第42話
それからしばらく事態の進展はなかったが、事態の急変はあっという間に訪れる。
地球防衛軍総司令部の宇宙モニターがコンスタンティン星人の母船軍団が超高速で地球に接近しているのを再度確認した。
母船からは無数の戦闘機が飛び立っている。超透視技術で分析した結果、母船のミサイル発射装置に据えられたミサイルの弾頭には核兵器が搭載され、異星人の動きが慌ただしく、発射準備が行われている模様だ。総司令部はかつてない緊張状態に置かれた。
突然一基のミサイルが地球に向けて発射された。地球防衛軍の迎撃ミサイルが標的めがけて発射されようとした時、敵のミサイル弾頭からコンスタンティン星人の旗が飛び出して、ジュラルミン・ボックスのように輝く物体が投げ落とされたのが確認された。
その物体は危なげなく大気圏に突入し、ロシアの草原地帯で地球防衛軍により回収された。
物体の中には文書が保管されていた。びっしりと文字らしいもので何かが書かれている。
地球防衛軍の翻訳部門が直ちに召集され、コンスタンティン語であることがわかったが、専門の翻訳官がおらず、急遽火星語に通じたゴキマーズが呼び出された。ゴキマーズの招聘は地球防衛軍の形式上の代表になっているアメリカ大統領からゴキブリ帝国に対する公式要請という形をとっていた。
コンスタンティン語は火星語から派生した言語で、ゴキマーズなら解読可能だというのが大方の見方だった。
事は急を要する。とにかく書かれている内容を大雑把にでも掴むことがこの際どうしても必要だ。
何故相手が確実に理解できる言語で文書を送ってこないのかと異星人に苛立つ地球防衛軍の幹部をよそに、ゴキマーズが必死で解読したところによれば、それは一種の降伏勧告文書だった。
『二日後のアメリカ東部時間午後八時までに無条件降伏せよ。もしその意志が期限までに示されない時には地球を総攻撃し破壊する』
長々と文字が連ねてある割には、要点はこれだけだった。要するに最後通牒だ。
コンスタンティン語が解読出来なければ、何も伝わらないまま地球は総攻撃を受けて吹っ飛んだかもしれない。それはそれでもかまわないという異星人の冷酷ささえ感じる。
ゴキマーズはもし翻訳上の読み違いなどがあって地球に損害を出した場合には、責任をとりますという一筆を強要された。
「ゴキブリ帝国に公式にお願い事をしておきながら、途端に上から目線を持ち出して来る人間という奴は本当に身勝手な連中だ」
俺は腹立たしさを口にしたが、クレームをつけるのはとりあえず事態が収まってからのことである。
地球防衛軍総司令部はこの異星人の要求にどう対処するか幹部会を開催した。
「母船のミサイルの弾頭には核兵器が搭載されている。発射準備など周りの状況から判断して、ただの脅しとは考えられない」
「かと言って、このまま無条件降伏というのは絶対あり得ない」
「そうだ。戦力的にはゴキブリ帝国の援軍のお陰で、五分五分だ。われわれとしてはその前にこちらから先制攻撃を仕掛けよう」
「だが、戦争になったら地球に壊滅的な被害が想定される。慎重な行動が必要だぞ」
「しかし、あと二日しかない」
会議は踊るだけである。俺は同時間に開かれた帝国の幹部会に出席していたので、この会議は欠席していた。それをいいことに、ゴキブリの対応に批判が噴出した。
「先日ゴキブリ帝国の守護神だという太陽系の神とブリ蔵帝国総指揮官が交信し、打開策を探ったようだが、そちらの方は一体どうなってるんだ。一向に報告がない」
「本当に太陽系の神なるものが存在するのか。ブリ蔵総指揮官から具体的な報告がなかったのは、交信が本当に行われたのかどうか怪しい。色々策を練っているというフリをしているだけじゃないのか」
「やっぱりゴキブリなんて信用できない!」
「いや、それを言ったらおしまいだぞ」
会議の様子をボッカが会議室のテーブルの下で全部聞き、ブリ蔵に報告した。ブリ蔵は眉をひそめて言った。
「人間どもは相も変わらず帝国を下に見ているのがよくわかる。地球防衛軍に援軍が欲しいだけで頼って来たが、もしも共通の敵がいなくなれば、また事態は逆戻りだろう」
ボッカが首を傾げた。
「本当にお天道様は何とか事態を収拾してくれるんだろうな?」
ブリ蔵にしても、太陽神の言葉を信頼した以上、地球の危機を確実に取り除いてくれると思ってはいるが、あと猶予は二日しかない今、不安は増す一方だった。
いずれにしても、太陽神の力を借りることが出来ない場合に備えて、わが帝国軍の攻撃および反撃の準備をし、地球防衛軍とすり合わせておかなくてはならない。
