第41話

 戦況は一進一退が続いて膠着状態に陥っていたところへ、ゴキマーズが飛んで来た。

太陽宮殿から火星を通じて返信が届いたという知らせだった。

俺はナバホ語と火星語の翻訳をさらにゴキブリ語に翻訳した太陽神からのメッセージを読んだ。

『ブリ蔵くん。余は汝の意向を理解し、火星の中継所を通じて汝と音声のみの交信を受諾するものである』

さすが神だ。お姿は現さないということだな。

俺は太陽神に心の中で感謝し、ゴキマーズにOKの返信を送ってもらった。

ゴーキー大帝にテレビ会議室の画面で面会し、太陽神との交信がOKとなったが、大帝から何か太陽神にメッセージはあるかどうか尋ねた。

「メッセージは親書に致すので、火星を通じて必ず事前に太陽神に届けておいて欲しい」

「承知しました」親書の内容はどのようなものなのだろう。俺は少々気になった。

「ところでブリ蔵。太陽神の不倫のことを色々言っているようだが、くれぐれも失礼のないようにな」

 大帝もよほどご心配の様子だ。

「ご心配には及びません。率直に申し上げ、失礼のないように致します」

 大帝の恐ろしい顔のショックを少しでも和らげるように、俺は透明で大帝には見えないサングラスをかけていた。

「ブリ蔵。お前の目元が何だか薄暗い感じがするが、目の錯覚なのか」

 一瞬気付かれたかと思ったが、それ以上の問い質しはなかったので安心し、大帝が画面から消えるのを今かと待った。


砂漠に激突した小惑星は、搭載されていた超大型爆弾が誘爆を起こし、いくつもの州を巻き込む夥しい被害が出ていた。

大地は無残にえぐられ、町々があったところは黒煙もうもうとする中、ねじ曲がって土台から崩れ落ちた建物跡が横たわり、火災が至る所で発生し、人間の屍が累々と積み上がる生き地獄が現出していた。

これが核爆弾だったらと想像するだけで恐ろしい。しかし、確度の高い情報ではコンスタンティン星人は既に核爆弾を製造しており、このままでは、地球は次に核の脅威に曝されるのは間違いない。


太陽神との交信の日がやって来た。俺は帝国ホスピタルのテレビ会議室の一角に即席で設けられた太陽宮殿と結ぶ音声用地球スタジオで太陽神からの呼びかけを待っていた。俺の隣には通訳のゴキマーズと記録担当スタッフが控えている。

重要な交信をする場所としては少々質素なスタジオだが、音声を完全に遮断するという意味では完璧な特注のスタジオで、極秘会談が行われるのには最適な場である。

「ああ、そこにいるのはブリ蔵くんかな」

 突然、緊張感漂う割にはのんびりとした声が宮殿スタジオから聞こえた。

 声の主は太陽神。周りは取り巻きががっちりと固め、スタジオのディレクターのキューは、しゃべれという合図だというのを直前に知った太陽神が慣れないマイクの前で発した第一声だった。

「はい、ブリ蔵です。太陽神さま、本日はありがとうございます」

 マイクを通してゲホゲホという咳のようなノイズが響いた。太陽神の姿が見えないので、俺は何だか片肺飛行をしているような、いささか不安な気分に包まれていた。しばらくはこんな調子で時が過ぎた。

「余はブリ蔵くんに話をせねばならないことがあるんだが、先にしゃべらせてもらってもいいかな?」

「はいはい、どうぞお先に」

 何だかのんびりとした雰囲気に不安な気分は消えて、俺は何だか気の抜けたような感じがしていた。

 しばらく沈黙が続いたあと、声が聞こえた。

「余は地球がエジプト王朝の頃に火星を通じて超技術を三つの当事者に分け与えた。すなわちゴキブリ、人間、それに今問題を起こしているコンスタンティン星人じゃ。余が与えた超技術の内容はそれぞれ多少違っていたが、全体としては似通ったものじゃ。その詳細は省くが、それらは基本的な取り扱い説明書を読むためにわが太陽系の言語なら全て翻訳する超自動翻訳機とともに別々の器に入れて分配された。ゴキブリ帝国には鏡(かがみ)、人間には勾玉(まがたま)そしてコンスタンティン星人には剣(つるぎ)という『三種の神器』だ。これは余のことをアマテラスオオミカミと呼ぶ古代ジパング国から借りた表現である」

