最終話
小山田たち刑事課の刑事たちは地団駄を踏んだ。
物証も見つからず、自白も取れず、捜査陣の完敗で終わった、通り魔事件。
実際、通り魔と呼称をつけているが、果たして通り魔だったのかさえまだ本当のところ分からなかった。
忸怩たる思いで数日が経った。捜査本部がいきなり色づいた。
「本星かも知れません」
そう訴えたのは画像解析班の若い捜査官だった。
彼によると、牛丼屋の前で被害者が刺されたであろうとき、被害者の後ろに立ったのは確かに溝川だったのだが、溝川が一瞬隣の看板に書かれたメニューのほうに体を動かしたその後にひとりの人物が被害者の後ろを通った人物がいた。
そのことは以前から分かっていたのだが、解析班の捜査官は、主婦の事件があったとき、周辺の防犯カメラに映っている人物と牛丼屋の前で映った人物が同一人物であることを解析して判断したのである。
解析によると、その人物は背格好、歩き方などが完全に一致した。顔は、帽子を深く被っているので分かりづらいのだが、顔の輪郭は分かった。どうも、その人物は女であろうとのことだった。
その報告があって、画像に映った人物の写真を捜査員に配布して、聞き込みを開始しよとしただった。
「顔がはっきり分かる画像がありました」
それは最初に発見した解析班の捜査官とは別の捜査官から報告された。
周辺のありとあらゆる防犯カメラから収集した画像の中から、その人物の正面に近い画像を発見したのだ。
その人物の顔を見た捜査陣から声が上がった。
それは、被害者の元妻だったのだ。
元妻は遺体の引き取りを拒否したことで、捜査陣には印象が強かった人物だ。
事件の捜査線上にも上がって捜査はしたのだが、アリバイは自宅にいてないものの、非常に病弱でもあり、体も細く、ひとりで犯行を行なうことは無理ではないかと予想された。
それより、溝川のほうが被疑者として浮上したことから、捜査の目は離れたのである。
「身柄を取るぞ。がさも同時に入れる」本庁捜査一課長が宣言した。
先行して、小山田たちが被疑者宅に行き、所在確認をしていた。
しかし、と小山田は思った。もし元妻が犯人だった場合、最初に刺された女とはどういう関係なのかが分からなかった。
元夫には何か恨みがあったのだろう。
だが、女にはどんな恨みがあるのか。
それを自分の手で自供に追い込みたかった。
捜査本部から、捜索令状を持った捜査官が着いた。
すぐに被疑者宅の呼び鈴を押す。
中から被疑者が出てきた。
捜査員は家宅捜索令状を示すと同時に任意での同行を求めた。
元妻はすでに覚悟を決めていたのか、静かに指示に従った。
その後、家宅捜索した結果、凶器に使われたと思われるナイフが二本発見された。
自供によると、元妻は結婚してから何十年にもわたり暴力を受けていたことと、仕事ありきで家庭を返りみないばかりか、若い女にはまり、子供の学費までも女への貢物に変えていたことを恨みに思っての犯行だったことが分かった。
最初に刺された女については、この事件を私怨による犯行であることを隠す意味でも、通り魔事件にすることで捜査陣の目を逸らそうという意図があったもので、刺された女とは面識もなく、ただ刺しやすかったからだということも分かった。
「ひでえ女だな」
小山田は深いため息と同時にはき捨てた。
それを聞いいていた、本庁から来て、小山田の相棒になった若いエリート君は
「小山田さんも奥さんには気を使ったほうが良いですよ」
と小馬鹿にしたような表情で言った。
「バカヤロー、うるせえ」
小山田とエリート君はお互いの顔を見合わせながら笑いあった。
終わり
通り魔 egochann @egochann
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます