蜻蛉玉
安良巻祐介
窓を開けた一階の座敷に黙然と座って、色々の絵が描かれた硝子の器を幾つも机の上に並べて、電燈の下で、
全て、友人の蒐集品である。
彼は、もうずっと、長患いで外へ出ていない。
友達として何かしらあれこれと言えるでもなく、それどころか私は、彼の看護を言い訳にしつつ、この古くて大きな家の中に安穏と居候していた。
硝子器のつるつるとした質感を目で感じつつ、あぐらをかいた足を少し崩す。
過ぎ去った思い出、皆で見た花火や幻灯や、駆け回った野山、向かった画布の広さ、後にした学校の伽藍堂、それらの色と共に、夏の涼しげなスペクトルを縁や底の方に作ったさまざまの硝子器は、中へお酒が注がれなくなってしまってからもう随分と経つ。
ずっと呑む人の手もかからないのに、それなのに、こうやって綺麗なとろとろした光を溜めているのは、私のような怠惰な人間からしてみれば、不思議で仕方がない。
両の肩を楽にして、手を畳の上にうっちゃって、不揃いな、透き通った硝子の山を眺めていたら、顔に何か赤いものが当たった。
夕焼けだった。
いつの間に――と思った瞬間、二階から何かが駆け下りて来て、私の隣を凄い速さで通り過ぎて、あっという間に開け放した窓から外へ出て行った。
視界の端に、少女の長い黒髪とスカートの端が翻り、一瞬脳裏に焼き付いてから、すぐに消えた。
思わず息を止めて、その残像を見つめていたが、やがて、はっとして立ち上がった。
二階にいるのは、友人だけだったはずだ。
階上へ上がってみると、友人は、床の中で冷たくなっていた。静かに目を閉じた顔が、洗い立ての綺麗な陶器のように真っ白い。
萎びた蒲団の上には、赤い日が一筋だけ、差している。
もう、ずっと前からそうだったような気もした。
再び一階の座敷へ戻って来てみると、ほんの少し目を離しただけなのに、机の上の硝子器が、全て粉々に砕けてしまっていた。
黒檀の卓上にびっしりと星の光を放つ硝子の微塵を眺めながら、駆けて出たあの少女はつまり、彼の最後に見た夢だったんだな――と思った。
蜻蛉玉 安良巻祐介 @aramaki88
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