第4話 うごめく森

 しまった。寝過ごした。ジャックが干し草のベットから跳ね起きたのは翌日。日はすでに登っていた。本来ならば、昨日のうちに情報収取しておきたかった。まぁしかたないか。どのみち昨日、日が暮れてから村を出る、という選択肢はなかったので、今日ゆっくり情報を集め、可能ならば今日中、森の外までの道のりが険しかったら、もう一日ここに宿泊して明日早朝に村を出よう。焦る必要はない。ジャックはだらだらと顔を洗い、身支度を整えた。十分な栄養と休息をとったので彼の体は軽くなっていた。これならばいつものパフォーマンスができそうである。ロビーで植物族の店主にお礼を言い、この森の出口をたずねたが、解答を得ることはできなかった。仕方がないので、宿を後にする。植物族は日光と栄養源にしているので日中は外に出て日にあたる。会話を楽しむ者、陽に当たりながら眠る者とさまざまである。私たち人間は生きる為に食べる必要がある。そして食べる為に、魚や獣の命を頂戴する。しかし植物族は、肉や魚を食べない。言ってしまえば、水と日光さえあれば最低限の生活はできる。つまり彼らは、食べる為に殺生ををする必要がないのだ。このことが彼らの性格を形成する上で関係しているかは分からないが、彼らは温厚でのんびり、ゆったりした生活を好む。ジャックは早速、目の前の植物族に森から出る方法を訪ねた。

「やあ。ちょっと訪ねたいんだが、いいかい?」

「ご機嫌よう。今日は晴れている。素晴らしいわ」

「実は森に迷い、命かながらこの村を発見したんだ。この森から出る方法を知っていたら教えてくれないか?」

「このは生命の力に溢れている。とても過ごしやすいでしょう」

「まぁ、そうだね」

「ならここで暮らしたらいいよ。友達になりましょう。私はジルバ」

「ありがとうジルバ。俺はジャックだ。まぁこの村は穏やかで過ごしやすいが、俺にも君と同じ最も過ごしやすい場所。故郷があるんだ。帰らないと」

「そうなの?」

「そうだよ」

「けれど私、生まれてからずっとプリカパで暮らしてきたから森の外へ出る方法は分からないの。村にいる大抵の人たちは私のようにこの村から出たことがないのよ。だから森から出る方法を知っているのは。うーん。」

「知ってるのは?」

 彼女はそのまま返事をしない。どうやら眠ってしまったようだ。きっと日光浴があまりに気持ち良いのだろう。こればっかりは人間であるジャックには共感し難いが、植物族のゆったりした生き方には少し憧れる。ジャックはジルバに別れを告げ、村の中央へいく。

「やあ。ちょっと訪ねたいんだが」

 次にジャックが声をかけた植物族は、ゆっくりと踊りながら日光浴を楽しんでいた。

「これは僕が考えたオリジナルのダンス。君も一緒に踊ろう」

「いや、俺は」

「踊りは素晴らしい。陽の光の元で踊れば元気になれるよ」

「楽しそうでいいな。で、ちょっと訪ねたいんだが」

「なんだい」

「この森から出る方法を教えて欲しいんだ」

「踊りのこと以外はよく分からないよ」

 そうか、ありがとう。植物人はマイペースで自分の世界観を持っている。確かにそれは良いことだ。しかし有益な情報は得られない。なんだか本当に不要な情報ばかり集まる。なんでかな。

「やあ。教えて欲しいことがあるんだ」

 ジャックが3人目に語りかけた植物族は背が高く、目を開いてじっとしていた。

「こんにちは。こんなところに人とは珍しい」

「それが森に迷って、ようやくこの村を見つけたんだ。森から出る方法を知らないか?」

「森から出る方法ですか。森とは誘うものであり惑わすもの。あなたの心に迷いがあるとき、あなたは森の中にいる。迷いがあるのですね」

「いや、違います。心とかかじゃなくて、この森から出る方法を教えてください」

「あなたの心に迷いがなければ、ここに森はありません」

「いや、えええ」

 植物族は気を悪くしたのか、その場を去ってしまった。無駄な時間ばかりが過ぎていく。ジャックのイライラは募る。

「つーか、どいつもこいつも人の話聞いてるようで全く聞いてねえ」

 という言葉を飲み込みジャックは昨日世話になった、村唯一の食事処、ピピリへと向かった。

 

 ピピリの店の前には植物族よりも煩わしい人物がいた。げ、ドロシーだ。ジャックのイライラはさらに募る。ドロシーもジャックの存在に気がつく。彼女は両手を組んで、待ってたわ、と話を切り出した。

