めでたし、めでたし

 ああ、なんだ。そういうことか。


 プロポーズされてそんな感想を真っ先に抱く人はそういないだろう。

 しかし、私の感想はまさにそれだった。

 レオナが「服を買いに行きましょう」と言ったときからずっと引っかかっていたものたちが、プロポーズの瞬間にすべてきれいに流れ去った。


 まったく、あの人たちは……。


 思わず漏らしたため息に彼氏が勘違いしたらしい。


「だ、だめかな……? やっぱりもっとかっこよく――」

「あ、ごめん。そうじゃないの」


 慌てて手を振り、深呼吸をしてから、両手で指輪の入った小箱を受け取る。


「喜んで」


 返事はこれでよかっただろうか。

 ほっとした彼氏が、その日初めて本当に嬉しそうに笑った。


  ~*~*~*~


「――どこか気になる部分はございますか?」

「いえ。ありがとうございます」


 壁一面に広がる鏡に、ウエディングドレスを着た私が映っている。

 プロの手にかかった私は、自分でも信じられないくらい、きれいになっていた。


 あれから一年。

 挨拶やら準備やらで大変だったが、無事に結婚式までこぎつけた。

 標準よりやや上で落ち着いていた体重も、一年かけて標準まで落とし、肌の調子もできる限り整えた。

 すべてはこの日のため。

 一生に一度の、晴れ舞台のため。


「では、新郎様をお呼びしますね」

「お願いします」


 ぱたんと扉が閉まったのを確認し、足元に置いておいた鞄に手を伸ばす。


「――どう? きれい?」


 どきどきしながら鏡を開くと、珍しくファルクの声が一番に聞こえた。


「馬子にも衣装ってやつだな」


 懐かしい台詞に口元が緩む。

 決して褒め言葉ではない、ファルクなりの褒め言葉。


「今なら世界で一億番目くらいには入るかもしれません」

「いつもとは比べものにならないくらいにはマシだ」


 他二名も、相変わらず素直に褒めてはくれない。

 それでもきっと、鏡の向こうで彼らは優しい顔で笑ってる。それで充分だ。


「――和花? 入るよ?」


 ノックの音とともに達馬の声が聞こえてきた。


「あ、ちょっと待って」


 顔を近づけ、またあとでね、と囁いて鏡を閉じる。

 いいよ、と扉に向かって顔を上げたその瞬間――


 どこからか祝福する三人の声が聞こえてきた。



           <了>

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大切なのは、中身です 沢峰 憬紀 @keiki_s

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