第四話〈好きな味①〉



 夕刻。



 家に戻ると、アクバルトさんがちょうど仕事場から出てくるところだった。



 アクバルトさんは装身具や装飾品を造る仕事をしている職人さんだ。



 細工や彫金の腕がいいので、依頼も多い。



 でも仕事はそれだけではなく、山に入り獣を追うこともあれば、畑仕事や兄弟皆で世話をしているたくさんの家畜の面倒をみることも仕事だと言っていた。



 ♢♢♢



「戻りました。遅くなっちゃってごめんなさい。すぐ夕飯の支度しますね」



「お帰り。それにしても凄い荷物だな」



 アクバルトさんは私を見るなり驚いた様子で言った。



「兄嫁さまもお義兄さんも、いろいろくださって」



 大きくて重い荷物を下ろそうとする前に、アクバルトさんが来て私から荷物を取ると顔を顰めた。



「───っ⁉ なんだ? 重いな」



「断ったんですけど、持って行けとどうしても……」



 怒られるかなと思ったが、アクバルトさんは苦笑して言った。



「断ることはないけど、これじゃおまえがひとりで持ち帰る量にしたら多すぎだ。重かったろうに。いったいなに入ってんだ?」



「野菜とかお漬物とかチーズとか。アクバルトさんにとお酒も貰いました。それから使い勝手が良いお鍋があるからって」



「は? 酒に鍋? 鍋なら家にもあるだろ?」



「それが………。美味しく煮込めた鶏肉があるからぜひ食べてほしいって」



「鍋ごと⁉」



 頷くとアクバルトさんは呆れた顔を向けながら続けて聞いた。



「そっちの袋は?」



「あ、こっちは仕立て用の布地をもらいました」



「布……。布なら昼前に刺繍の練習用に使うといいからってパミナが持ってきたぞ」



「えっ。お義姉さんが?」



「ああ。部屋へ置いといたから見ておいで。こっちは俺が炊事場へ運んでおくから」



 アクバルトさんはこう言いながら煮込まれた鶏肉の入った鍋や、そのほかの頂き物を私から受け取ると炊事場へと向かった。



 ♢♢♢



 その晩、食卓には鍋ごと貰った鶏肉の煮込み、漬物ピクルスに温野菜とパン。


 そしてアクバルトさん用にと渡された葡萄酒を出した。



「布がそんなにあってもなぁ。刺繍だって時間がかかるもんだろ、仕上がるまで」



「はい、でも仕立て用の布地と刺繍用の布地は違うから、たくさんあっても困らないし、助かります」



「へぇ、そうか。良かったな」



「なんだかいつももらってばかりで。申し訳ないです」



「いいさ、くれるものはありがたくもらっておけばいい」



「でも………。いろいろなこと教えてもらってるのに。……あの、アクバルトさん」



「なんだ?」



「私、兄嫁さまに何かお礼がしたいんですけど」



「礼か。ナウラがいろいろと上手くなってからでもいいと思うけどね」



「そうでしょうか」



「そう、と言いたいところだが。居心地が悪くなるようでもいけないしな。いいよ、俺が何か考えておくから」



 アクバルトさんはこう言って、私の前にお皿を差し出し「おかわり」と言った。



「アクバルトさんはこういう味付けが好きなんですか?」



「え、ああ……そうだな、これは少し懐かしい味だからかな」



「懐かしい?」



「母親がよく作ってくれた味に似てるって意味だ」



「お母様が。そうですか、この味が………」



 お母様が亡くなったのはアクバルトさんが十三才の頃だと聞いていた。



 でもこれ、辛いけど爽やかで。奥深い不思議な味。


 何か隠し味があるのだろうか。


 今度、兄嫁さまに聞いてみよう。



「ナウラは苦手だったか?この味付け」



 黙り込んだ私に、アクバルトさんが言った。



「ぇ、あ、いいえ。とても美味しいから覚えたいなぁと思って」



「難しいと思うぞ。最近やっと味付けが似てきたとか兄貴も言ってたし」



「……そうですか……」



 あんなにお料理が上手な兄嫁さまでも真似できない味⁉



 いったいどんな秘密があるんだろ。



「隠し味だけじゃなくて、この味にはほかにも何かヒミツがあるんでしょうか」



 私の言葉にアクバルトさんは吹き出すように笑った。



「秘密はとくに無いと思うが、こういうのは慣れだと思うな。ナウラはゆっくり覚えたらいい」



「でも私、このまえ魚を焦がしてしまったし、発酵し過ぎて保存食を腐らせてしまったり。なんかあまり美味しいものちゃんと作れてないような気がします」



 言葉にすると果てしなく気持ちが落ち込み、私は食べる手を止めて下を向いた。



「そんなに落ち込むことないだろ」



 アクバルトさんが言った。



「ナウラの作るパンは美味いよ。干し葡萄を練りこんで焼いたやつとか、胡桃の入ったやつとかさ、俺は好きだよ」



「ほ、本当ですか?」



「ああ、ほんとだよ」



 アクバルトさんの言葉と優しい微笑みが嬉しい。



「よかった……。私を産んでくれた母さんもパンを焼くのがとても上手な人で、一緒に暮らしてた頃は毎日手伝ってたから。私、お料理でそれだけは得意なんです。それしかないですけど」



「これからだってまだ得意になることは増えるさ、きっと。一生懸命覚えれば」



 優しく笑うアクバルトさんに、私は頷いた。


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