第22話 酒の果ての起床


 ――しろい………。



「竜の子よ」



 ――あたまが………ぼーとする………。



「………理を成せ」



 ――からだもかるい。



「……………我らは上に立つ種族」



 ――ここは………?



「全ての命が、我らの『傀儡』」



 ――かいらい? シヲンも? ロアも?



「………そうだ。やつらは『手足』」



「我らは支配する側。他とは違う」



「………我らは……………」





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 目が覚めると、いつもの光景。俺は部屋のベッドで寝ていた。

 変な夢を見た気がするが今は置いておくとして、ルーブとデルモにあった記憶は夢なんかじゃないはずだ。

 ユルはベッドに入るまでの経緯を思い出そうとするが、………ところどころ記憶が飛んでいてどうにも思い出せない。

 ルーブに酒を飲まされて、その後の記憶が曖昧だった。


「………確かデルモと話してて、………っつう」


 ――起き上がろうとして、反射的に頭をおさえた。脳が締め付けられるような吐き気がする。

 ………枕に吸い寄せられるように姿勢を戻し、はぁという重い溜息と共にゆっくりと背中をつけた。


「………頭が、ぐらぐらする。……………二日酔いか?」


 こんな状態になる原因が酒ぐらいしか見当たらない。

 ――と、不意に辺りを見渡そうとしたそのとき。


「昨日はごめんなさ………」

「ッ!?」

「きゃっ!?」


 視界外からの声に、ユル咄嗟に飛び起きた。

 同時に掛け布団をひっくり返して投げつけると、は小さい叫び声をあげる。


「………って。ルーブ……さんか、驚かさないでくれ!」

「いてて、別に気配を消していた訳ではないのだけれど。………あと、ルーブでいいわよ?」


 座っていた椅子から倒れてしまったルーブは、返事をしながら起き上がった。

 毛布をユルに返すと、ルーブの方も驚いていたようで心臓の鼓動を落ち着かせるように胸に手を当てる。


「ふぅ、それにしても元気そうで何よりだわ。ユルくん、うなされてたのよ?」


 朝になれば落ち着いていたようだが、それまではうなされていた俺をロアが付きっきりで看病してくれていたらしい。


(後で労ってあげないとな………)


 ユルが休んでいるロアを想像してほくそ笑んでいると、再びルーブが、次は少し神妙な面持ちで話しかけてきた。


「ユルくん。寝起きでこんな話するのもアレなんだけど………ちょっといいかしら?」

「真面目な話………?」

「ええ、……そうね。どこから話せばいいかしら」



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 朝。早朝というには明るい日を窓越しに浴びているのは、ベッドに腰かけたユルと、それに対面するように椅子に座るルーブ。


