第4話 おねぇ様はおねぇ様。。。
入学式は明日の午後。
アタシにはまだおしゃべりする友達の一人もいない。だから、個人情報が漏れるわけない。
……もし親友ができたって、こんなデリケートかつ不名誉なこと、へらへらと話したりしないけどね。
まさか……先生が喋ったんだろうか。アタシの親が破産したこと。
何で…………?
誰にも知られなくなかったのに。
どんな誤解や偏見が我が身と家族に降りかかるか……考えただけでゾッとする。
「いやだ、誤解しないでね? 興信所を使ったわけじゃないのよ?」
アタシの顔色の悪さに気付いたのだろう。愛莉さんは個人情報の流出について、慌てたように言い募る。
でも、興信所とか……普通は咄嗟に思いつく単語じゃないよね。セレブにとってはルームメイトの素姓を興信所に洗わせるのが普通なの…………? なんだその殺伐とした関係。
「……あのね…………ワタシ…………理事長の息子なのっ! だから否応なしにいろいろな情報が入ってきてしまってっ! ……でもワタシ、口の堅さには自信があるから大丈夫よ!!」
躊躇った後、意を決したように勢い任せにまくしたてた。
さっきまでの穏やかな雰囲気が陰っている。けれど、胸の前で指を組んだ愛莉さんからは、何かのビームが出ているような……キラキラキラキラ…………。
あ、もしやこれが、噂に聞く「女子力」? なんか……眩し過ぎて刺さる!
強力キラキラビームを発する、愛莉さんの言葉に嘘の気配は感じない。キラキラで誤魔化そうとしてるわけじゃないみたい。
……情報の集まる理事長一族? ……本当、だろうか…………。
「……………………………………っていうか」
他にも引っかかりがあったような。しかもかなり大きな。
え? アタシの、聞き間違え、かな?
「…………息子?」
いや、間違いなく娘の聞き間違いだよね。うん。
ハァ。それにしても、このとんでもない部屋はやっぱりVIPルームなんだ……。
有り得ないとは思っていたけど、この立派な部屋が「理事長の過保護仕様でまったくもって普通じゃない」のだとわかり、アタシはほんのちょっとだけ、落ち着いた。「愛莉様」は権力者のお子様なんだね。
はは。だめだよ理事長、公私混同も甚だしい。こんだけ贔屓されてりゃ周りもビクビクするわ、そりゃ。
って言うか、アタシ、セレブと一緒に生活するの!?
「そうなの、次男よ。
紅葉ちゃんとはせっかく同室になれたんですもの。ワタシ、隠し事はしないって決めたのっ!
……あ、でも誰にも言ってはイヤよ? これはね、
にっこりと凄まれて、握手されて。
白魚の手も、言われてみれば硬…………?
え? …………その笑顔……ガチっすね……? ちょっと……意味不明っすよ?
「……………………女装?」
混乱したまま、言葉が口をついて出た。
だって、ここは確かに女子寮のはず。…………ん?
握った手は、身長にあわせて指が長い。確かに少し大きめだけど…………いるよね、女子でもピアノ余裕で弾けちゃうサイズのヒトって……。
なんか…………アタシの許容量超える事態が起こってるような……理解できなさすぎて、むしろ平和なような…………ヤバい、マジで混乱してる。
「……おんなのこよ?」
たまたま体が男に生まれちゃっただけなの。
うふ。キラキラキラキラ。
「このことで迷惑は絶対にかけないと約束するわ。
ねぇクレハちゃん…………それでもやっぱり、ワタシなんかと同室は……嫌?」
キラキラしながら哀しげに小首を傾げる姿までが花のよう。
え、コレでホントに次男なの……? 体が男? …………うん、そりゃあ大きな間違いだわ。
アイドルよりも可愛くて、モデルよりもスタイル良くて、女優よりも女らしい。
今まで会ったことのないタイプだ……いろんな意味で。
しかしそうか…………オチはこっちか。大どんでん返しだね、ホント。ははははは。
同室のおねぇ様が、オネエって。ギャグか。いや、笑い事じゃなく。
さすがに先生方は知ってるのだろうか。管理上必要な情報だから……少なくとも笹川先生は知ってるはずだ。
しっかし、理事長の息子なら…………部屋にお風呂までついてるワケだよ。過保護ってより大浴場、使用禁止命令だもんね実質。
つまり、愛莉さんがここに一人で住んでいたのは、最初の予想通り、住人のせい…………理由は予想外だったけど。
ふぅ。
でも、そこまでわかってアタシはようやく、息がつけた。
これで、余計なことを疑わなくって良くなったから。
イイ部屋で、イイヒトで……?
