第23話 二人の不安


 ルーブとの会話も終わり、酒酔いのせいか最悪だった気分も少しは持ち直したユルは、毛布をどけてゆっくりと立ち上がった。


「にしても、よく寝たな………」


 大体今の時間が午前の九時といったところだろうか。ルーブとはだいぶ話し込んだが、それでもせいぜい二時間といったところだろう。

 普段なら五時ごろには既に朝練をしているので、そう考えると今日は取り分けよく寝てたんだと思う。

(朝練サボっちゃったか………やらかした)

 一日怠ってダメになるようなものでもないが、朝に汗を流さないとなんだか調子が狂う。


「ロアも一緒に………寝てるんだった」


 一晩中看病していたというロアは、今はユルの影の中でぐっすり寝ている。

 ………そもそもロアは基本的に朝に弱い。

夜行性なのか何なのかは未だによく分かっていないが、『影』も『狼』も地球では夜を連想しやすい単語だし、種族的な性質なような気もするが………。

 ――とにかく、そんなロアを起こすのも気が引けるので、一人で走ることにする。



 ポールハンガーに吊るされていた魔法鞄を手に取り、窓枠に立て掛けられた木剣を二度三度振って、静かに鞄へ入れる。

 着替える必要もないのでそのまま部屋の扉を開け、軽い足取りで玄関まで向かうと―――



ガチャッ……………ギィィ………



 年季の入った木と金具の音と共に、清々しいそよ風が頬を撫でる。

 ユルは二度三度頬を叩く。そして、木漏れ日の中へゆっくりと走り始めた。



====================



ユルが居なくなった家には、椅子に腰かけるルーブとデルモの姿があった。



「………。」

「………。」

「………さっきの話、聞いてたわよね」

「あ、あぁ。………悪い、少し聞いた」


 ばつの悪そうにデルモは頭を掻く。


「お前のとこのギルドに連れてくつもりだろ? 俺は反対とまでは言わんが………」

「まあ当然よね。私だって気が進まないもの」

「いやお前幹部じゃないのか? 『気が進まない』って………」

「はぁ、あそこにいる八割は気が狂ってるわ。私が手を焼いてること、あなたも知らないなんて言わないでしょ?」

「知ってるさ。………というか、知ってるからこそ不安なんだよ」

「もちろん、薬漬け・・・解剖・・なんてことをさせるつもりはないわ。ユル君の身の安全は私が保証する」

「前までとは訳が違う。保護ってだけならうちでもなんとかできてたが、忌み子の、それもお前が警戒するようなレベルは、俺だけ良くてもどうしようもない」

「それこそこっちの専門職みたいなものよ? 忌み子の保護ならこれ以上にいい環境はないわ」

「………自信があるにしては、浮かない顔だな」


そう言うと、デルモは目隠しに着けている布をとって、いつでも巻き直せるように腕に巻いた。

 冷やかしのような一言に、ルーブはふふっと乾いた笑みを浮かべる。


「本当の問題は、そこじゃないのよ。

………ユル君が寝てる間、たった一瞬だけど、彼女の魔力が不思議な乱れ方をしたの」

「魔力の乱れ?」


 予想外の言葉にデルモは首を傾げた。


「ほら、前にも言ったことあったでしょ? 忌み子の暴走の話」


 忌み子の『暴走』。いつかそんな話をされたことをデルモは思い出した。

 そもそも忌み子自体中々いない為資料に乏しいようだが、過去にそれで大地が抉れ、そこに魔物が大量発生し、挙句下級の『迷宮ダンジョン』まで生まれたという大きな事件があったらしい。

 随分前に一度聞いた程度なので記憶は浅いが、その時もルーブはこうやって浮かない顔をしてたような気がする。


「そんな話もしてたな。魔力の乱れが兆候なんだったか?」

「そう、詳しくは分かってないんだけどね。

………少なくとも、そう規模の小さいものにはならない筈だけれど」

「と言うと?」

「確証はないわ。けどこれも竜滅ノ子の特徴なのかしら、魔力の量が計り知れないの」


 テーブルに置かれたティーカップを揺らし、紅茶の濁りを眺めて……―俯く。


「ユル君は………本当に底知れない………。

 もちろん、だからこそ手遅れになる前にあの子を保護してあげたいと思ってる」


 柄にもなく、ルーブの目は真っ直ぐデルモを見つめている。


「底知れないってのは同感だが………」

「………協力してくれるかしら?」

「はぁ、わかったよ。もとから反対なんてしてないしな。そもそも俺がなんと言おうが変わらないんだろ?」

「ふふっ、分かってるじゃない」

「はぁ………」


 ………と、その言葉を最後に二人の会話は途切れる。

そこにあるのは、数十年間コンビを組んできた二人の、いつもの沈黙だった。


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刻印の魂魄竜 _ヨナ(夜凪) @yoingi_

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