第52話:徘徊する悪夢

 ぼんやりとした暗闇が目の前にはあった。

 冷たい、闇だ。手足の感覚はなく、魂だけの状態ならこんな感じだろうかと考える。


 そうしている内に、徐々に思考が鮮明になってくる。そして記憶が戻ってくる。


「確か、名付けをして魔力やらなんやらがなくなって……倒れたのか?」


 真っ暗な闇。しかし、どこにもいけないわけではない。

 手探りで進むと、突如として視界が開けた。


「眩しっ」


 思わず、目を閉じる。そしてゆっくり開くとそこには街の一角だった。見覚えのない街。アッカードでは無いな。一体これは。


 街行く人々はガヤガヤと騒々しい。ふと、おかしなことに気づく。人の顔が認識できない。それに何を話しているかも理解できない。いや、わからないこともないのだが、ノイズが酷い。恐らく人物名なのだろうが、そこに関しては一切聞き取れない。


「何なんだよ、これ」


 変な夢だ。しかし夢にしては妙にリアルだ。試しに話しかけようとするも、人々は俺の声なんて聞こえていないかのように素通りする。

 首を傾げた時に、後ろから人にぶつかられた。いや、その表現は正しくない。その人は俺という存在がないかのように通り抜けていったのだから。


 アテもなく彷徨う。そうすると、熱狂的な声が挙げられている場所に近づく。街の広場だろうか。


 そこにいたのは、鎧を着たまま木に縛り付けられている女性。毅然とした表情で人々を見ている彼女に俺は見覚えがあった。鎧は白銀、くすんだ金髪に碧眼と、容姿に若干の違いはあるが、あれは間違いなくサルビアだ。

 足元は木で作られており、言葉はわからないが何をしようとしているかは一目瞭然だ。


 サルビアの前に男が歩み出て、何かを呟く。サルビアはそれを無視し、目を閉じた。吐き捨てるように男が何かを喚いた後、誰かに指示をする。


 部下だろう騎士が、松明を持って現れた。


「おい、何で逃げないんだよ。簡単だろ、その縄を振りほどくくらい。どうして……」


 どの程度の力がこの時のサルビアにあったのかはわからない。だが【レア度9:徘徊する悪夢】となって召喚されるくらいだからここから逃げ出せないなんてことはないだろう。


「それは私が死ぬことで国が纏まると考えたからだ」

「サルビア?!」


 いつの間にか、漆黒の鎧を身につけた女性が隣に現れる。その視線の先には、火刑に処される自身の姿があった。


「私の生きた時代は戦争が多かった。国の名前すら思い出すことはできないが、貧しかったのは覚えている。初めはこちらが侵略される側だった。だが、少しの強者が幸か不幸か私の国には居たのだ」


 じわりじわりと火種が燻る。


「運よく撃退した我が国だが、それで得たものは僅かばかりの賠償金と一部の割譲地。流した出血と比べてあまりに割に合わない」


 火は勢いを増していき、空気が揺らめいた。それに伴って人々の熱気も高まっていく。


「絶望的な戦力差を覆し、形式上の勝利を得たとしても、民の暮らしは更に貧しくなった。その非難の矛先が必要だった」

「そんな」


 火は見る間に大きくなり、サルビアを焦がし、煙が空に登っていく。


「仕方のないことだった。それよりだ」

「それよりって、大事なことなんじゃないのか」

「詮索は無用といっただろう。早く現実に戻るぞ。あの女とスライム? が心配している」

「あぁ、というかどうしてサルビアはここに?」


 はぁ、とサルビアが大きく溜息を吐いた。


「今はどうでも良いだろう。……魔物となった私は本来は霊体だ。位階が高いため、実体も持つがな。貴様の記憶ではレイスという魔物が認識に近いだろう。今、私は魔法で貴様の精神に介入している。俗に言う精神汚染だ」

「なるほど。で、どうやって帰るんだ?」


 ツンツンしているが、教えてくれるらしい。お人好しなのだろうか。そんなことを考えていると、鋭い視線が向けられる。

 そうだった。俺のカードたちには考えていることが伝わるんだった。


「……握れ」

「りょーかい」


 差し出された手を握る。轟々と燃える火が滲んでいく。初めにいた暗闇がそこにはあった。だが、俺の手はサルビアに握られている。


 冷たい手が、なぜか暖かく感じる。


「良かった、三時間も寝ていたんですよ」

「遅い」


 瞼を開くと、アオが俺の目を覗き込んでいた。

 隣には不機嫌そうなレインの姿があり、隣で険しい顔をしたサルビアがいた。手が冷たい、と思ってそちらを見ると、サルビアと繋がれていた。


 すっと何事もなかったかのようにサルビアがその手を離す。


「全く、心配した」


 レインが頭を押し付けてくる。一体いつからいたんだ。それに魔力枯渇は大丈夫なんだろうか。


『私に感謝することだよ。死にはしない程度に調整してあげてるんだから』


 ユノの声が響く。俺から魔力を頂戴するなんて言っていたが、俺がユノからもらうことになるとは。それも一日と経たずに。

 心の中で礼を伝えて、未だ重い上半身を起こす。


「貴様は訓練が必要だな。魔力消費に魔力の回復が追いついていない。これは看過出来ない事態だ」

「サルビアをカード化すれば大丈夫かなと思うんだけど」

「そこのスライムは聞くところによると常に現界しているとか。それなのに私はに大人しくしていろと、そうかそうか」


 急激に不機嫌になるサルビア。まぁ、自由がないってのは窮屈なのかもしれない。そりゃ俺もそうしたいとは思ってるけどなぁ。


「特訓だ」

「はい?」

「特訓だと言っている」


 特訓。そも、魔力ってどうしたら増えるんだろう。


「魔力の精製は空気中の魔力を変換することでも可能だ。濃度が濃い場所での魔力回復が増加するのはこの現象だ。だが、一番は自分で精製すること。枯渇に近い状態で元となるエネルギーを摂取すること。これが一番だ」


 何となく読めてきたぞ。あれ、これってアオとレインが大好きな特訓だよな。


「魔力枯渇は今で十分。さぁ行くぞ主人よ。飯トレだ!」

「さっさと立つ」

「えっと、流石にケントがかわいそうでは?」

「私もこいつ一人にその特訓をさせるつもりはない。やるからには全員で、だ」


 ダメだ。唯一庇ってくれたアオが何かを考え込んでいる。これは押し切られるパターンだ。


「さぁ行くぞ。美味い飯屋はどこだ」

「ん、案内する」


 ふらつく俺にアオが肩を貸してくれる。その優しさは別の方向に使って欲しかったと考えながら、俺は連行されていった。


 そしてこの後、俺は限界のその先があることを知る。

 レイン達同様、底無しの胃袋を有していたサルビアが、店からの帰路で、


「良くやった主人よ。だがこの様子では明日も励まねばならんな」


 などと言ったが、この悪夢のようなトレーニングは後何日続くんだろうか。

 魔力枯渇で死ぬ前に、食いすぎで死にかねない。そんなことがあるのかわからないが、かなり辛い。


 割と切実な悩みだった。

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