どこかにいる神様に
私、
憧れのらのちゃんと、密室デート……とても緊張する。
「それじゃあ、何か歌いますか」
そう言うと私の正面に座っていたらのちゃんは立ち上がって、モニター脇にあるデンモクを取りに行った。
カツン――
カツン――
カツン――
一歩を歩くたびに、彼女が履くヒールの音が狭い部屋に響く。
すらりと伸びた細く白い脚はラストティーンとは言え、十代特有の張りと瑞々しさがありとても眩しい。
黒を基調とした和服の大胆にも開かれた背中は、同性である私からしても見続けていると平静ではいられなくなるくらいに蠱惑的だ。
「よいしょ」と前屈みになってデンモクを取る際、スカートの中からちらちらと尻尾が見え隠れしている。人への擬態が少し解けているのは、私を信頼してくれている証拠だろうか。
デンモクを手にした彼女が、正面の席ではなく私の隣へやってきて座る。ふわっと感じる優しい匂いは、香水の類ではなく彼女の身体から自然に発せられるものかもしれない。
――すう。
――はあ。
その匂いは落ち着くようで、私を余計に緊張させるものでもあった。
「さて、何を歌いましょうか」
デンモクをテーブルに置き、こちらに気を使うように上目遣いで私を見てくるらのちゃん。私とらのちゃんの身長は彼女の方が高く、並んで歩いていたときはこんな風に見られることはあまりないため、こうしたちょっとした仕草にドキッとされられる。
「そうですね……じゃあ、ちょっと落ち着いた曲とか、どうですか?」
なんて。全くそんな気分ではないのに。私は二人きりのこの空間で、今もなお太鼓のようにうるさく鳴る胸を落ち着けるために、あえてそう提案してみた。
「落ち着いた曲……?」
しかしらのちゃんは、私の提案を不思議そうに聞き返してくる。何かおかしなことを言っただろうか。
彼女はふふっ、と笑いながら私の方へと腕を伸ばし、今もドクドクとうるさい私の胸にそっと手を当てて言った。
「こんなにもドキドキしてるのに、落ち着いた曲だなんて……本当に歌えるんですか?」
「うっ……」
くやしいなあ。何もかも見透かされているみたい。
「ごめんなさい。恥ずかしながら、ちょっと……いえ、すごく緊張してます」
汗がにじむ手をぎゅっと握りしめて、私は潔く負けを認めるように今の気持ちを吐露する。やっぱりらのちゃんには敵わない。
らのちゃんは私の胸から手を離すと、じっとこちらを見つめてくる。
「…………鈴ちゃん、ちょっとごめんなさい」
そう言ってらのちゃんは私の頭と背中に手を回し、まるで子供をあやすように私の頭を胸に抱いた。
うっ……この位置だと凄く柔らかいものに顔が当たって、さらに恥ずかしさが増しちゃう……!
「あっ、あのっ! らのちゃんっ! これは流石に恥ず――」
「私の心臓の音。聞こえますか?」
らのちゃんの心臓の音……? 自分の
私の顔の向きを調整して、らのちゃんの左胸の辺りに耳を付ける。
ドッドッドッドッ――
鼓動が…………とても速い。ひょっとしたら、私よりも……?
「実はですね、私も緊張しちゃってます」
えへへ、と笑いながら私を暖かく包み込むらのちゃんの腕は、ちょっと震えていた。
「だって、こんなにも私を慕ってくれている女の子が目の前にいるんですよ? 緊張しないわけがありません」
「らのちゃん……」
「だから、なんて言ったら可笑しいかもしれませんが……鈴ちゃんもそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
私は柔らかな胸から頭を離し、改めてらのちゃんの顔を見る。
よく見ると朱に染まったその顔は、ひょっとしたら私以上に緊張しているのかもしれない。
なんだか、らのちゃんの方が年上のお姉さんみたい。
「それで曲なんですけど、良かったらこの曲を歌いませんか?」
らのちゃんは片手でぱたぱたと顔を仰ぎながらそう言うと、パパッと曲を入れる。すぐにモニターが受信した曲名を映す。
この曲は……知っている。有名でもあるし、私も大好きな曲だ。
「鈴ちゃん、はい」
部屋に二本あるマイクのうち一本を渡されて、スイッチをONにする。
もう一本のマイクはらのちゃんが持ち、同じようにスイッチを入れていた。
イントロが流れ始め、お互いに探り探りしながら歌い始める。
やがてサビまで来て、ふと歌いながら考えた。
果たして私たちをめぐり逢わせてくれた神様はどこにいるのだろうか。
バーチャル世界?
それとも、
――ううん、そんなことはどうだっていい。
だって今、この瞬間が、とっても楽しくて、嬉しくて、幸せなのだから。
だから、私はどこかにいる神様に向けて、曲の歌詞に想いを込めて歌う。
『
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