第10話 期末実技試験 中編

 

 静かな空間で雑念ざつねんを取り払うーー。

 多くに場合、武術家にとってそれは己と向き合うための時間となる。


 いくらかの少数派にとってはそれはきたる闘争への準備だ。

 実利的にも、精神的にもこれは役に立つ潜在能力の一時的開放となるだろつ。


 だがこの瞑想、己と向き合ったり、戦闘能力を一時的に上げるために使うようではだ。


 かつて「現代最高の武術家大千天王たいせんてんのう」という雑誌に取り上げられたような超一流の武術家ならば、瞑想を実践的じっせんてき修行のすべとして使うことが出来る。


 開くのだ。

 己の内側に眠るもうひとつの次元をーー。


 ー


「……ふむ、久しぶりにここに来たな」


 まぶたを持ち上げ光彩こうさいの捉えたのは、深緑と石碑せきひ、清水の湧き出る世界。

 霧の中でうっすらと日の光差しこむそこは、かつて俺が修行を積んだ秘境のほこらだ。


 ここは俺が始まった場所……。


 まぁよい、感慨にふけるのはまた今度だ。

 早速調整に入ろう。

 この空間は体感的に時の流れが速い。現実世界だったらあっという間に物事は進む。


 腰をすえて適当に歩き出す。

 幻の世界ーー言ってしまえば夢のようなものなので肉体は傷ついても、強く思えばそれだけで体の状態をリセットできる。つまりここは危険な修行をするのにはうってつけの空間という事だ。


 見つけた懐かしい祠の壁。

 たくさんこすられ、石材の分かれ目がわからない。


 真白んだ壁に手を添えて意識を一点に向かわせる。


「……ああぁ、まだ無理だな」


 本来なら変形させた「鎧圧がいあつ」を木の根ように張ることで壁ないしは天井を歩けるようになる。

 が、現状の俺ではそこまでの繊細な「圧」のコントロールは出来ず、さらにはその量、強度、伸ばせる範囲などあらゆる面で基礎力が足りない。


「剣圧」に物を言わせて足を壁に打ち込んで歩くことなら……まぁ出来なくはないかもしれないが、別に壁を歩くことが目的ではないので、そんな無意味なことはしない。

 この「仙法・人樹海ひとじゅかい」が使えるといろいろと応用が出来るのだが……今はまだそんな段階ではないようだ。


 先を目指すにしても、まずは過去の俺を通過つうかしないといけない。


「道のりは長いか」


 いきなり仙法が使えるとは思って良かったので、さっさと次に行くことにする。


 祠から出て湧き水の溜まる泉の中へ足を踏み入れる。

 まずは俺が考えていた肉体との操作感覚の違いを完璧に修正する作業から。


 闘技場控え室で着込んだ防具を脱ぎ捨て、全裸で清らかな泉に肩まで浸かる。


 冷たさを感じた瞬間、ふと、水面に移った顔に懐かしさを覚えた。

 そこに写っていたのは紛れもなく俺だ。


 前世の顔、さらに若くナイスガイだったころの俺なのである。

 潜在意識の中で覚えていたのだろう。


「よろしくな。お前を取り戻す旅に出発しよう」


 冗談めかしてかつての全盛期の俺に挨拶だ。


「ッ、やっぱり気づいて、たんですね」

「ッ!!?」


 声だと? ここは俺だけの瞑想世界なのにか!?


