第3話 おねぇ様の豪邸……豪寮?

 どんなすさまじいのが出てくるやら……と想像していたのに、愛莉さんは全然違う。

 まあ……確かに常識的に考えて、一緒にいたいタイプではないよなぁ……と思うけどさ?


 ゴージャスな巨大ビスクドールの横に並んだら、たぶん一般的女子は圧倒的な不利しか感じないもん。しかも、ゴスロリ服って圧力あるよね……。


 でも、さ。

 自分の外見にそこまで興味のないアタシの場合、それは別にどうでもいいこと。むしろ目の保養になってイイんじゃない? とか思ってる。アタシと愛莉さんじゃ天と地ほども違うから、嫉妬も何にも感じないよ。

 テレビの中……いや、更に遠い二次元の存在レベルで遠いヒトだ。


 だからアタシが微妙に抱いてしまったこの苦手意識の理由は、「気が合わなそう」の一言に尽きる。

 だって、ねぇ。部屋着にゴスロリ服って、どうなの……? しかもめっちゃ高級そうだよ?


 アタシ、デニムとジャージしか持ってない。

 …………やっぱりここ、貧乏人厳禁のお嬢様ワールドか……。ははははは。格差万歳!



「まぁ、良かったわ、うまくやっていけそうね? 南海さん、良かったわね。

 じゃ、愛莉様、お願いしますよ」


 明らかにほっとした様子で、アラかん真面目女性の笹川先生は事務所に戻って行った。ホントにもう、そそくさと。

 「うまくやっていけそうね?」が「うまくやっていけると言え!」に聞こえたのはアタシだけだろうか……。

 

 後には微妙な顔したアタシと、「あぁ今日は忙しいわ」なんて訊いてもいない言い訳、そして華やかな笑顔を浮かべた愛莉さんだけが残される。


 てか、「愛莉様」って。やだなぁ。やっぱり難しいヒトなんだよね……?



「さあ、入って入って~」



 ヒラヒラした服を気にもとめず荷物を運ぶの手伝ってくれてるし、今のところは悪いヒトに見えないけれど……。



「素敵でしょう? これからここで一緒に暮らすのよ。紅葉ちゃん、一年間仲良くしましょうね」



 聞いたところによると、愛莉さんは三年生。ずっと一人暮らしだったらしい。


 赤い扉を抜けて部屋に入ると、通路右にトイレがあって、左がお風呂で…………真っ直ぐ進むと、



「はぃ!?」



 広大なリビング。


 寮の中とは思えないリビングに、アタシは口をあんぐり、目を見張った。……まぁアタシの目、二重って言っても薄い切れ長だからね。どんなに見開いても万が一にも目玉がこぼれ落ちたりしないけどね。


 …………愛莉さんなら本当にこぼれるかもね。何あのぱっちり二重。顔小さいのに目が大きいとか、やっぱり二次元。



「気に入ってもらえるといいのだけれど」



 普通のマンションよりも広いんじゃないかと思えるリビングダイニングは……ロココ調…………?

 そんな風にもじもじと恥じらう意味がわからない。


 お洒落なシャンデリアの下には、猫足の家具が鎮座する。


 毛足の長いラグとカーテンは純白で、窓からの日差しにキラキラ輝いていた。窓の広さもさることながら……宝石でも織り込んであったらどうしよう……。



「すご…………」



 開け放たれた窓の外には広々としたバルコニー。一歩出れば、校門の内側に続くポプラ並木が見渡せた。


 春らしい爽やかな風が、愛莉さんの栗色の巻き毛を揺らす。



「ふふ、いいお部屋でしょう?」



 ……ヤバい。


 予想外の展開にアタシは絶句した。まさかのオチだ。


 何、このセレブ部屋。そういうことなの!?

 ………………庶民の底辺なんですけど、アタシ。ガクブルせずに立っているのに必死ですけど……。



「あら? やだ、どうしたの? 顔色が悪いみたい……あ、もしかして、緊張しちゃったのかしら?」



 リビングの手前、左右の壁にあるドアを指し、「あっちがワタシのお部屋で、こっちがクレハちゃんのお部屋よ」と説明してくれていた愛莉さんが、ふいに心配そうにアタシの顔を覗き込んだ。


 うん…………イイ人。


 ってことはやっぱり、問題は家賃なんじゃ……。


 だって、寮の案内パンフに載っていた部屋は、二段ベットと勉強机があるワンルーム。

 こんな部屋……ありえない。


 寮のくせに2LDKに、家具付きなんて……。しかも、ただの2LDKじゃないんだよ!? 超ゴージャススイートルーム仕様だよ!? これ、お風呂だってトイレだってたぶん…………!



「……そうよね、初めての日だものね 。疲れたでしょう? 少しお休みしましょうか。

 ここは紅葉くれはちゃんのお部屋だもの、自由にしていいのよ?」



 ふわりと微笑んで、「落ち着いたら歓迎のティーパーティーをしましょうね」と先導してくれた個室のドアは……よく見ればパステルグリーン。


 成金趣味というわけではなく、造りがいちいち丁寧で、高級感が漂っている「特別室」。つい最近お金で苦労したアタシは、「本物」という雰囲気に圧倒される。



「ここ、ですか……?」



 はははははははは。

 アタシはついに目眩に負け、壁にもたれかかった。ここが自室……? 二人部屋の中で更に個室があるだけでもとんでもないのに?


 いやいやいやいや…………。


 いくら何でも。


 天蓋付きベッドって。


 何ここ、どこここ!? なにごと!?


 淡いモスグリーンで統一された室内はリビングよりは狭い程度。そこに置かれた勉強机もクローゼットも、可愛くお洒落なアンティークだ。


 御伽噺のお姫様か……。異世界転生した気分だよ…………。


 ……ってか、ティーパーティーって。日本人がするものなんだね?



「ちょとアタシ…………場違いです……壊しそうですし……」



 思わず口をついて出た逃げ口上にしばし首を傾げていたアイリさんは、やがてその麗しい瞳に納得の色を浮かべた。



「お金のことは心配ないの。こんなに優秀な子ですもの、大歓迎よ。

 そうそう、お家が破産されたのですって? 災難だったわねぇ」



「…………………………」



 確かにお金の心配をしたんだけども。

 こんなところにも貧富の差が……って唖然としてたんだけどね?


 屈託のない言葉に、アタシは頭から冷水をぶっかけられたような気分になった。

 

 このヒト…………親切なふりをして……アタシのこと、哀れんで、楽しんでるだけだったんだ……。

 そうだよね、愛莉さんどう見てもお金持ちだもんね。貧乏人、珍しいよね。


 …………最悪。


 アタシは見世物じゃない。


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