第9話 期末実技試験 前半

 

 遠方から風に乗ってきたラッパの音。

 奇特きとくモヒカンを押しのけ戻り始めて数十秒。


「ギリギリセーフか? セーフなのか?」


 グラウンドに集まる灰色の集団に気配を殺して紛れ込む。


「ふふ、バレていないな。よしよしこれならーー」

「すみませんでしたァア! アダムの精神的負担を知っておきながら俺は幼馴染を止める事が出来ませんでしたァア!」

「ぇ?」


 グラウンドに設置された少しだけ高くなっている壇上から何やら叫び声が聞こえる。

 一昨日、昨日と聞いた教官の怒声ではないーーされど聞き覚えのあるやかましい声。


「エヴァンスゥゥウ! お前には失望したぞぉおぉおぉ! ちょっとはマシになったハムスタに脱走を許すとはなぁあ! 今朝のランニングは中止だァアッ! 手分けしてハムスタを探せェエ!」


「うわぁ……凄い事になっちゃってる……」


 ぶるぶると震えるエヴァンスは涙ぐみながらうなづき、整列する数百名の騎士学生たちはうんざりした顔をしている。


「やっぱりハムスタか、いつかはやると思ったけど」

「結局ハムスタ逃げ出したか。まぁわかってたけど」

「つまるところハムタクスゼイアンって事なんだよね。騎士学生の選別はすでに始まっているってことなんだよね」


 散々な言われようじゃないか。

 ボソボソ聞こえてくる学生たちの言葉から、よほど俺が脱走因子として危惧きぐされていた事がわかるというもの。

 こっそり列に戻ろうとも思ったが、こんなんでは隠れて戻れるものも戻れない。


 観念してスッと列から出て挙手ーー、


「あ、ハムスタ紛れ込んでます!」

「ハムスタいんじゃねぇか!」

「ここにいました、教官!」


 逃走中の犯人を見つけ報告するが如く、周囲の生徒両脇を押さられ固められる。


 別にもう逃げないのによ。

 というかそもそも逃げてはねぇのに。


 ー


 教官に死ぬほど怒られてしばらく。


「ふん、冤罪にしても部屋から出たのは確かだからな! お前には特別に今回の期末実技を一番はじめにやらせてやる!」

「他にも出歩いてる奴らいたのになぁ」

「そんなやつはお前以外おらんわァア! 早く試験を始めんかァア!」


 しぶしぶ手に持った棒へ視線を落とす。

 これから行うのは基本科目である棒術ぼうじゅつの実技試験であり、明日と明後日、二日間にわたる試験日の最初の課題ーーつまり緊張の幕開け儀式でもある。


 本日は早朝から黒犬ブラックドッグ・バスカヴィレに追いかけ回されたせいか、周りで静観せいかんする生徒たちの俺に対する視線がいたくするどい。

 他にも理由があるような気もしなくもない……が特に思い至らないので大したことではないんだろう。


「あの〜教官……」

「どうしたァア! 早くやらんかァア!」


 木製の程よい重さの棒。

 にぎにぎすると手に良く馴染む。

 武器として成立するかと聞かれれば……ギリギリ及第点はやれるかもしれない。


 んでだーー。


「棒術ってなんてなんの意味……いや、その僕は何をすればいいんですかね?」


 言葉を選び慎重に質問する。


 俺の元いた世界にももちろんこの手のこんと呼ばれる武器なるものはあった。

 けれど、武術を極めた俺から言わせれば棒術なんてクソの役にも立たない。


 もう一度言おう……クソの役にも立たない。

 はっきり言おう、こんなのクソの役に立たない。


 棒術は「圧」……この世界だったら「剣気圧けんきあつ」を使えない者同士の低次元な馴れ合いでしか役に立たないゴミの闘争術だ。


「なんだその『これほど不毛な事がこの世に存在するのか?』という顔はァア!」


 完全に心を読まれている。

 棒術なんかよりその読心術どくしんじゅつ教えてくれよ。


「棒術は槍術そうじゅつの基礎的な動きを学べる超実践的な練習だと散々教えてきただろうォオ! ケツの青いガキが生意気言いおるからにィ、リーチは正義だ! その事を覚えておけ!」