 慌てて背後を振り返る。

 声の主を視界に捉えた。

 灰色のジャケットを着ており、どうやら騎士学校の生徒らしいとはわかるが……。


「ん、見覚えのある顔だ。少年、どこかで会ったかな?」


 平静を取り繕いとっさに言葉をつむぐ。


「……覚えてないんですね」

「え?」

「あ、いえ、別にいいんですよ。ただの独り言です」


 そう言うと黒髪で根暗そうなその少年はうつむき黙ってしまった。


 と、そんな少年の姿を見つめていると思い当たる存在を記憶に見つけた。


「少年……もしかしてだが、君はアダム・ハムスタだったりするかい?」

「……ええ、『怠け者』のアダムです」

「あーやっぱりそうか。なんか眼鏡似合いそうな顔してると思ったよ」

「あはは……あれ、それって褒められてるのかな……?」


 よもや本当にアダム・ハムスタだとは思わなかったぜ。

 となると、そうか、なるほど、見えてきたぞ。

 この少年の正体が。


 困惑するアダムに近づく。


「ッ、あ、く、来るな!」

「んん~? どうしたおっさんが怖いのかな? 安心しろ何もしないから」

「いや、そんな格好で言われても信用できないですですよ!?」

「お?」


 自身を見下ろし、あられもない全裸だったことにはじめて気がつく。


 これはいかんな。

 余計な誤解を与えてしまったかもしれない。


 脱いだ衣服を素早く着直した再チャレンジだ。


「うむ、ばっちりじゃないか」

「それは、どうも。あの、というか驚かないんですか? いろいろ凄い状況だと思うんですけど……」

「驚いてるさ。ただ、年取るといろいろ経験してるからな。こういったスピリチュアルな体験は実は初めてじゃなかったりする」


 嘘である。

 こんなのはじめて以外の何者でもない。


 若者相手に頼れる年長者を気取ってしまう悪い癖なだけだ。

 ついつい格好つけたくなってしまう見るに耐えない老人の愚かなだけなのだ。


「流石です、本当に……僕、三日前にここで目覚まして、それ以来そこの泉で外の風景見てたんですけど、本当にアダムさんが戻ってきてくれてうれしいです」

「ほう、泉から……外の風景? それに戻る……?」

「ええ、誰かの視点、見た感じは学校だったので……たぶん僕、アダムさんに体乗っ取られちゃったんだとおもいます。ここは頭の中とか、もしくは心ですかね、よくわかりませんけど現実世界じゃないことは確かですよ」

「少年……さらっと乗っ取られたとか言ってたけど、それ、怒ってないのかい……?」


 言われた情報を必死に頭で整理しながらアダム少年が絶対に怒らなくてはいけない部分に言及。


 その答え次第では、俺は未来ある若者の人生を奪い去ることに、この身勝手で半世紀生きたアダム・ハムスタでさえ罪悪感を抱くことになる。


 けれど、もし少年が怒っていたとしても体を返すという気持ちが小波さざなみほども、起こっていないのだから本当に俺はどうしようもない。


 自慢じゃないが、武といっしょに自己中じこちゅうも極めてんだ……うん、自慢じゃないねコレ。


「怒るなんて……アダムさん、僕のことお願いします」

「いきなりどうしたんだ、少年……? 意図せずとはいえ体奪われたんだぞ?」

「いいんですよ。僕じゃ『アダム・ハムスタ』を騎士することはできません。だからアダムさんが騎士になってください。そうすればこんなクズで怠惰たいだでどうしようもない僕にだって生まれてきた意味があるって胸を張っていえると思うんです……そうじゃないと母さんと父さんに『アダム』は顔向けできませんし」


 アダム少年は涙ぐみ鼻をすすりながら懇願こんがんする。


「そうか。でもご両親がいるならいきなり中身が息子じゃなくなるって……」


 ちょっと残酷すぎないかな?

 俺だったらヘレンの中身がいきなり自分より年上のババアに変わったら絶対いやだ。


「母さんも父さんももう死にました」

「ぁ……そうなのか……」

「三年前の『白のポルタ』の襲撃で……教官からは勇敢な最期だったと聞いています。不幸中のさいわいで家と財産は残っていたのでなんとか学校にも通えてますが……でも僕があまりにもクズなせいで学業のほうは、その、知ってのとおりです……」


 アダム少年は過酷な人生を歩んできたんだな。

 会話してるぶんにはしっかりしてる気がするが……俺はしってるんだ。

 この目の前の少年がひどい怠け癖をもっていることを。


 であるならば仕方あるまい。

 いろいろ聞きたいことはあるが、まずは少年を不安から解放してやろう。


「アダム少年、任せたまえよ。このアダム・ハムスタが少年を……『アダム・ハムスタ』として立派な騎士になって見せよう」

「ッ、ありがとうございます、アダムさん! あ、そうだあとエヴァンスのこともよろしくお願いします。あいつ僕のことばかり気にかけてくれるいい奴なんですけど時々から回りして勝手に大事件起こすんですよ」

