8-52話 正義の皮を被った氷の悪魔
──尊敬した母親を散々愚弄した坪本を許せないのはわかるが、何か大切なものを他に忘れていないか愛弥?
愛弥が人生の中で最も思い出したくない出来事、それが母親の暴走した『力』によってもたらした虹髑髏工作員殺人事件だった。愛弥自身も『力』を制御できない母親に襲撃された被害者の1人であり、10年経った今でも陰で殺人犯の娘という残酷な真実を受け止めながら生き続けている。
「貴様ああああああああ! このままで済むとは思うなあああ!」
事件当時の惨劇とトラウマが完全によみがえった愛弥の脳内は深い苦しみに耐えながらも、触れてはいけないことを平気で喋り続けた坪本に尋常な殺意を向ける。これが本性なのか、可憐で気品あふれる礼儀正しき面影などなく、穢れたオーラを金田さざなみ公園全体に散らばせようとする。
鬼の形相に満ちた顔つきに留まらず、口調までも粗暴なものへと変わる。今まではいくら敵対者にも敬語かつ二人称も貴方で一貫したはずなのに、醜き坪本に対して貴様呼ばわりしたりと、さっきまで俺達の傍にいた愛弥と同一人物なのか疑わしい。
「グレイシャル・ブイ、わたくしにもう1度『力』を貸してください!」
Blue-MODEであれだけ体力を使い果たしたことを一忘れ、左手を大きく広げながら氷の剣を意地でも生成させて再び立ち上がる。おいおい冗談はよしてくれ……母親に心酔するあまりかガチで血迷ったか?
本性になったからか、愛弥の特徴でもあるオッドアイにも異変が見られ、左目の赤眼が重点的に輝きはじめた。流血が溜まってるように見える深き赤色は、本当に愛弥が求める『赫』なのか? それを俺達に教えてくれ。
「おっとぉ、サプライズ話を聞いたらすげぇ顔してるじゃねぇかお嬢様隊長様よぉ! ひゃはは面白れぇ、このまま俺様を殺るのかぁ!?」
戦闘では間違いなく格下ながらも、口先では愛弥を絶望へと追い込ませた坪本も大した奴だよ。弱い犬ほどよく吠えるというのはこのことだが、愛弥を狂人にさせた代償は非常に大きなものだぞ?。
他人の狂った姿を見るのが好物な坪本はここで俺を殺してみろと、両手で裏返しのピースサインと舌を出しながら愛弥に向けて挑発する。坪本の方が未だに不利な立場でありながらもどこにそんな余裕があるのか、二段構えで下卑た笑いを浮かべるという小物っぷりを全く隠していない。
「鬱陶しい
裏返しのピースサインはイギリスなど一部の国では侮辱的な行為であり、イギリス人の母親の血を引く愛弥にとっては火に油を注ぐようなものだ。氷の能力者でこの例えばちょっと微妙かもしれないがな。
嘗められた態度が気に入らないのもわかるが、坪本に害虫呼ばわりする愛弥もお互い様だぞ。ここで僅かな幼さが出てしまってる愛弥は挑発に応じ、血に染まりし氷の剣は坪本の頭を目掛けて首を切り落とそうとする。
「何をしているんじゃ愛弥様! 坪本の口車に乗ってはなりませんし、この体では命が危ない……」
「はあああああああああ! お母様のためにも!!」
誰よりも愛弥を心配する半蔵さんは説得を試みるが、聞く耳すら持たたずに激しく叫ぶ。10年前に親子の絆を崩壊された虹髑髏に復讐を果たすべく、散々愛弥に深い傷を負わせた坪本を亡き者にするため走り出した。
坪本の拘束という本来の目的を失いかけている愛弥は、まるで感情を持たない残虐非道な殺人鬼だ。ただよ、ここで坪本を殺したら君も母親と同じ殺人犯になるだけでなく、刀梟隊隊長やAYBS幹部の地位と名声まで剥奪されるんだぞ。
