ウシャンカ
スヴェータ
ウシャンカ
今までたくさん贈り物をしたけれど、ハルカが1番喜んだのはウシャンカだった。僕にとっては何てことない、単なる冬の防寒具なのだけれど。ハルカはウシャンカを被ると耳あてを下ろし、「ウサギみたい」と笑った。
ハルカは寒い国の文化は全て好んだ。暖かい国の暖かい街で生まれ育ったから、何もかもが珍しいのだそう。僕は別に暖かい地域の文化には興味がないから、その感性がとても不思議だった。
冬に会うと、ハルカはいつもウシャンカを被って来るようになった。ウシャンカとコートの色が同じだと本当にウサギみたいだったから、僕は思わず笑ってしまった。怒られるかと思いきや「かわいいでしょ」と得意になっていたから、尚更笑ってしまった。
これはおかしなことかもしれないけれど、僕は寒がるハルカを見るのが好きだった。だからウシャンカを被ってほこほこしている姿を見ると、何だかちょっと残念に思えた。ただハルカは鼻が高く、そこはウシャンカでも温められないから、時々つまんで遊び、怒られた。
先端が冷たくなりやすいハルカは、いつも温かい飲み物をせがんだ。飲んで体内から温めようというのではない。温かい飲み物を手に持って、寒さをしのぎたいというのだ。手袋は一度冷えてしまった後では意味がないと、ほとんど着けている姿を見たことがなかった。
こういう時、ハルカは僕の手を求めない。ハグも遠慮がちだから、抱きしめることだって出来ない。手を差し伸べてみてもこう返されるのみ。「いやよ、付き合ってもいないのに」。
僕もずるいし、ハルカもずるい。お互いに必要な言葉を掛け合っていないのだ。僕たちはそれがよく分かっているのに、いつまでもこのままの関係でいようとしている。勇気がないわけではない。壊したくないというのもちょっと違う。このままでいられたら。ただそれだけの思いなのかもしれない。
僕に関して言えば、1つ明確な理由が思い当たる。ハルカを誰かのものにしたくないのだ。それは僕だって例外ではない。ハルカはハルカのまま、自由でいてほしい。僕は、僕のものでさえない「ハルカ」が好きだから。
ウシャンカを被らず手に持ってハルカが会いに来たのは、僕たちが知り合って5年目の冬だった。大事な話は帽子をとってするものだと、ハルカは唇をもごもごさせながら言った。途端に緊張する。別れの時かもしれない。僕はひとまず、ハルカの言葉を待った。
「私は、あなたを誰のものにもしたくないの。私だって例外じゃない。私のものにもしたくない。だから……」
僕はハルカをぎゅっと抱きしめた。そして初めてキスをした。僕たちには何ひとつ障害はなく、また、僕たちはこのままで良いのだと確信したから。ハルカは身体を強張らせていたけれど、僕がしきりに「良かった」と呟いていたのが聞こえたのか、徐々に力を抜いていった。
寂しがりで、わがまま。その上強情で、無責任。それが許される僕たちなのだからと、ハルカにウシャンカを被せた。笑顔を取り戻したハルカが、耳あてを顎まで回して笑う。「ウサギみたい」と。
ウシャンカ スヴェータ @sveta_ss
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