第43話
翌日、俺は帝国ホスピタルのテレビ会議室でゴーキー大帝と面会することになった。
またあの醜いご尊顔を拝まなくてはならないのか。俺の心は沈んだ。約束の時間前にボッカと重い脚を会議室に運んだ。
驚いたことにそこには帝国のアメリカ在住の関係者が全員顔を揃えていた。
俺が姿を見せると、割れんばかりの拍手が会議室を揺らした。
モニター画面にはまだ大帝の姿はない。俺はおもむろに透明サングラスをかけた。これであの醜い大帝の顔は見ずに済む。時間が来たが、大帝はまだ現れない。一体どうしたのか。
突然ファンファーレが会議室に鳴り響いた。画面がパッと明るくなり、俺はあっと驚いて思わず透明サングラスをはずした。
ネクタイ・スーツ姿の男優のようなイケメンが画面中央に映っている。
一体これは?
「お疲れじゃった、ブリ蔵」
イケメンから発せられた声は紛れもない大帝の声だ。しかし、あの醜い姿がない。えっ、ひょっとしてあのイケメンが?
「そんなに男前かな? わしは大帝じゃよ」
「えっ、どういうこと?」
「ブリ蔵、お前のマネをしてみたくなってな。人間化手術の得意なブーリー君に帝国本部に出張してもらい、手術を受けたのじゃ」
俺は唖然としたまま、動けなかった。
「どうじゃ、このスーツも似合うだろ?」
大帝は黒光りするスーツを着たまま、モデルのように一周回って見せた。会場からまた割れんばかりの拍手が起こった。
「またどうしてですか?」俺はやっと尋ねた。
「今度のコンスタンティン星人の件で、つくづくこの世は何が起こるか知れないと思うようになったんじゃ。こんな時代を越えて、ゴキブリ三億年の伝統と歴史を次の世代に渡していくのは並大抵のことじゃない。そんな時代にお前やボッカのように人間界に入り込み、人間の女性と結婚してハイブリッドの子供を少しずつ増やしていくことも、長い目で見れば、このゴキブリ帝国が生き延びるために必要なことだと思うに至ったのじゃ。じゃから、わし自ら率先して人間になってみようと考えた。わしも太陽神さまに見習ってこのダンディな顔と姿で不倫のひとつもしてやろうと思う」
間髪を入れずモニターから女性の大声がこだました。
「あなた! 聞いたわよ! 不倫をされるおつもりですか!」
画面に突然皇后さまが現れ、大帝を睨みつけていた。
「おいおい、冗談に決まってるじゃろ!」
「いいえ、今のは冗談に聞こえません。許してあげる代わりに、わたしにも人間化手術を受けさせてね。美人女優に変身したいの。いいわね?」
皇后さまが詰め寄った。大帝は汗だくになり、ハンカチで顔を拭っていた。
太陽系宇宙の平和が訪れた翌日、俺はボッカとニューヨーク・マンハッタンの中心街にあるKコンサルティング(略号K社)の入るビルの前に居た。
今回の地球防衛軍関連のビジネスでK社がどれくらいの収入を得たかは知らないが、何しろ地球防衛軍は世界的なプロジェクトであったことを考えると、コンサルタント収入は驚くべき数字になったのは間違いない。
いや、俺にとってそんなことはどうでもよいことだ。問題なのはK社が未だに帝国の情報を持ち、それを利用して金をたんまり稼いでいることだ。
K社の入るビルは摩天楼の一角にあり、K社はビルの三十五階から三十九階を占めている。社長室は三十九階にあり、帝国情報部は同じフロアの奥にある大金庫の中のライブラリーに帝国資料が保管されているという確実な情報を握っていた。
俺とボッカはイギリス紳士並みの帽子・ネクタイ・スーツ姿にサングラスをかけ、ビジネスマンを装って、社長室のある三十九階まで高速エレベータで上がった。
大きなKのイニシャルを施した玄関に受付があり、二人は受付嬢に来社の趣旨を告げ、広報室のスタッフを呼んでもらった。
「何の御用でしょう」
ネームカードに山根広報室係長と書いてある男性が怪訝そうな表情で現れ、俺とボッカを待合室に案内した。
「われわれの資料を返していただきたいのです」ボッカが口を開いた。
「われわれの資料とおっしゃいますと?」
「ゴキブリ帝国の資料だよ! たんまり儲けさせてあげたからもう返していただかないと」
「一体何のことで・・」
俺は首を傾げている山根氏に向けて、サイレンサー付きのピストル型麻酔銃を胸のホルスターから抜いて発射した。山根氏は前のめりになってテーブルの上に倒れた。部屋の中の様子がおかしいと走り寄ってドアを開いた受付嬢もボッカの撃った麻酔銃で床に倒れた。