そんなウマい話、あるわけない。正直、完璧なお嬢様じゃなくて良かった。
ようやく条件はフィフティーフィフティー。スネに傷持つのはお互い様。秘密の共有は最高のアドバンテージだ。
女子寮でオネエと同居生活。設備充実で、個室まであり。家賃ゼロ。
…………うん、そう考えるとデメリットは大してないな。
アタシ、プライドは高くても自意識は高くないんだよね。びっくりしただけで、「間違い」が起こる可能性なんてゼロだってわかってるし。
そもそも、そんなことでウダウダ言うのは、多少なりとも自分の容姿に自信のある人間だけだと思うんだよね。
ははは。魅力の欠片もないアタシにとって、無関係。
「愛莉さんのご迷惑でなければ、よろしくお願いします」
事情はもうバレちゃってるから、そういう面でも苦労がない。
むしろ、条件的にはかなりラッキーなんじゃない……?
自意識を別にしても、弟たちと同室で育ってきたから、部屋にいるのが女だろうが男だろうが、実のところ抵抗はない。誰と一緒だって、他人と暮らすんだから面倒は避けられないし、気が合うかもわからない。
少なくとも愛莉さんからは、アタシと仲良く生活したいっていう空気を感じる。拒絶されてるわけじゃない。
「…………いいの?」
「はい」
しっかし、アイリさんとうちの弟どもが同じ生き物だなんて…………なんの冗談?
もちろん、アタシとだって全然違う。あげられるものならなら、アタシの性別プレゼントするのにね。
どちらかと言えば、アタシのガサツさが迷惑をかけてしまいそうで心苦しい。
「人間、見た目より中身だと思ってます。うちの父が破産したのも、誠実そうな見た目に騙されて迂闊に連帯保証人になったからです。
アタシこそガサツ極まりないので、愛莉さんにいろいろご迷惑をおかけするかもしれませんが、遠慮せず、ビシバシ言ってやってください」
「…………クレハちゃんて……おもしろい子ね……。
……でも良かったわ。ワタシ達、仲良くやっていけそうね?」
立てば芍薬座れば牡丹。こういうヒトのためにある表現なんだと、しみじみ思う。
いくら「外見はどうでもいい」って言ったって、所詮はアタシも人間。目の保養は大歓迎だ。
「荷ほどきのお手伝いしましょうか。
……あ、でも、私物を覗いたら失礼よねぇ。必要な時に呼んでもらえる?」
あはは。そんな繊細さ、アタシは持ち合わせておりません。女子力高いなぁ。
眩しすぎる笑顔に、「ここにいたらアタシにも女子力が身につくかな」なんて考える。
「お茶の用意をして待っているわね。いただき物のアールグレイがとても美味しかったの。カヌレも温め直すわ」
「あ、アタシも手土産にブラウニー焼いて来たんで、後で持って行きます」
「あら、クレハちゃんが焼いたの?」
「一応洋食屋の娘ですから。
今月末が実家の立ち退き期限なんで。まだ普通にキッチン使えました」
「ワタシ、お菓子作りって大好きなの! 嬉しいわぁ、今度一緒に作りましょうね」
……うんうん。とりあえず、夢のような住居が確保できましたとさ。
確かにこの部屋ならお菓子作りもできそうだ。食堂のある寮なのに、立派なカウンターキッチンあるもんね。
今朝までの不安の嵐を考えれば、かなり幸先のいいスタートだと思う。予想外も予想外。でも、悪くない。
「じゃあ、後でね」
後ろ姿に、深く感謝。
見た目ほど派手な性格じゃない、優しくて誠実ヒトだと知った。
ふぅ。クローゼットを開き、首を一回し。コキコキと小気味良い音が耳に響いた。
荷物はどれも、この部屋には合わない貧相なものだけど。
アタシはきっと、家族の中でも幸せな方。
だから、これからの毎日は頑張らなくちゃ。
一生懸命勉強して、いい大学に入って、早く家族の集まれる家を買ってみせる。
きっと……ここなら道が拓ける。
ただの勘だけど。
きっと……大丈夫。そんな気がした。
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