第3話

次の日の朝。

アークはランディにこう言った。

「戦闘が日増しに激しくなっている。俺もいつ死ぬか分からない。街から出られる安全な通路を教える。お前は生きて幸せになれ。」

アークは遠い目をしていた。

ランディは青い瞳に涙をいっぱいためて、

「僕がいなくなったら、アークはまたひとりぼっちじゃないか。そんなの嫌だ。僕はどこにも行かない。ここにいる。」

と答えた。

ランディの青い瞳から、次々と涙がこぼれおちた。

「アーク、僕も一人は嫌だよ。一人にしないでよ。」

アークは思わずランディに手を差し伸べた。

「ランディ、人間は所詮一人だ。俺は一人がつらいと思ったことはない。だが、この戦闘で俺は変わった。もう誰も失いたくはない。そのために戦う。」

ランディはアークにしがみついて叫んだ。

「嫌だよ、兄さん! 一人にしないでよ!」

アークは困惑した。

そして、自分にできる精いっぱいの事をしようと思った。

「お前は俺の分まで幸せになれ。」

アークは初めて笑顔を見せた。そしてランディの涙をぬぐった。

「さあ行け、お前は強く生きろ!」

そう言って、アークは部下の兵士の方へランディを力一杯突き飛ばした。

「!」

ランディが驚いて見上げると、もうそこにアークの姿はなかった。

ランディは部下の兵士を振り払うと、涙を拭いて駆けだした・・・。


爆撃がいつも以上に激しくなってきた。その日、なぜかいつものようにアドルフ参謀の姿はなく、アーシェス司令官が、珍しく前線に立って軍の指揮を執っていた。

アークはふと、部隊の様子がいつもと違うことに気付いた。兵士の数がいつもより少ないのだ。

「おかしいな。」

アークは呟いた。その時だった。

指揮を執っているアーシェスを、爆撃機が襲ってきたのだ。

「危ない!」

安全であるはずの、アーシェスの基地が、爆撃を受けて崩れようとしている。

アークは、走っていって、とっさにアーシェスをかばった。

瓦礫がアークの上に崩れ落ちてくる。そして、大きなコンクリートの塊がアークの頭を直撃した。

薄れゆく意識の中、アークはランディの姿を思い浮かべた。

「もう大丈夫だ・・。」

その顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいた・・・。


しばらくの間、アーシェスは気を失っていた。

気が付くと、瓦礫の下敷きになっていた。

しかし、彼をかばうように、アークが覆いかぶさっている。

「アーク、大丈夫か、アーク!」

アーシェスはそう呼んで、アークを揺り動かしてみた。

すると、アークはガクッとアーシェスの上から崩れ落ちた。体は既に冷たくなっていた。

「アーク、どうしてこんなことに・・。私の事などかばう必要などなかったのに。」

しかし、アークの顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいた。アーシェスは涙を流しながら、アークの額に触れた。

アーシェスが瓦礫の下からやっとのことで這い出してみると、街は焼け焦げて壊滅状態になっている。

アーシェスは愕然として、街の様子を見渡した。

その時だった。

「これはアーシェス司令官。生きておいででしたか。」

驚いて声のしたほうを振り返ると、そこにいたのはアドルフだった。

アドルフは、アークを見ると不愉快そうな表情を浮かべた。

「とんだ邪魔が入ったものだ。私の計算は完璧なはずだったのに。」

「アドルフ・・・、これはどういうことだ。」

アーシェスはもうろうとした頭を抱えながら、呟いた。

「ここまできたらもう隠す必要もないでしょう。私は相手の軍のスパイなのですよ。攻撃がしやすいように、あなた方の軍を操作していたのです。アーシェス司令官殿。」

アドルフは吐き捨てるように言った。

アーシェスはがっくりとうなだれたまま、

「そういうことだったのか・・・。つまりは、お前がこの戦争の首謀者だということだな。」

アドルフはニヤリと笑いながら、

「そう。あなたの軍はもはや全滅。後は、あなたさえいなくなれば、我らの勝利ということになるわけです。」

そう言うと、アドルフはカチリと銃に手をかけた。

アーシェスは、氷のような青い瞳に、静かな怒りを込めると、

「もしかして、カールを殺したのもお前か?」

と尋ねた。

アドルフは皮肉な笑みを浮かべると、

「彼には、帰宅途中、私が仲間と話しているところを見られてしまったのです。彼があなたの元へ報告に戻ろうとしていたので射殺したというわけですよ。」

と言った。

そして、勝ち誇ったかのように、

「頼りにされていたアーク将軍もいなくなったことですし、そろそろあなたにも消えて頂きます。」

と言って、銃口をアーシェスに向けた。

アーシェスは思わず目をつぶった。そして、

「アーク、すまない。」

と呟いた。

ズキューン、ズキューン!

