8-53話 バレット・ハイドロ

 ──襲いかかる水素の弾丸は、使い手にも恥じない豪快な技だ。


 本来の愛弥なら戦闘能力の高さだけでなく、相手を瞬時に分析する頭脳明晰さも併せ持つ。血迷った愛弥はただ単に敵を倒せばいいだけであり、簡単に言えばすぎる戦法だ。

 イギリス人のハーフでもある愛弥に向けて裏返しのピースサインを立てた坪本に対し、さらにエスカレートしながら立ち向かう姿はまさしく鬼そのもの。下手したらここで自らの命すら失う危険な行動に、願ってもない救世主が愛弥と坪本に割って入ろうとする。


「俺や和俊さんはたしかに手を出すなと毅くんから言われたが、どん底に堕ちる愛弥隊長の未来を俺達は見たくない。毅くんには悪いが、公約を破棄して己の意思で動くことが最優先だ!」

「あいつ……?」


 俺や毅が未だに戦えないなら誰が戦うんだ、その想いを引っ提げて大和田さんが愛弥救出に名乗りを挙げた。あまりの感情に抑えられなかったのか、毅の公約を無視せざるを得なかったのか。

 愛弥が坪本の頭を目掛けながら氷の剣を振る直前、大和田さんは姿勢よく両腕を大きく広げながら大量の高密度の気弾を発射した。まるで激流とも呼んでもいい圧倒的な速度と弾力性が、制御不能な愛弥の後方へ目掛ける。


「誰にだってというものがあるから悪く思うなよ、こいつを味わうが良い!」


 大和田さんは新たな『海の力』の技で、憎悪に包まれた愛弥の負の感情ごと押し流す気だ。俺でさえいつ出したのかわからない気配さもさることながら、持ち主の強い拳と『海の力』から放たれるその姿はまさに『わだつみ』のリーダー格として相応しい。

 だが、これだと坪本だけでなく愛弥にもバレット・ハイドロの餌食になる。愛弥を止めると言っておきながら新技で共倒れを狙うだなんて、大和田さんにとっては苦渋の賭けで放ったのかもな。


「あの者がわたくしに向かって……」


 異なる能力の気配を感じた愛弥は瞬時に後ろを振り向き、気弾を放った正体が大和田さんであることに気付く。たとえ、任務に協力している味方に対しても愛弥にとっては第三者、獲物を横取りするものは誰であろうと許されない。


「くっ……」

「ふっ、そう来たか」


 このままだと自分も気弾の巻き沿いになってしまう、そう確信した愛弥は氷の剣を一時消失させる。坪本の始末を諦め、気弾が接近する直前に両腕を広げ、後方宙ひねりとバク転を連続しながらばを必死に避けた。

 ただ、大和田さんは気弾を避けられたというのに満足そうな微笑みを浮かべる。もしかして、大和田さんの狙いは両者共倒れではなく、何か別の目的があってのことなのか?

 

「わたくしとしたことが坪本を討つ前に……くっ……お母様……」

「大丈夫なのか……愛弥は?」


 誰がどう見たって今の愛弥は気弾を避けただけでも精一杯なのに、納得できずにまだ戦おうとするが。しかし、右手に所持していた氷の剣も自然的に消え失せてしまい、もしも剣に口があればもう戦うなと叫んでいることに違いない。

 母親の想いも込めた愛弥は右膝から先にゆったりと地べたに倒れながら、ゆっくりとひざまずいて後ろを下に目線を浴びる。今は話かけずにそのままにした方がいいかもしれないが、どれだけ愚かな行為に走ったことだけは今後肝に銘じてほしい。


「なんだぁ? また新たな邪魔物かぁ!?」

「後はお前だけだ坪本! バレット・ハイドロに酔いしれるがいい!!」


 愛弥にかわされたバレット・ハイドロは勢いを維持しながら坪本へと流れ、同時に大和田さんはさらなる闘魂を注入する。もう標的が1人に絞られたわけだし、張り切り方が全然違う。

 坪本に驚異の激流が接近する前に、大和田さんは右手を大きく上空に向けて何やらサインを取ろうとする。バレット・ハイドロにはまだまだ姿が隠されているのか?


「ってうわぁあああ!?」

「悪いが、お前も!」

「あああああ! 水がぁ怖ぇええ!」


 このサインはバレット・ハイドロの大きなとなる重要なものであり、坪本のいるギリギリの位置で気弾が上下の水柱へと変化した。勢いよく一気に上空へと軌道を描いたバレット・ハイドロを見た坪本は突然として脅えだし、まるで水を怖がってるかのように頭が混乱したかのように再び倒れこむ。

 どストレートで攻めてくると思ったら、まさかの変化球で来るとは誰しも思ってないだろう。しかも、坪本の体に濡らしていないという堂々の宣言通りもしているからさすがの大和田さんだ。


「ふっ、愛弥隊長は絶対に避けるだろうと予測してたから結果的に大成功だな。それと、坪本にもこれ以上の深い傷をつけずにこのまま更正させたいからな」


 愛弥の驚異的身体能力がまだあることを信じてたなんて、そこまで考えてたのかよ大和田さんは。最初から愛弥に当てるつもりなんて全くなかったと同時に、坪本は殺すのではなく捕まえるという本来の目的を忘れないでいた。


「あいつ……へっ、手を出すなと言っておきながら上等なことするじゃねぇか俺様の前でよ。さすが令のとこの大黒柱だな」

「あのなぁお前……」


 それとさ、ある意味毅がなんだから鼻で笑うなよ。同じ『わだつみ』の一員としての無駄な思惑が沸いてしまったが、毅はどんな人間でも対等だと思っているから少しは穏便に対処するか。

 これで一件落着になるだろう、そう思ったなかでとても信じられない光景を俺達は目の当たりにする。


「愛弥様!、今は休むのじゃ!」

「はぁ……はぁ……貴方、どうしてわたくしと坪本の邪魔をするのですか?」


 おいおいなんて体力と闘争本能だよ、坪本を諦めていない愛弥は右胸を抱えながら再び立ち上がる。しかも大和田さんに反抗するだなんて、今度は敵味方の区別までできなくなってしまったのか? 

 仲間割れを起こすのであれば、今ここで俺からもハッキリ言わせてもらおう。俺より強いことだけはたしかに認めるが、人の感情がわからないのであれば君は──

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輝の令と闇姫 ~校内の誰もが憧れる巨乳無垢美少女からのキスを機に異能を得た羨ましい少年の物語~ うすだ @usudais

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