第3話 森の中の村
まぁそれゃそうだよね。食卓に並ぶのは色とりどりの野菜、木のみ、果実、豆に芋。ジャックの胃袋は念願かなって、ようやく空腹を満たすことができる。しかし残念ながら彼が最も食べたかった「肉」は食卓にはなかった。ここは、植物人が暮らす村。名前をプリカパと呼ぶようだ。フィボナッチの森の中にこんな村があろうとは思いもしなかった。ジャックはこの村のおかげで命拾いした。プリカパは村全体としては小さく、集落程度の規模で、数十人の植物人が静かに暮らしていた。植物人の外形は個人個人様々であり、人間に近い容姿をしている者から、植物に近い者までさまざまであるが、基本的には人間でいう頭部から、花を咲かせている者が多い。下半身は幾重にも大きな葉っぱが巻かれていて、まるでスカートのようだ。植物人は水を飲み、日の光を浴びることで、生命を維持することができる。それが最低限度の食生活になるが、他にも木の実や野菜を好んで食する。他の種族と異なるのは、魚と肉は食べない、ということ。ジャックも植物人の特徴を知っていたのでこの展開は読めていた。少しがっかりはしたが贅沢は言ってられない。食事ができて栄養を摂ることができるだけありがたいのだ。ジャックはフォークを使って色とりどりの野菜を口に運ぶ。
「おいしい」
空腹感もあったが、野菜はどれも新鮮で、木の実や果実は物凄く甘い。植物族は火が苦手なので、基本的には加熱処理された料理は出てこない。つまり、ほとんど素材そのものを食べているといった感じだ。しかしジャックにはどの料理もとても美味しく感じられた。酸っぱい果実はとても酸っぱく、甘い果実はとても甘い。味が物凄くしっかりしているのである。ありがたいことに芋と豆には熱が加えられているようで、スパイスとハーブの香りが食欲をそそり、ジャックは夢中で食べた。彼は今プリカパの「ピピリ」という村唯一の食事処にいた。木を柱に大きな葉っぱを合わせて作られた簡単な建物だが柔らかい光が差しこみ、風通しも良い。とても居心地が良い場所で、お目当ての肉は手に入らなかったが、ジャックはかなりご機嫌な様子。食事を済ませたら、宿を借りて体力を回復さる。そして情報収拾をしてこの森からでる手がかりを見つけよう。
「見つけた。前はよくも私を欺いてくれたわね」
目の前には、先日タワーの中で出会った女性が立っていた。げほっ。ジャックは思わず、食べていた木の実を喉に詰まらせて咳き込む。ジャックの機嫌は下り坂。女は両手を腰に当てて人差し指を突き出す。すると、ジャックの肩にいたボロ人形は、軽やかに彼女の方へと飛び跳ねた。
「無事で何よりだわ。オメガゼウス」
こいつオメガゼウスっていうのかよ。ネーミングセンス。しかしこの女、黒い帽子に黒いワンピース。魔女か。で、このボロ人形がこの女の使い魔なのだろうか。
「さぁ、盗んだ魔法50番を返しなさい。今返せば、メタリカの魔法学校の掃除100日分で許してあげるわ」
ジャックは両手を挙げてため息をつく。
「無いよ。俺がとりに行った時には既になかったんだ。あの時もそう言ったじゃないか」
彼女は驚きを隠せない。
「嘘よ。嘘つきは泥棒の始まりというわ。嘘は泥棒の十八番でしょ?」
「まぁ否定はしないけど、嘘つく意味がないでしょ」
「なんで?じゃあ魔法50番はどこにあるのよ」
「それは俺が聞きたい」
ジャックは無造作に頭を掻く。
「こっちは君のおかげで、気球から落下して死にかけ、更に方向感覚のわからない森を彷徨って死にかけた。さて、どうしてくれようか。」
ジャックはゆっくり立ち上がり、ナイフに手を伸ばす。
「なによ」
彼女は一瞬怯えた表情を見せたが、すぐに睨み返して一歩退く。刹那、ジャックは目にも留まらぬ速さで彼女の横を走り抜けた。
「店長。お代は俺の彼女が払っとくんで」
「わかりました。ありがとう」
「な」
「お代は全部で280リラです」
ジャックはケラケラ笑いながら、宿屋へと走っていった。
まぁそりゃそうだよね。プリパカは集落程度の規模なのでジャックはあっけなく見つかった。場所は宿屋。彼は干し草のベッドに座り、目の前には魔女。本当ならば宿屋でくつろいでいるはずなのに、魔女という邪魔のおまけ付き。
「お金は返したでしょ。ちょっとしたユーモアじゃん。マジになるなよ」
その言葉が、彼女の逆鱗に触れる。
「一度ならず二度までも。もう許さない。火炙りよ」
「ここは植物族の村だから火は危険だよ」
「ぐぬぬ。あなたは知らないと思うけどドロシーといえばメタリカきっての天才魔女よ。それがとんだ屈辱よ」
その後もドロシーはガミガミと口を動かしてあれやこれやと喋っていたが、森の中を歩き回った上、食事を終えたジャックは、干し草のベッドにもたれて眠りに落ちた。
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