二発の銃声が鳴り響いた。

「!?」

アーシェスが我に返ると、銃弾は体のどこにも当たっていない。

すると、

「ば、ばかな・・。」

と言って、アドルフがバタリと倒れた。

アーシェスは驚いて、

「これは一体どういうことだ。」

と言った。

その時だった。基地の建物の影から、一人の少年が姿を現したのだ。

輝くような金色の髪に青い瞳。天使のような風貌の少年には見覚えがあった。

「君は、確かランディと言ったね。アークの弟の・・・。」

アーシェスがそう言うと、その少年はうなずいた。手には震える銃を持って。

「君が撃ったのかい?」

アーシェスが尋ねると、ランディは再びうなずいた。

「あいつは、僕のいた孤児院を燃やした悪いやつだったから。それに、あなたを殺そうとしてたから。」

それを聞いて、アーシェスは驚いた。

「孤児院?君は孤児なのかい?」

ランディは泣きながらうなずいた。

「アークには弟としてかばってもらっていたんです。ごめんなさい、嘘をついて。」

アーシェスは思わずランディを抱きしめながら、

「泣かなくていいよ。ありがとう、君は命の恩人だね。」

と言った。

ランディは泣きじゃくりながら、

「アークは? アークはどこへ行ったの?」

と尋ねた。

アーシェスは哀しげな顔をして、

「アークは死んだよ。私をかばって。建物の下敷きになって・・・。」

と呟いた。

ランディは驚きのあまり、目を見開いた。

「そんな・・・。アークが死んだなんて嘘でしょ?」

ランディは尋ねたが、アーシェスは黙って首を横に振るばかりだった。

ランディはとっさに、持っていた銃を自分の頭に向けた。しかし、それをいち早く察したアーシェスは、素手でその銃を叩き落すと、自分の懐にしまった。

そして、ランディの頬を平手打ちするとこう言った。

「せっかくアークに守ってもらった命なんだ。君は強く生きなきゃいけない。たぶん、アークもそう言ったよね?」

ランディはなおも泣きながら、

「だって、アークが、アークが死んじゃった。」

と言い続けた。

アーシェスは努めて冷静に、

「彼は立派なソルジャーだった。街の人々を守り、君の命を守り、さらに私まで・・・。」

と、ランディに言った。

その時だった。アーシェスはランディの腕に、キラリと光るものを見つけたのだった。

そして、

「君、ちょっと腕をみせてごらん?」

と、ランディに言った。

ランディがおずおずと腕を差し出すと、アーシェスは驚いて目を見開いた。

そして、信じられないという顔をしながら、ランディの方を向いて言った。

「これは・・・。私が小さいころ生き別れた双子の弟が身に着けていたものだ。

ごらん、腕輪には私の家の紋章が刻んである。それをなぜ、君が持っているんだ?」

ランディは首を横に振って、

「分かりません。僕が気づいたときにはもう、身に着けていたんです。孤児院の人に聞いても分からなくて、ただ、大事にしろと言われて・・・。」

アーシェスは静かにうなずいた。

「そうだったのか・・・。きっと弟は君と同じ孤児院にいて、何かの事情で君に腕輪を託したのだろう。そうか・・・。そうだったのか・・・。」

その時、アーシェスの氷のような青い瞳から、暖かい涙が流れ落ちるのをランディは見た。

ランディは思わず、アーシェスの涙をぬぐった。

アーシェスは微笑んだ。それを見たランディは、

「あなたの笑った顔、アークとよく似ています。」

と言った。

アーシェスは微笑んだまま、

「そうか・・。私もアークが自分の弟のような気がして仕方なかったのだよ。」

と言った。

その時だった。アーシェスの背後から、

「司令官、アーシェス司令官殿、ご無事でしたか。」

という声がした。

アーシェスが振り返ると、壊滅状態と思われていた軍隊の兵士たちが続々と集まっていた。

アーシェスは喜んで、

「みんな、無事だったのか。」

と、声を上げた。

兵士の一人が、

「アドルフの動きには警戒するよう、アーク将軍から常々申し付かっておりました。命令に従うふりをして、皆分散し、様子を伺っておりました。」

他の兵士が、

「司令官殿がご無事で安心いたしました。市民は皆安全な場所に誘導完了です。

ご覧ください、わが軍のために、他国から援軍が続々と駆け付けております。」

と指差した。

アーシェスは、涙を流しながら、

「よかった。みんな無事でよかった。」

と、繰り返した。

そして、ランディに、

「私と一緒に来るか? 争いのない、新しい街をつくるために。」

と尋ねた。

ランディはうなずいた。

するとアーシェスは、ランディの肩を叩いて言った。

「分かった、今から君は私の弟だ。」

その仕草が、アークと似ている、とランディは思った。

アーシェスとランディは手をつないだ。

そして、二人を待っている兵士たちの元へ、ゆっくりと、しかし、しっかりとした足取りで歩きだした。

二人の後姿を、真夏の夕日が、暖かく照らしていたのだった・・・。


END





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真夏のソルジャー 暁 睡蓮 @ruirui1105777

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