「ほう、たとえば?」

「そうですね、あれは入学したてのころでした。なんとなく眺めてたロベントウのことを勝手に僕が彼女のこと好きなんだと勘違いしてですね……」

「ロベントウ……? それって……」


 ーーンンンゥゥゥゥゥ


 響き渡る重低音じゅうていおん

 内臓をゆらし秘境の瞑想めいそう世界が俺をこばみ始める。


「もう時間か。思ったより早いな」

「目覚め、ですね」


 そう、この重低音の響きは瞑想による精神統一せいしんとういつが不安定になっている証拠だ。

 幻の世界ーー夢からの目覚めなのである。


 --ブオオオォォォンンン


 いよいよ振動が激しくなってきた。


「少年、君にはいろいろ教えてもらいたいことがある。またここに来るからそのときは詳しい話を聞かせてくれよ」


 それだけ言い残し散らされる精神への抵抗をやめる。


「それでは、アダムさん、言った通りくれぐれもロベントウのパンティをだけは盗まないでくださいね」

「ぇ、おい、ちょま、なんだそーーッ」


 重要なことを聞き逃したと気づいた時には、すでに俺の意識は現実世界へ帰還していた。


 ー


「む、戻ったか。一体なんでこんな早くーー」


 飛んでくる茶髪。


「うぉっと! エヴァンスじゃないか。なに吹っ飛ばされて遊んでんだ?」

「ぐへ……っ、アダム、あれを見ろ……」


 飛んできたエヴァンスをお姫様抱っこしながら指差す方向へ視線を向ける。


「せっ! はっ!」

「くくっ! やるじゃないかロベントウ! だが、その程度の剣ではこのシャーロック・ファイーー」

「せいッッ!」

「くぬぅ!?」


 激しく乱れる青髪が乱舞のように木剣ぼっけんを振り回す。

 黄金の瞳に自信を宿す少年と天敵ロベントウ少女が斬りむすんでいるのだ。


 けたたましい少女の剣が休まず金髪の少年を襲ってる……が、少年の木剣が一撃もその身に入れさせない。


「あれは?」

「リーダー同士の一騎討ちだ。いや、そうしてもらってる……のかな?」


 腹部を抑えるエヴァンスに肩を貸し、すぐそばの武器棚ぶきだな近くに座らせる。


 ぐるっと闘技場を見渡してみれば、ロベントウ少女を囲むようにして傍観する数人の生徒が見えた。

 敵チームの生徒たち4名だ。


「なにしてんだあいつら?」

「あいつらはシャーロックが全部片付けるのを待ってんだろな。もうこっちのチームはロベントウしか残ってないんだ」

「ほうほう、なるほど。つまりピンチなのか」


 観客席の男子生徒たちが頑張ってロベントウを応援してるところをみると、俺のようなイジメ的展開ではないのだろう。

 たぶん、純粋にあの金髪の少年が強いのだ。


「口の割に普通に負けそうなんだな。はは、良い気味じゃないか」

「仕方ないさ、相手はあのシャーロック・ファイアボルトだ。あいつを倒してもあと4人、こっちは1人。集団戦闘の理論通り動いたから試験は合格だし無理に頑張る必要はもうないさ」


 その割にはロベントウ少女すごい頑張ってるけど。

 負けず嫌いなのかな?

 それとも自分の限界を知らない愚か者なのか……はたまたに行こうとしてるのか。


「嫌いじゃないぜ、お嬢ちゃん」

「? アダム……?」

「エヴァンス、なにを諦めてるんだ? 俺と呑気におしゃべりしてる暇があったらロベントウを助けられるんじゃないか?」

「ぇ、ぃや、そうかも、だけど……アダム、お前本気か?」

「本気もなにも……俺はまだ戦ってすらない。なんで戦ってもない奴に負けたことになるんだ。意味がわからねぇだろ」


 足元の丸い盾を踏みつけ、弾ね上げ、キャッチ。


「エヴァンス立て、反撃開始だ」

「ちょ、待て! アダム! あーもう仕方ねぇ!」


 エヴァンスが存外ぞんがいに乗り気で木剣を握り込み立ち上がる。


 動き出した瞬間からさらに騒がしくなる闘技場。

 同時、手に持った丸い木盾をぶん投げる。


「あっ! アダムが動いてーー」


 ーースパコンっ


 投じた円盤えんばんがカーブを描いて生徒たちのこめかみを弾いて気絶させた。

 勢いとまらないブーメラン軌道の木盾が返ってくる前にすかさず2枚目の木盾をぶん投げる。


「ん? あ!? アダーー」


 ーースパコンっ


 こっちに気づきかけた生徒を狙撃ーー気絶させる。


 続いて返ってきた木盾をキャッチし、今度は投げた感覚から急激にカーブするようにひねりを加えてぶん投げる。


「あーー」

「ッ! ハムーー」


 ーースパコンコンッ!


