第5話

溝川の共述に変化はなかった。

それもそうだろうと小山田は思った。

何しろ、物証が何も出てこない。

殺された男との接点も無い、先に刺された女との関係性も洗い出せない。ないないづくしで手も足も出ない。

そのうえ、無差別殺人を臭わせるようなものも、溝川の自宅からは発見されなかった。もしかすると、本星は奴ではないのかも知れない。

そこまで弱気になるのも、小山田には不本意だった。

不機嫌さが頂点に達した。

捜査会議で、居眠りをした相棒のキャリア君の尻を蹴飛ばすくらいだから。


「小山田君、本庁のエリートさんを蹴飛ばしたらアカンで」刑事課の主任刑事から注意された。

小山田は、お詫びにとエリート君を居酒屋に誘った。エリート君はただの勉強だけが出来るか細い秀才ではなかった。柔道も黒帯だったし、大学時代はアメリカンフットボールで鍛えた体で逞しかった。


「先輩はこれまで何人の星を上げたのですか」


そらりゃ、刑事を長くやってりゃ星のひとりも上げられるべーと言ってやりたかったが、へそ曲がりだと思われるのもしゃくなので、本当のことを言った。


「殺しは3人かな」ーへーすごいです。とエリート君は尊敬の眼差しを送っていた。

「傷害致死がひとりと傷害は無数だべ」-僕もそれくらいの刑事になれますかと聞くので、あんたはもっとエリート街道だろと言ってやるとエリート君は顔が曇った。


ビールを入れたコップがちょっと減っただけで、エリート君がすぐに注ぐので、やたらペースが速くなった。その晩小山田は正体が無くなるまで飲んだ。いくら飲んでもビクともしないエリート君に送られて自宅に戻り、意識もほとんど無いままに床に埋没した。


翌朝、署に上がり、事務作業をして、さて今日も先の見えない取調べをするかと腰を上げようとする瞬間に刑事課長が声を上げた。


「ナイフが出たぞ」


溝川の自宅から数キロ離れた空き家にナイフが転がっているのを、掃除に来たその家の持ち主の家族が発見したというのだ。


ナイフは二本発見され、鑑識の結果それが当該事件の凶器であることが判明した。だが、それには溝川の指紋もDNAも発見されなかったのだ。


いよいよ、溝川の拘留期限が翌日に迫っていた。捜査会議は重苦しい空気が流れていた。


防犯カメラに映った犯人らしき人物である溝川の、犯人と断定できる物証が無い、自白も取れない。仕方無かった。翌日、溝川は釈放された。


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