第五話〈好きな味②〉


 ナウラが兄貴の家から貰ってきたというその荷物の重さに、俺は驚いた。


 まったく!


 なんだってこんな大荷物をナウラに持たせるんだ。


 なにもこんなによこさなくても。


 まるでうちが食い物に困ってるみたいじゃないか。


 困ってなどないのに。


 だがそんなことは兄も兄嫁も判っているはず。


 それなのに毎回毎回、ナウラに必ずお土産を持たせる。


 前回は果物でその前は菓子だったか。


 まぁ……土産を持たせたくなる気持ちも判るが。


 結局は、ナウラが可愛いからなのだろう。


 可愛がってもらうのはありがたい。


 嫁が誰からも愛されるのは、そりゃあ悪い気はしない。───しないが、鍋ごと渡すことはないじゃないか。


 少し腹立たしく思いながら、俺はナウラの細い腕には重過ぎる荷物を炊事場へと運んだ。



♢♢♢


その晩は久しぶりに懐かしい味の料理と美味い葡萄酒を口にした。



「布がそんなにあってもなぁ。刺繍だって時間がかかるもんだろ、仕上がるまで」



 俺がこう聞くと、ナウラは食べる手を休め、小さく頷いてから言った。



「はい、でも仕立て用の布地と刺繍用の布地は違うから。たくさんあっても困らないし、助かります」



「へぇ、そうか。良かったな」



 ナウラは頷いたが、いつもより硬い表情で言った。



「なんだかいつももらってばかりで。申し訳ないです」



 ───ああ、そんなこと気にしてるのか。


 俺は少しでもナウラの表情を和らげようと、努めて明るく言葉を返した。



「いいさ、くれるものはありがたくもらっておけばいい」



「でも………。いろいろなこと教えてもらってるのに。……あの、アクバルトさん」



 遠慮がちにナウラは言った。



「なんだ?」



「私、兄嫁さまに何かお礼がしたいんですけど」



「礼か。ナウラがいろいろと上手くなってからでもいいと思うけどね」



「そうでしょうか」



 沈んだ表情のナウラが気になり、俺は考えを巡らせた。


 そんなに気にしなくてもいいのだが。


 まあ、一度くらいは礼でもしておくか。


「そう、と言いたいところだが。居心地が悪くなるようでもいけないしな。いいよ、俺が何か考えておくから」



 こう言うとようやくナウラはホッとした表情になって、ほんの少し笑顔をみせた。


 昼間、姉のパミナが言っていた、はにかむような笑顔に心が和む。


 もっと笑ってほしいと思うが。


 どんなことを言って笑わせたらいいのか。


 パミナの言った通り、俺はつくづく面白味のない男のようだ。


 自嘲気味になりながらも、今はとりあえず食べることに専念しようと決めた。



「おかわり」


「アクバルトさんはこういう味付けが好きなんですか?」


 鶏の煮込みを皿に盛り、俺に差し出しながらナウラが聞いた。


「え、ああ……そうだな、これは少し懐かしい味だからかな」


「懐かしい?」


「母親がよく作ってくれた味に似てるって意味だ」


「お母様が。そうですか、この味が……」


 ナウラはそれきり黙ってしまった。


 ……そうか。これは少し辛いから、ナウラには苦手な味だったのかもしれない。



「ナウラは苦手だったか?この味付け」



 俺が尋ねるとナウラは慌てたように首を振った。



「ぇ、あ、いいえ。とても美味しいから覚えたいなぁと思って」



 予想外の返事に俺は驚いた。



「難しいと思うぞ。最近やっと味付けが似てきたとか兄貴も言ってたし」



「……そうですか……」



 ナウラはなぜか動揺している様子に見えた。

 驚いた反動で、つい否定的な返事をしてしまったことに俺は後悔した。



「隠し味だけじゃなくて、この味にはほかにも何かヒミツがあるんでしょうか」



 不思議そうに瞳を丸くし、皿に盛った料理を真面目な顔でじいっと見つめるナウラの顔に、俺はおもわず笑った。


 まるで睨めっこみたいで。


 本人は至って真面目なのだろうが。


 その表情はとてつもなく可愛かった。


「秘密はとくに無いと思うが、こういうのは慣れだと思うな。ナウラはゆっくり覚えたらいい」



「でも私、このまえ魚を焦がしてしまったし、発酵し過ぎて保存食を腐らせてしまったり。なんかあまり美味しいものちゃんと作れてないような気がします」



 食べる手が完全に止まり、ナウラはしょんぼりと下を向いた。



「そんなに落ち込むことないだろ。ナウラの作るパンは美味いよ。干し葡萄を練りこんで焼いたやつとか、胡桃の入ったやつとかさ、俺は好きだよ」



「ほ、本当ですか?」


 ナウラは驚いたように顔を上げて俺を見つめた。


「ああ、ほんとだよ」


「よかった……。私を産んでくれた母さんもパンを焼くのがとても上手な人で、一緒に暮らしてた頃は毎日手伝ってたから。私、お料理でそれだけは得意なんです。それしかないですけど」



「これからだってまだ得意になることは増えるさ、きっと。一生懸命覚えれば」



 ナウラは頷き、その愛らしい口元に小さな笑みを見せた。




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