 一体太陽神は何を言いたいのだろうと俺は首を傾げていた。

ゲホゲホという咳をマイクが拾った。

「大丈夫でいらっしゃいますか」俺は太陽神を気遣った。

「ああ、スマン。ちょっと風邪気味なのじゃ」

 熱雷の神が風邪なぞ引くのかと言いそうになり、咄嗟に俺は口を押えた。

 その時俺は創世神話に登場し、連絡が取れないままでいる水生昆虫王国のことを思い出し、水生昆虫に太陽神がどう反応するか試してみたい気持ちに駆られた。

「何とな! 水生昆虫の王国が? それは一大事じゃ! 余は様々な創世神話に登場しておるが、ナバホの神話ではわが息子たちが水生昆虫の助けを借りて海を渡り、余のもとにやって来たという話になっておる。あの王国のお陰で余は息子らと再会出来たのじゃ。ちょいと交信を中断するので、ブリ蔵くん、早急に水生昆虫王国の安否を確認してくれぬか」

「承知しました。至急調べます!」

 俺は帝国に連絡し、王国と連絡をとるように命じた。しばらくして、返信が来た。

『水生昆虫王国は無事だとの連絡が取れました。以前殺虫剤メーカーのミサイル攻撃に巻き込まれそうになった際に、ブリ蔵総指揮官に協力いただいて避難し、そのあと別のところに王国を再建していたとのことです。ミサイル攻撃の時に得た知恵で王国をずっと地下深くに建てたので、先日の爆撃からも守られたとの連絡です。以上帝国本部より』

俺はマイクに向かい王国の無事を告げた。

 宮殿スタジオのマイク音声に耳を傾けていたゴキマーズが宮殿スタジオ内の様子を伝えた。

「今、太陽神はトイレに行かれているということであります」

「えっ、神もトイレに行かれるのか!」

俺の驚きをゴキマーズが通訳したら、宮殿マイクが笑い声と会話を拾った。ゴキマーズが笑いを堪えながら通訳した。

「向こうの立ち合いの方が言うには、『神(かみ)もトイレに行けば紙(かみ)に頼られる』そうです」

 俺はズッコケた。

 太陽神がトイレから戻り、交信が再開された。

「そうか。王国は無事だったか。よかった、よかった」

 俺は話に創世神話が出たのがチャンスと捉え、話の主導権を握ろうと喋り始めた。

「あのう、ついさっきナバホの神話に太陽神さまのご子息が出て来られましたが、何故わざわざお父様を訪ねて行かれたのでしょうか」

 太陽神の返事は直ぐに返って来ない。やはり不倫で出来た子供とは言いにくいのだろう。また「ゲホゲホ」とマイクが拾う。

「いや、それは余が地上の眠れる美女をつい孕(はら)ませてしまい、儲けた子だから父親の顔を一目見たいと余が住まいする天空の宮殿までやって来たのじゃ」

「その美女というのは奥様じゃないですよね。となれば、今巷で流行る『不倫』というものですか?」

「妻のいる余が妻以外の女性と交わることをそう言うのかな?」

「はい。失礼ながら、太陽神さまが不倫をなさったとはっきりナバホ創世神話に書き込まれております。読ませていただきました」

「何じゃ、知っておったのに何故尋ねるのじゃ」

「太陽神さまは今そのことをどう思われているのかと案じ、もしもご心痛あそばすならば、一計を案じましてございます」

「それはどういう意味じゃ?」

「もし、『不倫報道』がお嫌なら、わたしが責任をもって創世神話からその部分を削除して進ぜようかと思った次第です」

「何処かの国の政府のように、決済済みの公文書を改ざんするようなことは断じてあってはならない。確かに妻には読まれたくない内容ではあるがな」

「ゲホ、ゲホ、ゲッホ」と咳をする音声がマイクに載った。

「ブリ蔵くん、君の心を透視してみたぞ。要するに、不倫という道徳的に許せないと思われる事柄は創世神話にふさわしくないから、それを削除することを申し出ることで余に恩を売って、その代りに何かを余に要求しようとしたんじゃろ? 違うか?」

