第5話 チャンス到来!

 入学式は無事に済み、アイリさんとの生活もちょっと贅沢なこと以外はごく普通。……人間、生活の質の低下にはなかなか対応できないものの、向上にはさっさと慣れるって言うしね。家族に申し訳ないくらい快適です、はい。


 何と言うか……しょっちゅう高級で有名なパティスリーからの差し入れがあると……ねぇ? 嬉しすぎて人間堕落しちゃうかも。ロワイヤルプリンシの生パイ、マジ最高。


 アタシの手作りの手土産とか、今思えば恥ずかしい。

 きっと愛莉さんの手作りはキラキラしてるんだろうな……。


 波乱の幕開けだった高校生活は、意外にも平穏に進んでいる。

 ちらほらできた友達も普通だし。アタシの家庭事情を知ってるヒトは一人もいない。同じ中学から進学してきた子も数人いるけど、クラスが違うし関わる場面がないから、むしろ拍子抜けするほど平和な日々だ。


 ……ただ一つ、予定外だったのはクラス委員に選出されてしまった、ということだけ。



「入試トップは何かと役に立ってくれると思うぞぉ」



 ホームルームで、担任が放った余計な一言。

 そのせいで……っ!


 そもそもそれは言ってイイことなのか!? 当然個人情報のはずだよね!?


 委員会なんてやってたら、どう考えたって勉強する時間が減ってしまう。

 アタシはしっかり勉強して大学も奨学金で院まで行って、そして、最終的には司法試験に合格しなきゃいけないのに。


 アタシは弁護士か検事になる。そして、パパとママを騙したヤツらをまとめて調べて追い詰めて! 家族みんなでそろって幸せになるんだよ!


 余計なことにはかまってられない。時間は有限。のんびりまったりって、何ソレ、敵かな?


 勉強は元々好きだから、苦ではない。

 こんなことになった現状から言えば、アタシにはもう勉強しかない! って思ってる。奨学生の身分は何が何でもキープしなきゃならないし、学年トップも譲らない。

 だから……口八丁だとわかってるのに「委員会も社会勉強。内申上がるぞぉ」とか言われてしまえば……まいったな……やっておいた方が良いように思えてくる。「内申」って、魔法の呪文だよね。


 でも、いくら勉強になるとはいえ、それが未来につながらない雑事なら、はっきり言ってやりたくない……んだけど……。



「……ということで、みなさんの最初の仕事は、学祭のコンテスト出場希望者の取りまとめになります」



 嫌々出席したクラス委員会議。

 結局断れなかったアホなアタシは、階段教室の一番うしろに陣取っていた。


 こっそりと地理の教科書を読みふけり、貴重な時間を取り戻そうと努力するために最善の位置だ。

 あぁ、我ながらなんて涙ぐましい。


 だいたい新年度一発目の会議なんて、ただの顔合わせに決まってる。それこそ、時間の無駄遣い。

 頭に来るったらありゃしない。


 なぜか前の方の座席にヒトがみっしり座っていてアタシの周辺は閑散としている。何かルールがあるのかな? と思ったけれど、注意されるわけじゃないし、問題ないだろう。



「もちろん、委員がエントリーしてもかまいません」



 生徒会副会長だという男の先輩が何やらしゃべり続けているけれど、片手間で聞いていても内容が薄いことがわかった。


 要約すれば、

 ①秋の学祭でコンテストを行う。

 ②コンテストの内容は来月公表する。

 ③まずクラスの参加希望者を把握する。

               以上!


 どうしてそれだけで10分間も話し続けられるのか、もはや大いなる謎だ。



「なお、希望者を募る関係上、副賞のみ事前に公表する規則ですので、この場でお知らせしたいと思います」



 貿易って、もはや地理じゃなくて政経の分野じゃない? 手元に隠した文章を追いながら、そんなことを思う。てか、歴史と地理、政経がまとめて社会科って納得いかないんだけど。


 文系の自覚があるアタシは暗記ものは大体得意。歴史系は特に好きだ。地理だって、歴史的背景が隠れてるからね、地名とか名産品とか覚えやすい。

 なのに、政経だけは好きになれなくて困ってしまう。めんどくさいんだよ、正直。政治はまだマシだけど、経済が。


 ……とはいえ、苦手を放置すれば、ろくな大人になれない。しかも、弁護士を目指す以上、ある程度は経済に通じることも必要だろう。政治関係は言わずもがな。

 元々、中学生の頃から半ば意地になって特訓しているけど、ここ最近の出来事で苦手克服の決意はいっそう固くなった。


 あぁもう、大事なところにラインを引いたら、ほぼ1ページ丸々赤いし。だから地理に政経要素混ぜないで、ってば!


