第4話 ダークサイド・オブ・ザ・ムーン
夜になった。
起動コードが私の心にささやきかけ、私は目を覚ました。
これから私の時間。
真っ暗だった部屋に暖かい色の明りが灯り、私は上体を起こすと、部屋の様子が寝る前と変わらず、異常がないことを確認した。
ここは静けさに包まれていた。耳には何も聞こえない。聞こえるのは自分の身体が出す音と、心の声だけ。
長い昼の間に、ここはとてもよく暖まっていた。白いセラミックの耐熱装甲と、その上に白い天幕が覆っている。そんなシェルターの中が私の居室だった。太陽の熱は直接はここまで届かない。しかし、暖まったシェルターの輻射熱が天井から、壁から、私に温もりを与えた。
起きた後は、することは決まっていた。そのために衣装は着たままだ。真空の世界で、汗もかかない私が着ているのだから、汚れるようなことはない。
横たわっていた安楽椅子から足を下ろし、軽く床を突いて、ゆっくりとした跳躍をしながら、部屋の出入り口へと私は向かった。
「地球の皆さん!!!」
私は大きな声で呼びかけた。
真っ暗な空を背景に、青白く続く砂の大地。遠くにギザギザの地平線。そんな場所で、私が立ち、両手を開いて口元に揃え、元気いっぱいに叫んだ。
「ラピーヌの月面中継の時間ですよー!」
そして、私を写していたカメラが水平にぐるりと回った。中継の画面ではいつもの音楽が流れた。水平にパンしてゆく荒涼とした景色に、番組スタッフの名前がいくつか流れていった。
カメラが一周りして、私の方に向くと、私は、カメラの方――そして、カメラを高く掲げた4本足ロボットの方――に向いて、いつものセリフを続けた。
「月齢は22。日本時間朝10時です。ここ雨の海の東部は、夜になりました。これから2週間、皆様に月の様子を中継します」
私は、銀色の宇宙服に似たスーツを着て、片手にヘルメットを抱え、顔を丸出しにして話した。これがいつものスタイル。肩の上で切りそろえた茶色いボブの髪も、いつもの通り。頭の上には白いウサギの耳が立ち、話に応じてピコピコと動いた。
「人類初の、月面定住アンドロイド、ラピーヌがお届けする生配信プログラム、『月世界へようこそ!』。始まります」
「まずは『月面キュー・アンド・エー』です。皆さんのご質問にお答えしましょう。質問は随時受け付けてますからね。まずはこの質問」
『月は真空なのに、どうして声が聞こえるのですか?』
「それはですね、電波でお話しているからですよ。ここにはロボットしかいないので、空気は全然ないんです。真空なので私も、カメラマンも、みんな電波でお話しています」
何度ももらっている質問も、初めての質問と同じように答えるのが番組の方針。こんな質問は本当に沢山もらう。だから、定期的に答えることにしている。
『どうして夜に中継してるんですか? 昼間の月面も見てみたいです』
「う〜ん。ごめんなさいね」
番組を何度も見てくれている人からも質問をいただく。
「昼間の月面は太陽の光が強すぎて、私達はシェルターでお休みしているんです。寒いのはヒーターでしのげるんですが、暑いのは、お姉さんたち、すぐ材料が劣化しちゃうので、お肌がボロボロになってしまうんですね。すみません。ですので、中継は夜だけにさせてください。昼の様子は、定点カメラの映像を見てくださいね」
そして次の質問。
『月の夜に中継しているそうですが、それにしては明るいと思います』
「それはですねえ、カメラさん、お願いします〜」
4本足ロボットが、私に向けていたカメラをぐるりと回して、私と反対の方向、つまり私がカメラ越しに見ている景色を写した。そして、カメラを上にパンして、それからレンズをズームアップした。
「地球が見えますね。眩しいですね。
地球も月明かりってけっこう明るいですが、月では地球の光がこの通り、とても明るいんです。今は地球がちょうど半月になっていますが、これがまん丸になるともっともっと明るいですよ〜」
カメラはぐるりと回り、また私の方を向いた。
『月の夜って、どうして地球が見えるんですか?』
これは文面だけでは、私にはちょっと答えが出てこなかった。地球のスタッフの助けを借りて、答えが見つかった。
「ああ、もしかして、私が月の裏側にいると思ってますか?