 一通り話し終わったルーブは少し冷めてしまった紅茶を啜り、ユルが口を開けるのを待っていた。


「………」

「実際に起きてみないことには分からないけど、……少なくとも噂程度の話ではないわ。………あら、美味しいわね。これ」


 淹れ直してくるわ。と、そう言ってルーブは二人のカップをトレーに乗せ、部屋を後にした。

 残ったユルは、思いつめた顔で黙り込んで、俯いている。




 ルーブの話は、おもに忌み子。それも『竜滅ノ子ドラゴンスレイヤー』に関すること。

 もちろんユルも自分が忌み子だなんて一言も口にしていないが………どうやらルーブにはその類のスキルがあるらしい。

 最初は警戒し頷くだけだったユルも、重みのある内容と所々に混じった確かな事実に、やがて少女は深く聞きこんでしまっていた。


『竜滅ノ子は、人族の憎悪が生み出した………歴史の被害者なの。』


 聞く話によると、途方もないほどの昔、世界規模で人族と竜族が対立していた時代があったらしい。

 数こそすれ戦闘力に乏しかった人族は、劣勢の末にある呪いを生み出してしまう。





「竜をも殺す力と、引き換えに奪われた成長と交流。………か」


 一種の人間兵器とも呼べるかもしれない。

 欲しくもない力を与えられ、理由もなく拒絶され、そして長い時間を独りで過ごす。

 ………幼い子どもにとって、それはどれほどの苦痛なのだろうか。


「……………シヲン………」


 強すぎて、弱い。いつかのそんな予想をしていた、あの日の少女の顔が脳裏に浮かぶ。

 彼女はどれほど辛い思いをしてきていたのだろうか。俺は彼女の理解者に、心の支えになれてあげられたのだろうか。



「あら? それは………お母さんのお名前?」



 ――振り返ると、紅茶を淹れ直してきたルーブが部屋のドアを開けていた。


「………まあ、そうと言えばそう…なのかな」

「ふぅん。もしかして、ユルくんをここに連れてきたのがその人なの?」


 その質問に勘ぐるような印象はない、ただ単純な興味で聞いているようなので、答えてもいいだろう。………あまりシヲンのことを他人に話したくはないが。


「二年前まで、ここで一緒に住んでた………俺の保護者? みたいな人」


 そう。とユルの顔を見て頷くルーブ。


 ………てっきり、どんな人だったのかとか、今は何処にいるのかとか聞かれると思っていたのだが、ルーブは紅茶を啜るだけでそれ以上何かを聞くことはない。


「………?」

「あら、私の顔に何かついてる?」

「いやそうじゃなくて、その………シヲンについて、訊いたりしないのか?」

「良いも何も、訊いてもいいことなのかしら………」


 ルーブはぎこちなく笑いながらそう聞き返す。


 ――これもさっき聞いた話だが、彼女は地方の研究者なのだそうだ。

 どのような組織の、どのような分野の研究者なのか、詳しいことはまだ教えられてはいないが、それが本当であれば、ユルの保護者だというシヲンのことについて訊かない理由もないだろう。


「はぁ。………先に聞いておくけど、辛かったら別に無理して協力してもらわなくてもいいんだからね?」

「辛かったらって………あ、そういうことか」


 ――辛いと聞いて、やっとユルはルーブの勘違いに気が付いた。

 考えてみれば当たり前の発想だ。


「多分勘違いしてる。シヲンは故人じゃないよ」

「………二年前に何かあったんじゃないの? 別に気を使わなくてもいいのよ?」

「だから違うんだって。………二年前に色々ありはしたけど、ケンカって感じかな。それでシヲンはここを離れたんだ」


 ケンカなんて軽い言葉で濁したのは、それも魂魄竜に関係していることだからである。

 遠い目で窓の向こうをみつめるユルをその隣で優しく見守るルーブの眼差しは、とても不思議な温かみに満ちていた。



====================



 その後は、流れるように会話が進んだ。

 外の都市や街のこと。この世界の魔法やスキルのこと。あとは他愛もない雑談がほとんどだ。

 ………会話というのは不思議なもので、いつもロアと喋っている筈なのに、ルーブと喋っているととても新鮮な、それでいてなめらかに滑るような、どうにも名状しがたい感覚を心のどこかで感じてしまう。


 ――俺も、心のどこかでは言葉のキャッチボールというものを、求めていたのかもしれない。




 二人も一段落終えたころ、ルーブの表情が再び真剣なものに変わった。


「話は変わるけど、ユルくん。………さっき、そのシヲンって子を探しに行きたいって言ってたでしょ?」

「うん、そのつもり。………でも、それがどうかした?」


 ルーブはそれを肯定するように、ユルの両手に手を乗せた。


「今すぐって訳じゃないわ。ここでしたいことがあるならまかせるし、勿論強制もしない」

「ん? 何が言いたいんだ?」



「私達と、外に出てみない?」



 ――思ってもみなかった言葉に、ユルは声を詰まらせた。


 外に出る。それはつまりこの森を離れ人里に降りるということ。

 もちろん、嫌なんかじゃない。むしろ人里に降りたときのことを考えると、こちらからお願いしたいぐらいだ。しかし………。



「ありがたいお誘いだけど、辞めておくよ」



「あら、理由を聞いてもいいかしら」

「………まだお互い、秘密にしてることもある。………知られたくないことがある」


 魂魄竜のことは、話せない。

 話して何が起こる訳でもないとは思う。ルーブのことなら信じてくれるだろうし、他の人間にしゃべるようなこともしないという信頼はある。


「だから、今すぐって訳じゃないのよ? 一、二か月ぐらいなら、どうせ遭難中だし一緒に過ごすことになると思うわ。その間に、ちょっとでも私やデルモの………」

「いや、信用してない訳じゃないんだ! でも………」


 後ろめたさに視線を落とすユル。

 一種のトラウマなのかもしれない。シヲンとの最後の出来事が頭をよぎり、どうしてもやはりルーブ達に魂魄竜のことは話せなかった。


「………まあ、無理強いする気もないし。さっきも言ったけどここにはしばらく滞在する予定だから、気が変わったらいつでも言ってね」


 シヲンさんについても、そのとき聞かせてもらうわ。………と、そう言って、木のトレーを持ったルーブは軽い足取りで部屋を後にした。


 がちゃん、とドアの音が鳴ると後に残るのはユルだけになった。

 手に持っていた、まだ半分ほど残った紅茶の中をちらと覗くと、窓から差し込む日の光に照らされたシヲンの横顔がほんの一瞬だけ映る。

 ――ハッとして慌てて見返すと、そこに映っていたのは自分の顔。

 ユルは思わずため息をついてしまっていた。

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