ブリ蔵は太陽神の動きを探るため、ゴキマーズと一緒に火星に連絡を入れてみた。
火星からの情報によると、太陽神は最近火星を通じてナバホ創世神話の装飾本をニューヨークの書店から取り寄せられ、宮殿の執務室に籠って熱心に読まれているという。太陽神がトイレに行き、紙に頼っておられる間に、執事がこっそりデスクに置かれた創世神話の装飾本の開かれたページを見てみると、「不倫」の部分に太い赤線が引かれてあったという。
デスクには太陽系の言語なら全て一瞬のうちに翻訳してしまう超自動翻訳タブレットが置かれていた。太陽神はそれも使い、密かに創世神話を読んでいたらしい。タブレットの近くにはゴーキー大帝が太陽神に進呈した「不倫」部分のコピーが散乱していたという。
「この前の会話では一向気にしていないご様子だったが、やはり太陽神は不倫のことをとっても気にしておられるんだ」
「奥方に創世神話の不倫がバレたら、エライことになるからなあ」
「よし、俺はもう一度太陽神に連絡をして、不倫の部分を削除することに同意していただきたいと伝えよう。その際、地球滅亡まで二日しかないことも伝え、善処を促してみる。至急火星経由で太陽宮殿に連絡するから準備しておくれ」
俺は太陽神の本音を探るべく、メッセージを送った。
太陽神から直ぐに返事が来た。事態がそんなに差し迫って来ていたとはつゆ知らず、申し訳ないと記され、不倫の件は創世神話の内容を触ると「公文書改ざん」の恐れがあるということで、今回も拒絶された。
でも、わざわざ創世神話の本を手に入れてこっそりと不倫のページを読んでいるというのは気になって仕方がないということなのじゃないのか。ひょっとしたら眠っている間に奥方が夢に現れ、うなされているといった事実はないのか。執事に聞いてみよう。
執事によれば、最近寝室から確かにそのようなお声が漏れ聞こえることが多いと言うことだった。それも俺が太陽神と会話してからのことだと言う。
間違いない。太陽神は奥方の目に触れることがないように、神話から不倫の話を本音では削除したいが、太陽神というお立場上『神話は公文書』と固く考えて削除出来ず、大変なディレンマに陥っておられるのだ。決済済みの公文書を改ざんして憚らない何処かの国の政治家とはやはり出来が違う。
二日という期限が迫り、地球防衛軍は急接近するコンスタンティン星人の母船団をモニターで監視しながら、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
ゴキブリ軍とアメリカの最新戦闘機が共同作戦で母船団に対する威嚇行動を繰り返し、地上では核兵器攻撃に備え、核迎撃ミサイルが世界中の拠点に配備された。海上ではそれに呼応する格好で、イージス艦が配置に着いた。コンスタンティン軍と地球防衛軍の睨み合いは極限に達していた。
刻一刻運命の時が近づく。全世界のメディアが終日生中継で地球の危機を伝え、核シェルターが飛ぶように売れていた。地球では人間のみならず、生物は全て運命の日を如何に迎えるかで不安な時間を過ごしていた。
運命の時間があと二時間余りとなった時だった。
コンスタンティン星人の住む小惑星アステロイド・コンスタンティンが突然地球防衛軍本部のモニターから消えた。同時に地球に向かっていた母船軍団が木っ端微塵になった。
全世界が固唾をのんだ時、俺宛てに火星を通じて太陽神からのメッセージが寄せられた。
『コンスタンティン星人は宇宙の平和を乱したことで、太陽系宇宙憲法違反に問われ告発されたため、太陽神の有する最高の超技術のひとつであるスーパー爆弾により死刑に処せられた。なお宇宙の平和を守る三種の神器のうち、剣は火星人が引き継ぐこととした。火星は地球とも兄弟星であり、剣を象徴とする超技術の引継に最もふさわしいと判断した。新しく三種の神器を担う人間・ゴキブリ・火星人の三者は、今後宇宙平和のため互いに密接に協力し合うことを求める』
ゴキブリ帝国から連絡を受けた地球防衛軍本部は喝采の渦に巻き込まれた。
そのビッグニュースは直ちに全世界を駆け巡り、歓喜の渦が地球を覆った。
「ブリ蔵、やったな。お前の熱意がお天道様に通じたんだ!」
ボッカが握手を求めて来た。
「われわれゴキブリ帝国はお天道様から三種の神器のうち鏡をいただいている。鏡は古代から太陽の光を反射する特長がある。お天道様とは相性がいいんだ。俺と一緒にいい化学反応を起こしていただいたと思う」
俺はそう答え、ボッカとがっちり握手した。
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