……リュカ、ラディンのいうことをよく聞いて、いい子で待ってるんだぞ?」

「はーい!」


 忙しそうに出ていく卿の後ろ姿にリュカ君と手を振っていると、ゼオが立ちあがってこっちに来た。しげしげと見つめる虎柄の子供に興味を覚えたのか、リュカ君もまじまじとゼオを見返している。


「ジェパーグの妖狐ようこじゃね?」

「うん? ゼオ詳しいね。おれもシャルリエ卿も最初わからなくて、ちょっと困ったんだよ」

「精霊に国境はねーからな……」


 ゼオが言った通り、リュカ君は妖狐という部族の魔族ジェマらしい。

 ジェパーグは和刀や和装束といった独特な文化を持つ島国で、残念ながらライヴァンとの国交はまだない。

 妖狐の魔族ジェマが多く住んでるらしいんだけど、手掛かりが少なすぎてリュカ君の両親を捜すことはできなかったと、シャルリエ卿は言っていた。


「リュカはねー、きつねだよ?」


 よくわかってない感じで会話に混ざるリュカ君を、おれはそっと撫でてあげた。

 魔族ジェマ人間族フェルヴァーより寿命が長いだけに、成長も人間族フェルヴァーよりゆっくりなんだとか。自分の寿命が尽きる前にこの子が独り立ちできるか心配だ、と卿が言っていたことを思いだす。


 世間一般の意識としては、まだまだ魔族ジェマは嫌われ者だ。でも、そういう意識は変えていかなければいけない。

 魔族ジェマだから怖いんじゃなく、魔族ジェマでも他の種族でも怖い人や悪い人はいるんだって。


「リュカ君は、どうしてついてきちゃったの?」


 尋ねたら、キラキラした青い目がおれをまっすぐ見あげた。


「リュカもね、フェトさまにおめでとうしたかったの! フェトさま、やさしいんだよ」

「そっか」


 シャルリエ卿は港の警備の責任者として指令を出す立場だから、今日の式典を見には行けない。それを知らずに、お城に行くのだと考えたんだろう。

 そうまでしてお祝いしたかったのかと思うと、じわりと胸があったかくなる。


「パパがね、こんどいっしょにおしろいこうって!」

「そうだね。一緒に行って、おめでとうって言ってきなよ」


 そう言ったら、リュカ君は嬉しそうに頷いた。





 夜になって、諸々の仕事を終えたシャルリエ卿がリュカ君を迎えに来た。遊んで喋ってたくさん食べて今は眠ってしまったリュカ君を抱きあげ、愛おしそうに目を細める彼の姿は、どこから見ても本当の父親だ。

 そこに、種族の壁なんて見えない。


「今日はありがとう、ラディン。明日からも祭りがあるからまだ気が抜けないが、引き続きよろしく頼む」

「はい、シャルリエ卿もお疲れ様です。リュカ君は良い子にしてましたよ」

「それならよかった」


 壮年を過ぎた目元が、優しく和む。挨拶を交わし卿が帰った後には、夜の静かな空気と爆ぜる薪の音のみが流れてゆく。


「ゼオも、リュカ君のお相手お疲れさま」

「子守は苦手だっつの」


 言葉のわりには機嫌が良さそうだ。やっぱり、面倒見がいい父さんの契約精霊だよな、と思う。

 おそらく、口で言うほどゼオはフェト国王を侮っていない。相談役として国王と深く関わっている父さんのそばにいて、フェト様の頑張りを見ているんだから。


 本当はゼオも認めているんだろう。


「おれはおれじゃなく、フェト様が国王で良かったと思うよ。あの人は、優しい王様だもん。ゼオだって、そう思ってるんじゃないの?」


 いつかの答え。返る言葉は無かったけれど。

 きっと肯定の沈黙なのだと、おれはとらえることにする。





 明日から一週間は、婚礼を記念したお祭りが国の各所で開かれる。ここシルヴァン港も、他国からのお客さんで賑わうだろう。

 おれは立ちあがって、窓のそばに立つ。

 ここからは見えない、王都のお城にいるだろう新婚の二人を思いに描く。


「おめでとう、フェト国王様、インディア王妃様。おれはここでこれからも頑張るから、お二人も頑張ってね」


 応援してる——と、届くはずのないエールを夜に託して。

 おれは窓のカーテンを閉め、本日の業務を終わりにしたのだった。






 fin.

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