私がラノベ読みに戻れた理由
これは私が十七歳の頃の、大学受験を控えた夏の話だ。
私は学校で話題の神社にやって来ていた。神社の名は、
二礼をした後に、ぱん、ぱん、と二拍手をして、願いを口にする。
「どうか、志望校に無事合格しますように」
そして一礼。
なんでもこの神社には、大切なものを断つと誓うことで受験に合格する、という不思議なご利益があるという噂があった。
にわかには信じがたい話ではあるが、なんとしてでも志望大学に一発で合格したかった私は、そんな噂すらも利用してやろうと思い、わざわざ秋葉原にあるこの神社までやってきたのだ。
「あとはここに大切なものを置けばいいのかな」
噂では、二礼二拍手一礼を終えた後に賽銭箱の手前にある
ゲーム好きの人はゲームを、野球好きの人は野球を自身の生活から断つことで、受験に合格する。そんな噂が先輩たちから伝えられてきた。
私が持ってきたのはライトノベルだ。私は今までの人生の中で、ライトノベルを通じてたくさんのことを学び、感じてきた。私にとってライトノベルは、間違いなく大切なものなのだ。
もちろんライトノベル以外にも大切なものはいくつがあるが、私が自身の生活から断つものにライトノベルを選んだのは、他にも理由がある。
これから始まる受験。そして合格した後に続く大学生活のことを考えると、恐らく今ほど本を読む時間は取れないだろう。あるいは、社会人になってからも同じだ。それに時間だけでなく金銭的な理由もある。本だってタダではないのだ。
それならば、今ここでライトノベルを断ってしまえばいい。そう考えて、私は大好きな一冊のライトノベルを持ってきた。
「これを置いたら帰って勉強をしないと」
持ってきたライトノベルを置こうと三宝に近づこうとしたときに、ふいに一つ、強い風が吹いた。
「……っ」
舞い上がった砂が目に入らないように私はぎゅっと目を瞑る。しばらくしたら風が吹き止んだのでゆっくりと目を開けると、先ほどまでは誰もいなかったはずなのに、すぐ隣に一人の女の子が立っていた。
「はじめまして。本山らの、と申します」
そう名乗った女の子の声は可愛くて、優しくて、ずっと聞いていたくなるようなものだった。
いや、女の子と言うのも失礼かもしれない。私よりもちょっとお姉さんっぽいので、恐らく二十歳前後だろうか。少し扇情的ではあるけれど、黒を基調とした巫女服らしきものを着ているので、ひょっとしたらこの神社の人なのかもしれない。そして何故だか頭には狐っぽい耳がついており、腰の辺りには尻尾もあった。一応ここは秋葉原だから、そういった格好をしながら働いているのかもしれない。
「ここにはどういったご入用で?」
「えっ? えと、あの、受験に合格したくて、それで大切なものを持ってきたんですけど……」
突然目の前に人が、それもとびきりに可愛い女の人が立っていたため、私はどぎまぎとしてしまった。しどろもどろになりながらもここに来た理由を話すと、本山さんはふむ、と頷いた。
「受験……大切なもの……なるほど、承りました。それで、あなたの大切なものというのは?」
「えっと、これです」
なるほど、というからにはこの人も噂のことは知っているのだろうか。ひょっとして噂は本当なのか。そう思いながら、私は持ってきたライトノベルを本山さんに渡した。
本山さんは受け取ったそれをじっくりと眺めてから、私に尋ねてきた。
「この本はもう読まれないのですか?」
「はい。あの、私は本……特にライトノベルが好きなんですけど、多分これから忙しくなると読む余裕がなくなりそうなので……」
「そうですか」
どことなく悲しげな表情をする本山さん。何故だろう。そんな彼女を見ていると、胸の奥がチクチクと痛むようだった。本を読まなくなるのは私だというのに、まるで彼女自身が本との縁を切られてしまったかのように、私の代わりに悲しんでくれているみたいだった。
「本を読まなくなってしまうのは、本当に残念ですね」
そう言って本山さんは私が渡した本を袖の中にすっと仕舞った。
用を済ませた私は「それでは失礼します」と言って、その場を立ち去ろうとした。
「……もし」
そんな私に、本山さんが背後から声をかけてきた。
「もし、またライトノベルが読みたくなったらここに来てください。そのときは、私がお勧めする作品を紹介しましょう」
「はあ……ありがとうございます」
ライトノベルを断つ決意をしにここに来たというのに、何故ライトノベルを勧めてくるのだろうか。
私は首を傾げながら神社を後にした。
* * *
そんな出来事から六年が経った、ある夏の日。私は再び羅野神社を訪れていた。
無事に大学を卒業し、司書として働いて収入にも時間にも余裕が出てきたので、長い間断っていたライトノベルとまた読もうと思ったときに、ふとこの神社のことを思い出した。
大学受験を終えてからは全くというわけではないが、ほとんどライトノベルを読んでいなかった今の私は、最近の流行りも話題の新作もほとんど知らない、喩えるなら『ラノベ浦島太郎』のような状態だった。自分の周りにもライトノベルを読む人があまりいないのでオススメの作品を聞くこともできない。こんなときにラノベ読みの友達がいたら良かったのに。そう思ったときに、本山さんのことを思い出したのだ。
かれこれ六年も経ってしまったが、彼女は今でもここで働いているだろうか。私のことを覚えてくれているだろうか。私とライトノベルについて一緒にお話をしてくれろうだろうか。
「……よし」
いろんな不安を募らせながら、私は神社の鳥居をくぐった。
鈴の音と頁をめくる音 キム @kimutime
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