「こんなの愛弥様じゃない……刀梟隊ももうおしまいじゃ! 梨りあに何と言えばいいのじゃ」
「素直に認めるしかないですよ半蔵さん……本当の愛弥隊長は正義の皮を被った氷の悪魔かもしれません」
愛弥が二重人格であることを知った半蔵さんと和俊さんはガックリと肩を落とし、夢なら覚めてほしいと願っているに違いない。2人とも愛弥のことは信頼できる年上隊員ではあるのに、隠された本性を見抜けなかったことに不甲斐なさを浮かべていた。
和俊さんは悪魔と例えたが、愛弥は単独任務でも同じことをしてきただろうな。ある時には本来の天使の姿、もう一方は今のような悪魔の姿なんてどこのおとぎ話の世界の存在だよ。
「「嘘だろ……あいつと知り合って長年になるが、あんな姿を見るのは初めてだ。くそったれ! 挫折した俺を助けた上に『力』も貰ったのはお前だろバカ隊長が!」
そして忘れてはならないのが毅だ、毅もまた母親の虹髑髏絡みの事件で人生が大きく狂った同士だからな。血の気が激しい性格な故に、身勝手な行動を許せない愛弥を見て地面を右手で強く叩きつけて腹を立たせた。
万事休すで終わりかけた毅は愛弥のキスがあったからこそ、毅は完全復活を遂げて坪本を1度極寒の刑を味わわせた。その意味がチャラになってしまったことにも、さらなる不満が出ているだろう。
「そんな……愛弥隊長が鬼みたいになっちゃったよ……」
「こんな孤独な俺を理解してくれたはずなのに……悪いが見損なったぞ愛弥とやら」
愛弥のことを思っているのは刀梟隊以外だけでない。愛弥に憧れを持った桜井さんや本来の任務の接触相手でお互い実力を認めあう加藤も、愛弥の強さと人柄に惚れ込んでいるため悔しさと落胆さを浮かべる。
組織のことなど忘れて孤独の存在であることしか目に見えてないかもしれないが、仲間達の支えがあったからこそ今の立場を維持してるんじゃないのか? テレパシーではないが、全員の気持ちが愛弥に伝わってほしいし本来の姿に戻ってほしい。
「坪本迅馬覚悟しろ!!」
「頼むから止まってくれ愛弥……」
愛弥は坪本の至近距離を捉えて氷の剣を振りかかり、最後の一撃をしかける。狙い通りに、坪本の首元を目掛けて。
くそっ、俺達の思いは全く通じなかったのか? いくら悪人でも坪本の血まみれた死体の姿なんて見たくない、俺はもう無理だと思いそっと瞳を閉じようとした。
「え、これは?」
「何か来るぞ愛弥!」
しかし、その瞬間に突然として密度の高い水色の気弾が俺や毅の前を通り越し、愛弥と坪本へ向けようとする。諦めかけた瞬間だけあり、俺は何がなんだか状況が読み込めていない。
「はっ……殺気?」
気弾に察した愛弥はいち早く気付き、疲れ果ててるとは思えない速さでバック転をしながら気弾を避ける。身体能力や知能が下がっていたと思ったから、この攻撃避けはさすがの一言と言いたいところだ。
この気弾による大きな『力』、とても見覚えがあるものだ。まさかと思って俺は後ろを向け、毅の言葉を忘れながらもいざ頼れる人物が最後の希望となる。
「俺が愛弥隊長を止める!」
「大和田さん!?」
「『わだつみ』のリーダー格が何故……?」
気弾を放ったのは大和田さんであり、まだ俺が見たこともない新技で愛弥と坪本を止めに入る。戦える能力者がいるだけでもほっとしたが、『海の力』でどうやって難攻不落な愛弥を止められるんだ?
そこには頭も切れる大和田さんらしく意外な方法で解決して行くが、愛弥からすれば大和田さんの行動をどう捉えるのか?──
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