第51話:二度目の名付け

「問おう。貴様が私の主人か」


 カード、だよな。魔物カード。なら俺が主とやらなのは間違いないだろう。

 しかし、どう答えるのが正解だ。すごく不機嫌そうだし、これはどうすれば。


 そんなことを考えていると、女はアオの顔を凝視する。見られているアオが引き攣った笑いを浮かべる。


「えーっと?」

「……お前、ではないな。やはり貴様か。魔力回路パスが通っているのだから貴様に違いない」

「そうだな。お前を召喚したのは俺だ」


 なんでこんな気の強そうなのが来るかな、全く。勝負しろとか言われたら困る。


「そうか、貴様か。まぁ良い、私は……誰なのだ?」

「は?」

「記憶がなくなっている。全てがあやふやだ。わかるのは召喚されたということだけ。何なのだこれは」


 何なのだと言われても、それはこっちが聞きたい。


「なぁ、君は人間だったのか?」

「人間だった、ような気がする。今は、違うだろうな」

「ちょっと悪い」


 困惑してるのはどちらも同じだ。種族を知れば何かわかるかも知れないと、肩に触りカード化する。


 名称:徘徊する悪夢ナイトメア

 レア度:9

 分類:魔物

 説明:英雄の成れの果て。民のために戦い、救った民に裏切られて死亡した。かつての理想は死して尚、醒めない悪夢として蝕み続ける。

 CP:384,000,000



 重すぎる。いや、これは少し。覗き込んだアオもかなり引いている。これは、記憶がない方が良いな。どうにかして伝えない方法はないだろうか。



「戻れ」

「なるほど、つまりこれが貴様の能力か」

「それでだな」

「不要だ。かーど? とやらになっている時も意識は貴様の側にある。現状は確認できた」


 少し悲しそうに、そう答える。


「少しだけ、思い出した。貴様風に言うと、くろれきしという奴だな。貴様が気にする必要はない。ただ詮索は無用だ」

「わかった。というか、どうしてそんな言葉を?」

「記憶を読んだに決まっているだろう。安心しろ、貴様の黒歴史や性癖やらを言いふらすつもりはない」


 今こいつはなんて言った。記憶を読んだ? 黒歴史? 性癖?

 冗談じゃない。え、嘘だろ。ちょっと蔑まれてる気がするんだけど。寧ろ俺なんて健全な方だったと思うんだけど。


「それで、呼び名だが。私は過去の名前は棄てた。思い出せたとしても使う気は最早ない。貴様が決めると良い」

「つってもなぁ」


 俺のネーミングセンスは壊滅してる。アオもパーティの時を考えればお世辞にも良いとは言えない。


 赤い髪、赤の瞳。気が強そうな表情。どう見ても日本人じゃないし、日本風の名前をつけるのは微妙だろう。


 そうだなぁ、花とかで良いか。赤、赤か。


「よし、サルビアだ。どうだ?」

「響きは悪くないな」


【レア度9:徘徊する悪夢】に名前を付けますか?

 名前を付けることで、【レア度9:徘徊する悪夢】は変換できなくなり、存在がミウラ・ケントに紐付けられます。


 よろしければ承諾を選択してください。



 やはり出たか。現在の総魔力量を確認する。今が700万ほど。CPは残り1億3000万。いけるか?


 いや、しかしガチャをもう少し引きたいしな。アオの武器の材料も手に入れていない。


「私のことは気にしなくて良いですよ」

「ていってもなぁ」


 やめておくか。

 と思ったその時、サルビア(仮)が物凄く悲しそうな顔をした。レインの時といい、何なんだこれは。そうやって表情で訴えかけてくるのやめてほしい。


 やりたいところだけど、本当にこれ大丈夫なのか。レインの時ですらあんなに魔力を失ったんだ。消費はどのくらいなんだ。白紙のページに黒い文字が滲んでくる。


 名付けにより、魔力を3000万。足りない部分をCPから補填します。消費CPは6900万です。



 2300万足りなくて消費は6900万か。つまり魔力1000万あたり、3000万CPの価値があるということか?

 これはもしかしたら良いことを知れたかもしれない。それに消費も思ってたより大丈夫そうだ。


「少し辛いかもしれないぞ?」

「構わない」


 どうとでもなれ、と覚悟を決めて承諾を押す。前回のような全身の倦怠感なんてもんじゃない。頭が割れるようにガンガンと痛み、刺すような刺激が全身を貫く。


 これが魔力枯渇か。痛みはあるというのに力が抜けていく。サルビアは平然としている。いや、つうっと汗が流れている。

 同程度の痛みだとしたならここで倒れるわけにはいかない。意地のようなものだが、倒れたとしたらあまりにもダサい気がする。


 目の前にいるのは英雄だ。それの主人だというなら倒れてはならない。何せ心を強く持つだけで耐える事が出来るのだから。


 感情が流れ込む。あまりに混沌とした形容し難い感情。それらの大多数は負のそれで形成されている。

 しかし、不思議なことに悔いるものは一切ない。


 あの闇の中とは違う苦しさ。何秒、何分経ったかはわからない。


 ふと異変に気付く。

 魔力が回復していない……?


 いや、当然か。枯渇状態でレインとサルビアに供給しているのだ。ちょっと不味いな。青ポーションの効果で回復量は上がっている筈だが。


「……終わったらしいな。なるほど、力が満ちる」

「あぁ、お前はこれからサルビアだ。よろしく頼む」

「よろしくするつもりはない。だが、覚悟は見た。貴様の理想の為に剣を振ろう」


 サルビアはどこか陰のある笑みを浮かべてそう言った。


「ただ万が一、貴様が堕落し民を傷つけようとするのなら、この剣で首を刎ねてやろう」

「あぁ、よろしく頼む、よ……?」


 視界がぐらつく。おかしい。床が近づいてくる。


「おい、貴様!?」

「ケント、大丈夫?! どうしようケントが、ケントが!」


 声が遠くなっていく。ダメだ、立ち上がれない。意識を保てない。


 なんだか寒い。寒いな。

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