 いいや、それは違うさ。リーチは臆病の裏返し。

 総合的に見てリーチのある武器はその先端を十分な「圧」で覆えない傾向にある。


 そんな物で打ち合ったら「圧」……「剣気圧けんきあつ」の使い手同士の戦いなら、一発か二発打ったら武器が壊れ素手戦闘にすぐ切り替わるだろう。


 刃があるならその限りではない……が、理論的には同じでリーチが長いと「あつ」相手には不利だ。


 そもそも打撃系統が相性悪いってのに、そこに加えて十分な「圧」が無かったらダメージなんて入りようがない。ガキでもわかる理論である。

 この世界の奴らはを知らんのか。


「はぁ……わかりました! では教官! 自分は結局何をすれば良いのでしょうか!」

「このタコォォォォオ! ホワチャァア!」


 教官が足元の棒をすくいあげ、けたたましくぶん回し始める。そして寸止め、寸止め、寸止め……。

 俺の髪の毛をかすめる寸止めの嵐と見栄えの良いふりっぷりで、生徒たちの一部からは感嘆の声が聞こえてくる。


 俺は……やっぱりにあくびが出そうだった。


「ハッ! ……というわけだ! さぁ! もう引き延ばしはできんぞォオ! 俺が棒を構えた位置に打ち込んでこいィイッ!」

「なるほど、たしかに理にかなった動き……ちょっとやってみます」


 基礎筋力の低すぎる肉体に「剣気圧けんきあつ」のうち筋力強化の「剣圧けんあつ」を流す。


 とはいっても前世に比べたらパワーの出力は比べ物にならないほど低く、赤ちゃんみたいなものだ。


 そのため肉体の稼働箇所に局所的に「剣圧」を集中させ、確実に、素早く、そして効率的に切り替えて筋力を上げていく必要がある。


 頭で考えて間に合うものじゃない……が、練習すれば誰でも出来る技だ。

 一子相伝の仙法せんぽうのように人を選ぶ技じゃない。


「何がちょっとだァ! ハムスタ、少し調子が良いからとて、しっかりやらねばーー」


 雑音を置き去りにーー。

 心の臓から伝達される脈打つりきみを末端へ。

 体が覚えているーー否、魂の覚えている武の理合りあい沿わせ、五体とひとつになった木のこんを踊らせる。


 あとはノリに合わせて体を動かすだけさ。


 ーー……


「ッ!!?」

「……ふう。こんなもんでどうでしょうか、教官」


 棒を脇にはさみ、試験の終了のお知らせだ。


 ーースパパパパァアンッッ!


 遅れて聞こえてくるのは置き去りにされた音。

 教官は汗だくで俺の初撃の位置……やや斜め下に棒を構えたまま。


 ゆえにあたりに響いたのは棒と棒の接触音ではなく……空気を叩いた棒の音ということになるか。


 ふふ、なるほど。

 楽器としては使いようがあるかもしれないな。

 乾いた音がして小気味よく鳴る……悪くないね。


「ん……教官? どうされたんですか?」


 からかうように、わざととぼけてみる。


「……いや、なんでも、ない、気にするな。ハムスタ、お前は合格だ」


 教官はひたいの汗を拭うと、紙に何かを記入しはじめた。


 すると今の今まで硬直していた生徒たちがいっせいにざわめきだす。


 やれ、棒が見えなかった。

 やれ、ハムスタが何もしてないのに無条件で合格をもらった。

 やれ、ハムスタは童貞だ。


 心外かつ不適切な発言をする不埒者ふらちものも何人か……いや、良く聞くと結構な人数含まれているが、おおむね俺の狙ったとおりの反応を示してくれている。


 当然か、彼ら程度なら視認できないように振ったのだから。

 おかげでちょっと疲れちゃったぜ、ふぅ。


 無意味な棒術の試験を一発クリアし、教官前から灰色列の脇を通って、グランドの向こう側に行く。


 この時間は先ほどの早朝教官の監督していたものとは別にも試験を行っているのだ。

 一応の予備知識として、エヴァンスから内容は聞いているが、あの分だとどうせくだらないことをやるんだろう。


 存外に期末実技試験とやらが楽勝なことに、喜びと落胆の感情をいだきつつ第二の試験、騎士決闘所作きしけっとうしょさに挑んだ。


 -


 翌日。


騎士決闘所作きしけっとうしょさって難しすぎないか? なんであんな不毛なことするんだよ」

「お前、この前まで騎士決闘所作くらいしか得意実技なかったろうが! あんなん覚えてれば誰でもできるって。俺は見てなかったからなんとも言えないけど、どうせしょうもないミスだろ。次やればいけるさ」