 ヤバい。アタシ、次のテストで一位とか、無理かもしれない。もっと集中しなくちゃ。

 ホント…………時間を無駄にするヤツ出てこいやっ! アタシの一生がこれ以上おかしくなったらどうしてくれるの!?



「ぜひクラスで宣伝してください。今年の賞品は……」



 ダカダカダカダカ……副会長の声、すごく楽しそう。アタシの視力じゃ顔までは見えないけど、きっと満面の笑顔なんだろうな。……癇に障る! 誰のせいでこんな長々拘束されてると思ってんの!?


 ……わかった、このヒト、ただの目立ちたがり屋だ。目立ちたがり屋に付き合わされて勉強時間なくなるとか、やっぱりクラス委員受けるのマジ早まった。



「ジャンッ!! 『家』です!!」



「きゃーーーーっ!!」



「ぅおぉーーーー!!」



 ひっ!?

 誇らしげに告げる声とその後の異様な熱狂に、アタシの苛々が吹き飛んだ。すごい音量!

 何コレ、何のカルト集団!?


 副会長に近い席を中心にクラス委員が総立ちで叫んでいる。それはもう、狂信的なライブのように。

 耳を押さえながら、アタシはふと考える。なんかさっき、究極に謎な単語を聞いたような……?


 このバカ騒ぎの前、副会長がなんだか妙な単語を言った気がして気になった。



成久井なくい! 成久井! 成久井!」



 どこからか上がった副会長の名前らしいコールに、みんながノリノリで合わせ始める。40人もいない会議なのに、割れんばかりの歓声と異様な熱気。

 正直、怖い。ドン引きだ。



「クク……静まりたまえ」



 …………うわ。何その変態感あるセリフ。


 上げられた副会長の手と、ピタリ静まる室内。もう、逃げ出したい。助けて愛莉さん!

 副会長が手を振ると、ガタリと全員が元のように腰を下ろした。そして、今し方の支配者と被支配者の空気を嘘のようにかき消して、



「優勝者には戸建て及びその土地の権利諸々が進呈されます」



 議事を進行してゆく。

 いやぁ……ヤバいとこ来ちゃったなぁ……。


 ……………………って、ん???



「分譲住宅と考えていただいて問題ありません」



 はぁ!?

 やっぱり「戸建て」って言ったんだよね!? 家!? 優勝すると家が一軒手に入るの!?

 なんだその常識的にありえないぶっ飛んだ賞品は……………。


 思わず、握り込んでいたマーカーを取り落とした。熱狂の意味が微妙にわかる。


 まじまじと発言者を見下ろせば、穏やかに手元の資料を読み上げている様子。まぁ、例え魔王の笑みを浮かべてたところでアタシには見えないけどね。それにしても……。


 ーーー家……?


 なんとも表現しにくい、野望のようなものが胸にフツフツと湧いてくる。優勝賞品は家。


 家が貰えれば……きっとみんなを……バラバラになった家族を、呼び寄せられる。狭くても、戸建てなら…………。


 破産したせいで、抵当に入っていた家が取られてしまった。アタシたち一家がバラバラに生活しなきゃならなくなったのは、そのせいだ。

 パパとママ、中学生のリュウに小学生のリク、まだ保育園のかわいいかわいいアオイちゃん。アタシたち6人を一気に受け入れられる親戚なんていなかった。


 ………………だったら。



「なお、この家屋は理事長が知人から買い上げたもので、築7年の中古物件になります。新築ではありませんが、不自由のないよう点検及びリフォームは行う予定です。

 また、間取りはゆったりめの4LDKだと伺っております。もちろん、場所は登校に支障のない範囲内です」



 グシャリ、手元でページが折れた。でもそんなの、どうでもいい。

 それどころじゃない。


 これだ。


 まさしく、渡りに船。



「別荘に、遊びの拠点に、一人暮らしに……用途は多様。それが今年度の優勝賞品です。ぜひ、クラスで宣伝していただいて。みんなで学祭を盛り上げましょう!」



「ぅあああーーーーーっ!!」



 喧騒が遠い。

 …………アタシがやるしかない、よね?


 何のコンテストだか肝心のところがわからないけど、頑張って優勝しなくちゃならない理由が今できた。


 4部屋もあればとりあえずは十分。この盛り上がりを見るに、ライバルは多そうだけれど。

 倍率なんて関係ない。やるしかない。



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