 側頭部そくとうぶを弾かれ派手にぶっ倒れる生徒たち。

 観客席で座っていた生徒たちがぞくぞくと立ち上がり身を乗り出して来ている。ふっ、もっと注目しろ。


 これがお前たちが馬鹿にしてきた「アダム・ハムスタ」本来の肉体ポテンシャルだ。


「アダム、お前本当にどうした……てか、俺の出番なくね……?」

「なにを言ってんだ、まだ残ってるだろ」


 盾をキャッチしつついまだ夢中になって叩き合う青髪と金髪を指差す。


「え、俺がやんの?」

「当たり前だ、行ってこい!」

「やめれ、アダ、アダムぅう!」


 手を引っ張ってそのまま宙へ放り投げる。

 狙うはもちろん金髪だ。


「悪くない太刀筋だ! だがなこのシャーロック・ファイアボルトはその程度ではーー」

「ぬぅぉおおあああ!」

「む? ッ、まさか上から!?」


 落下するエヴァンスはわめきながらも木剣を振り下ろす。

 一方で金髪ーーファイアボルト少年はロベントウ少女を蹴り飛ばし一歩間合いを空けた。

 そして落下するエヴァンスを横一文字になぎ払う。


「ぐっ!」

「やるじゃないか、だかそれじゃこのシャーロック・ファイアボルトはーー」


 駆け抜ける青髪ーー。


「ティヤァァア!」

「ッ!?」


 エヴァンスに気を取られたファイアボルトは懐へ暴れ鳥の侵入を許してしまったのだ。

 そしてロベントウ少女の大きく振りかぶった剣撃がファイアボルトを打ち抜く……だがーー。


「そんなッ!?」

「ファイアボルトに負けはないッ!」


 タイミング、威力、ともに十分かと思われたロベントウの木剣はしっかりと木剣で受け止められていた。


「嘘だろ!? やっぱ俺なんかじゃーー」


 エヴァンスが一歩あとずさり弱音を吐く。

 だが、それは俺が許さない。


 何にも凄いことなんてしてないのに驚きすぎだ。

 このガキどもはどれだけレベル低い戦いするつもりなんだろうか。


 手に持つ丸盾を2連速射しファイアボルトの手首とこめかみを撃ち抜く。


「ッ!! アダムーー」


 ーースパコンコン


 いち早く攻撃には気づいたようだが、同時に攻撃を受けては何の意味もない。

 ファイアボルト少年は木剣を取り落としぐわんと焦点の合わない白目を向いてーー。


「てぃやぁぁあ!」

「ッ、グブヘェ!?」


 無慈悲な追撃。

 少年は倒れる瞬間ーー青髪のトドメによってついには完全に意識を刈り取られてしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ! 勝ったわ!」

「や、やった……あのファイアボルトに勝った!?」


 顔を見合わせハイタッチしてはしゃぐロベントウとエヴァンス。

 跳ね返って来た盾をキャッチし、ボコボコに凹んでいる事に気づきため息を一つ教官へ顔を向ける。


「うむ、素晴ら……悪くはなかったァア! どうやらお前らの方がまだマシなクソ野郎だったらしいな!」


 なんだよ勝ったのに全然褒めてくれねぇじゃん。

 少年少女たちがんばっただろうに。


「よし! あんたも少しは役に立ったのね。少しだけ……見直したわ」

「そりゃどうも」


 ご機嫌のロベントウは木剣を掲げ観客席の生徒たちに手を振り始める。


「ハムスタ」

「教官、なんですか?」

「お前に大事な話がある……今日の実技試験が終わったら職員室にこい」


 教官は至極まじめな表情でそう告げるとサッサと闘技場の後片付けを始めてしまった。


 まさかハードでゲイな肉体関係を迫られるわけじゃあるまいな?

 一抹いちまつの不安を抱え、俺は次なる試験・馬術ばじゅつが行われるグラウンドへ向かった。

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【未完結】終わった拳者は先を目指す〜今世はしょっぱな技量MAX、相手はもっぱら宇宙悪夢〜 ファンタスティック小説家 @ytki0920

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