「うーん、どうかな……決闘相手別九種の礼儀作法とか絶対その場で使い分けないと思うんだけどな……」

「文句言っても仕方ないだろが。それが出来なきゃ騎士にはなれない。ほら、いくぞ、アダム、次は俺たちの番だ」


 闘技場から出てくる十人の生徒たち。

 灰色のシャツをぐっしょり濡らした彼らと入れ替わるようにして、俺とエヴァンスを含んだ新しい十人が闘技場内に入る。


「む、来たな、ハムスタァア!」

「なんであの教官いつも俺だけ反応すんだよ」


 周り生徒たち、ひいては闘技場をぐるっと囲む観客席で実技試験を観戦する生徒たちの視線が集まる。


 注目されるのは嫌ではない……が、みんな俺のこと嫌いすぎて、気持ち良い視線向けてくれるやついないんだよね。

 まったく毎度のように見世物にするとは早朝ヒゲ教官も相当に俺のことが嫌いらしいな。


「さて、試験内容は事前に伝えたとおりだ! 集団戦闘理論の授業で成績の悪いクソどもと、成績の良いましなクソをちょうど良く掛け合わせてブレンドクソを作ってやったぞぉお! さァ! 棚から武器とって並べノロマクソどもォオ!」


 クソ好きすぎだろが。なんやねんコイツ。


 闘技場の脇に設置された棚へさっと走り出す。

 事前にいわれていたとおりの五人ずつに分かれ、それぞれのチームで武器選択・作戦会議が始まった。


「なんだ……この丸っこいの……」

「ん、盾に決まってるだろ」

「ふーん、盾ねぇ」


 くぼみのある木製の円盤を放って重さを確かめる。


「まぁ投げれば使えるか」


 とりあえず投擲武器として木製の盾を二つ手にとってリーダーの下へ向かう。

 エヴァンスは木剣を……というか俺以外のみんなは木剣を選んだらしい。


「ねぇハムスタ、あんたはどうかしらないけど私たちは本気で騎士になろうとしてるの」

「ん? おう、そうか。良いじゃないか、頑張れよ」


 我らのチームリーダーたる成績優秀枠ーー教官に言わせればましなクソ筆頭の少女がキリッと釣りあがった青い瞳でにらみつけて来る。


「ねぇ、この際言わせてもらうけど、私あんたのこと気に食わないのよね」

「うむうむ、万人と上手くやれる奴なんていないさ。俺も若いころはいろんなやつに噛み付いたしな」

「うざい、つまらない、だらしない、弱いのに努力もしない。

 教官の優しさに甘えてずるずるとここまで来たみたいだけど、あんたなんか本来は夏まで残れる器じゃないんだからね? 

 そこのところ自覚して。あと昨日さ、騎士決闘所作きしけっとうしょさの試験落ちたのあんただけって情報知りたい?」

「ぅぅ、やめてくれぇ……エヴァンス、この少女すげぇ言ってくるんだけど」


 チーム内の空気がみるみるうちに張り詰めていく。


 エヴァンスは絶対の俺の見方だと思っていたのに、苦笑いしかしてくれないところを見ると、この青瞳に青髪のコリン・ロベントウとかいう少女……相当カーストが高いのだろう。


 実力を伴った畏敬いけいの念を学生たちに抱かせている。

 カリスマ性も人望もダリオット以上か。


 面倒な子に目つけられたなぁ。

 いや、むしろ前々からなのかな?

 もしかしたら入学からずっと目をつけられてたのか?

 どんだけ「アダム・ハムスタ」って人に嫌われやすいんだよ。


 眼鏡の腹を持ち上げ、眉間をマッサージする。


「そういうわけだから。クズで使えないのに、さらに盾なんかもってウケ狙いに行く……そんな救いようのない馬鹿はいらない。あんたは後方待機ね。絶対に前に出ないで」

「手厳しいなぁ、コリンちゃん……」

「名前で呼ばないで。気持ち悪い。虫唾むしずが走るわ」


 ダメだ、おっさんのノリじゃかえって関係悪化するだけだ。

 若者との正しい接し方がわからんぜよ。


「あーアダム、ここはロベントウの言うこと聞いといたほうがいい」


 エヴァンスが心配そうな顔で耳打みみうちしてくる。

 やはり逆らいがたい人物なのか。

 俺は良くてもエヴァンスをイジメに巻き込むのは嫌だな。

 ここは大人しく引くしかあるまい。


「ふん、それじゃ勝手にどうぞ」


 立ち上がって作戦会議からひとり離脱を選択。


「言われなくてもそうするわ。あっちいってて」


 しっしっと手をひらひらさせ追い払らわれる。


 まったく面白くない展開だ。

 こっちは我慢してくだらない学生ごっこしてるってのに。


 大人としての器量は持っているつもりだが、それでも器というのにはかならず容量が存在する。

 積み重なった微々びびたる不満はちょっとずつ蓄積されるのだ。


 そういうわけで不満の蓄積容量が爆発した俺は耐えられなくなりーー。


「ふぅー……」

「何しているハムスタ……」

「見てわからないんですか、瞑想めいそうです」


 そう、瞑想めいそうすることにした。

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