二人の脚を引っ張って部屋に運び込み、社長室に忍び込んだら誰もいない。
俺とボッカは大金庫室に走り、警備にあたっていたセキュリティーを脅して大金庫室の入り口の鍵を開けさせて、ゴキブリ情報のファイルがある部屋まで案内させた。
部屋に入り、セキュリティーは順番にファイルしてあるリストの中からゴキブリ帝国と書かれたファイル一式に収められた資料を指し示した。
わずかな隙を見て、セキュリティーが非常ボタンを押したので、麻酔銃で眠らせ、急いでファイルを持ち出して大金庫室を出た途端、扉が閉じられ、金庫室に非常ロックがかかった。
担当職員が金庫室に数人走り寄り、手を広げて二人の行く手を阻もうとしたので麻酔銃を連発し、ひるんだ隙にエレベータに飛び乗った。
エレベータの中で俺とボッカはゴキブリに変身し、超ナノ技術を使いファイルを人間の目で見えない極小状態にした。
エレベータが二十六階で停止し、手荷物を両手で抱えたブロンドの人間女が独りで入って来た。
俺とボッカはエレベータ内にある椅子のクッションの間に入り込んでいたので、人間女は気付かないまま一階まで降りた。
一階で数人の人間が待っていたので急いで走り出たら、ゴキブリが二匹動いているのに気付いたブロンド女が張り裂けるような叫び声を上げて、手荷物を俺に向かって投げつけた。
エレベーターバンクにいたセキュリティーはK社の緊急連絡を受けていた最中で、ブロンド女の叫び声がK社侵入事件と関係があると思い込み、ブロンド女に立ち止まるように銃を両腕で構えたので、ブロンド女は床に倒れ込んだ。
その騒ぎの中、裏通りに出た俺とボッカは人間の姿に戻り、服を着替えて表通りに走り、イェロー・キャブを停めて現場を離れた。
入れ替わりにパトカーが数台サイレンを鳴らしながらビルの一階に到着していた。
「おやおや、今度は一体何が。お客さん、相変わらず物騒ですね、世の中は」
運転手が言った。俺はボッカと顔を合わせて微笑んだ。
オフィスで俺は取り返した情報ファイルの中身をゆっくり点検した。ペーパーやUSBがセットで入っていたが、いずれも営業PR用に使われるもののようだ。オリジナルの表示があるのが見つかり、これで全て回収したと確信した。
帝国ホスピタルのテレビ会議室で、俺はゴーキー大帝にKコンサルティングから帝国情報を全て取り戻した顛末を報告した。勿論その間透明サングラスをかけていたのは言うまでもない。
翌日、ボッカの妻・華子が男の赤ん坊を産んだ。俺は良枝とともに産院を訪れた。
部屋ではちょうど華子がベイビーに乳を飲ませていた。
「まあ可愛い! あとでわたしにも抱かせてくださいね」
良枝の言葉に華子が微笑んだ。
これからも人間とゴキブリのハイブリッド・ベイビーが誕生して
ゆくだろう。
大帝自らが帝国の将来を見据えて、あれほど忌み嫌って来た人間の姿になり、人間との融和というゴキブリの世界では全く新しいイメージを帝国中に広めた影響は計り知れないだろう。人間との最終戦争まで口にしていた大帝の様変わりには俺も驚いた。
気軽に人間化手術を受ける同胞が早くも現れており、帝国では人間化手術の専門医・ブーリーをニューヨークから本国に出張させて専門医を増やすための講習が始まっている。
俺は数日後大帝に呼ばれ、改めてニューヨーク勤務を命じられた。その役割は、これまでのように人間と対峙する帝国の007ではなく、太陽神が示した人間・火星人・ゴキブリという三種の神器を分配された『平和の三角形』すなわちピース・トライアングルを維持活用し、より完全なものにしてゆくための要員として働くということだ。幸い、地球防衛軍で人間との関係も一部だが生まれたし、平和のために働くベースも出来た。
仕事と共に、俺には家族がいる。家庭がある。良枝の思わぬ殺虫剤攻撃により家族から離れて帝国で手術を受け、その後の長い療養生活。そして帝国脱出と家族との再会。さらには地球の危機対応と続き、家庭でくつろぐこともなかったので、しばらくは骨休めがてら家族と交流しよう。
良枝とは昨夜久しぶりに合体した。三人目が生まれますようにとの願いを込めて、しっかり良枝を抱いた。
俺の腕の中で気持ちよさそうに眠っている良枝の顔を見ながら、この平穏がいつまでも続くことを俺は心の中で願った。
完
五木田ブリ蔵の冒険 安江俊明 @tyty
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