「実は問題が起こったの」

「なんですかね。ジャジャ馬姫様」

「あら、これまでの私に対する態度を反省したのね。よろしい」

 どうやら皮肉に聞こえなかったみたいだ。

「私としたことが、魔法50番の為にあなたを追ってきたのはいいんだけど」

「どうやってここまで来たんだよ」

 ジャックは話を遮って尋ねた。

「もちろん飛んできたわ。」

 ドロシーは持っていた大きな箒を見せつける。

「なるほど。ずっと俺のことつけていたのか?」

「まさか。オメガゼウスの居場所を頼りにあなたの居場所はわかっていた。つまりあなたがフィボナッチの森に墜落したことは知っていたの。けれど迂闊にあなたの後を追いかけてフィボナッチの森深くに迷い込んでしまったら、まずいでしょ。だから空の上から村を探して降り立ったのよ。そして私の予想した通り、あなたはこの村にたどり着いた」

 ドロシーは少し説明を省いたが、空の上からフィボナッチの森を見たところで緑しかない。どれだけ目が良くても、村を見つけることなんでできないのだ。彼女は生命反応の多い場所を魔法で探し当て、一番安全な所に的確に降り立ったというわけだ。

「俺がこの村にたどり着けず死んでしまっていたら、どうしたんですか?」

「それはない。オメガゼウスが助けてくれるわ」

「嘘つけ」

「大泥棒なんでしょ。オメガゼウスがいなくても、あなたならこんな状況、簡単に抜け出せるんじゃないの?」

「ま、まぁね」

 ジャックの釈然としない表情に彼女は声を出して笑う。嫌な女だ。

「で問題というのは?」

「それが」

 彼女の表情は曇る。

「ここに魔法50番がないと分かった以上。私は一刻も早くメタリカに戻る必要がある。なんだけど」

「なんだよ」

「飛べないのよ」

 さっきまで笑っていたのが嘘だったかのように、彼女は深刻な顔をしている。

「箒にまたがって、飛ぼうとするんだけど、なぜか飛べない。空を飛ぶ魔法なんていうのは、魔法の初歩よ。この私が飛べないはずがない。だとすると、私が飛べなくなってしまった原因は私にではなく、この森にあるんじゃないかと考えていたわけ」

「というと」

「この森は私たちを縛っている」


「何かこの森について最近変わったことはないか?というかこの森から出る方法があったら教えて欲しい」

 2人は食事処ピピリにいる。植物族の店長は神妙な顔をして2人の話を聞いていた。ドロシーは横に置いてあった果物が気に入ったらしく、話の途中、小さくて丸い果実をとっては口に運びながら話を聞いている。

「お2人さん。まずこの村に人間が来たのは50年ぶりだ。外では他の種族と積極的に関わる植物族もいるが、ここの住人は他の種族に慣れてない。だから皆、人間的、というより植物的な考え方をするんだよ。私含めてね」

「それはどういう考え方なの?」

 ドロシーはまた1つ果実を口に放り込む。

「枯れる時は枯れる。ってイメージだな。植物は本来地面に根を生やすと、人生の全てがそこになる。人間のようにあちこち移動することはないんだ。だから、ここの住人はこの森から抜けるっていう考え方をしない。どこかに移動するって考え方をしないからだ。そして常にここが最高の場所だと思っている。仮にこの森の環境が変わって、日が差さなくなってしまったり、雨が全く降らなくなったとしても、私たちはそれがさも当然かのように受け入れてしまうんだ。枯れる時は枯れる。それは私たちにとって受け入れるべき当然のことなんだよ。これが植物的な考え方だよ。まぁ、外の世界にいる植物族は他の種族と関わり価値観を共有することで、もっと人間的だと思うが」

「なるほど。ではこの森から出る方法を知っている者はいないと?」

「そうだ。けれど、皆、口にはしないがこの森に対して異変を感じている」

「それはどんな」

「森が奏でる音というか、森の雰囲気が不穏なんだ。一昔前は森の奥深くまで行かなければ、この周辺はもっと明るかった。それに村を少し出るのであれば、迷いの森とはいえ迷うことも無かったんだ。だから子どもたちはよく大樹ウッドワードの所に遊びにいったものだ。しかしここ数年、子供たちを村の外に出していない。そもそも50年前は少数ではあるが来訪客もあったのだ。フィボナッチの森は徐々にではあるが確実に闇に染まっている」

「答えが出たわね」

 そういってドロシーは3つ同時に果物を口に入れた。ジャックはドロシーの考えっていることに気づいて、やれやれといった具合で両手をあげる。ごくん。ドロシーは果物を飲み込み威勢良くジャックを見る。

「ジャック、あなたも来なさい。大樹ウッドワードとやらに会いにいくわよ」

 まぁ話の流れから、そうなるわな。とは言えジャックは不服そうだ。無理もない。ここ数日、この魔女に振り回されてばっかりなのだ。

「早く。ジャジャ馬姫の命令は絶対よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星に手を伸ばす @alex04

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