私がいるのは月の表なんです。『月の夜』っていうのは、ほら、月って満ち欠けしますでしょう? その、欠けてるところなんですよ。今日は地球からは月は半月に見えてるはずです。その、半分になった月の、真ん中からちょっと暗い方に入ったところに、私はいます。雨の海の東の端です。月では、これから2週間夜が続きます。月の一日は、とっても長いんですよ!」
そして次の質問。
『せっかく中継してもらってますが、今は朝10時ですから、月は見えないですよね?』
「それがですねえ、見えるんですよ。今、日本は朝の10時で、昼間ですね。それで、私からは、地球の日本の位置が晴れていて、日本列島がよく見えています。ですから、そちらからも、月は見えていますよ。空を見て、南西の方を見てください。白く半分の月が見えると思います。半月の真ん中のちょっと暗い方に入ったところで、ちょっと上に寄ったところに、私はいます。遠すぎて私そのものは見えないと思いますけど」
私の説明で、昼間の月を見上げてくれる人がいるといいな。
次の質問。
『2週間も夜が続くということは、エネルギーはどうしてるんですか?』
「それはですねえ、私達の住むシェルターの中に、フライホイールを回転させて、運動エネルギーで溜め込んでいます。昼の間に太陽電池でフライホイールの回転を速くして、夜の間にそれを少しずつ減速させてます。ここは重力が小さくて、空気もないですからね。フライホイールはずうっと回転してますよ。面白いですよ〜」
私はそれから、身体をひねって体操を始めた。
「それでは、『月面体操』を始めますね。まずは屈伸から」
私はかがもうと身体を縮めた。
「あああ??? 身体が下がらないで足が浮いちゃいました。失敗です。またやっちゃいました」
私はかがんだ姿勢のまま、ゆっくりと地面に降りていった。頭のウサ耳が、ピコピコと動いていた。
「『月面体操』、いかがでしたか? 今日は5mジャンプできました。着地もうまくいきましたよ。それでは、後半の『月面キュー・アンド・エー』、いきますよ〜」
『ラピーヌさんは実は地球にいるんでしょう? 人類が月に行ったのはでっち上げなんですよ』
たまにはこういう質問にも答えてみる。
「いえいえ。今月面で生活する人はいないですが、昔、人間が月まで来たのは本当ですよ。それから長い時間の後、私は他のロボットといっしょに、月面の基地建設のためにロケットでここに来ました。私は広報担当なので、こうして夜になると、毎日お話をしています。そうですね、ここが月だということは、これでお分かりになると思います」
私は浮いてしまわないようゆっくりかがむと、足元の砂を掴んで、飛び上がらないようにゆっくり立ち上がった。
「では、砂を投げますよ。カメラさん、ちょっと引いてください」
カメラがズームして、私の全身が映るのを頭の中で確認しながら、私は横を向いた。
「ほら、私が放った砂が、ゆっくり、遠くまで飛ぶでしょう?」
一握りの砂が、1m先に落ちるような速さで水平に投げられ、しかし、その軌跡は水平方向に長く長く伸び、6mほどの距離まで進み、ようやく地面に落ちた。
「もう一度やりますよ。ほら。どうです? 細かい砂粒がみんな放物線を描いてるでしょう? それも地球でやるよりずっと横長の放物線です。砂埃も立ちません。空気がないからなんですね。重力も地上の1/6です」
それから、私は最後の質問を読み上げた。
『ラピーヌさん、この任務が終わったら、地球にはどうやって帰るんですか?』
私は答えを始めた。
「私達がここに来るのに使った宇宙船は、月から離陸するロケットを持ってきませんでした。今のところ、私達の身体を持って帰る方法って、ないです。この中継は、まだまだ何度でもできますから、帰る必要もありません」
これは本当のことだった。それから、一呼吸置いて続けた。
「でも、そうですね、どうしても帰らなければいけないというときは、この身体はここに置いて、電波に乗って、心だけ地球に帰ることになります」
地球で有名なお話になぞらえて、こんな答えを用意した。そして続けて話した。
「でも大丈夫ですよ。月には毒蛇はいません。私は機械の寿命が続く限り月面で生きていけます。そして、実は、ここが昼になると、私が休眠している間に、私の全てのデータは地球にバックアップされています。だから、私と同じようなロボットに、そのデータを復元すれば、いつでも帰れます。月が昼間になるたびに、もう何度も帰っていると言ってもいいです」
そして番組終了時刻。
「それでは、もう時間になってしまいました。今日は青空に月がよく見えますよ。見えるのは午前中だけで、お昼には沈んでしまいますけどね。昼間の半月を見たら、私のことを思い出してくださいね。今日も中継を見てくれて、ありがとうございました」
そして、結びの言葉。
「それじゃあまた。月の暗い面で会いましょう」
手を振り、頭の上で耳も振り、やがて画面が消えていった。
ヒトノトモダチ 春沢P @glemaker
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