「恩を売るなんて、とんでもございません!」

「では、何故そんなに余の不倫に拘るのか。よかったら話してみなさい」

 さすがに神だ。話の主導権を直ぐに掴んで攻め込んでこられる。こうなれば、俺は誰にも明かしたことのない真実を正直に、誠実に神の前に懺悔しなくてはならない。太陽神は全てをお見通しなのだ。 

俺は神妙に語り始めた。

「わたしも実は愛する妻に隠れて、情報部員としての工作に利用したコールガールとお金を介さずにベッドを共にしたことがあります。人間女のまき散らす色香に負けてしまったんです。その時、ああ自分は人間になったんだなあと初めて自覚しました。しかし妻に対してはすまなかったという気持ちが抜けません。ですから、創世神話に太陽神さまの不倫があからさまに書かれているのを見て、さぞかし御心を痛めておられるのではないかと思い至ったのでございます」

「余のことを案じてくれる気持ちは真に有難いことじゃが、それを利用して余から何かを引き出そうとするのは筋違いじゃぞ」

「申し訳ありません。ゴキブリから人間になって様々な交渉事が出て来ました。何事にもギブ・アンド・テイクが要るという頭が出来上がってしまっていました。これからは反省し・・・」

「もうよい、わかった。君が余から得たいものは十分推測出来る。君の目的は達せられたと思っておいてくれ。宇宙の平和を乱す悪漢を作ってしまった責任の一端は余にある。これには相応の決着をつけなくてはならない。以上じゃ。ゲホ、ゴホ、ゲッホ!」

 言い終えると、太陽神は取り巻きを連れて宮殿のスタジオから出て行った。

「ハイ、お疲れさまでした!」宮殿スタジオのディレクターが地球スタジオに向かってマイクで叫んだ。

 太陽神は宮殿内の書斎兼執務室に戻り、デスクの上に置かれていたゴキブリ帝国ゴーキー大帝の親書を手にし、ブリ蔵との交信前に読んでいた親書にもう一度目を通した。

『親愛なる太陽神さま。帝国への太陽神さまのご貢献は、古代の超技術ご提供に留まらず、ゴキブリ三億年にわたる歴史の源になっております。さて、この度当方の軍総指揮官をしておりますブリ蔵と申す者が、恐れ多くも太陽神さまと言葉を交わしたいという無茶苦茶なリクエストを致しましたところ、快くお引き受け頂き、感謝申し上げる次第であります。また今回詳細は任せてありますが、お話をした時に、ナバホ創世神話に書かれている恐れ多くも太陽神さまの「御不倫」について言及するように聞いております。わたしはこのことで太陽神さまの逆鱗に触れるのではないかと心配でなりません。何故そんなことをわざわざ持ち出す必要があるのか首を傾げたくなるのですが、きっとブリ蔵なりの考えがあるんでしょう。そのことを事前にお知らせ致しますことで、少しでも御ショックを緩和出来ますことを願っております。ブリ蔵はわが帝国の危機を何度も救うなど、かけがえのない存在であり、わたしも厚い信頼を置いております。宇宙の平和を守るという太陽神様のお考えも彼はよく理解しております。従い、ブリ蔵が不倫のことに言及しましても、どうぞ御心の広きをもって聞き流してやって欲しいのです。何卒よろしくお願い申し上げる次第であります。なお、神話にあるところの「御不倫」の部分のコピーを添付しております。ご参考までに。ゴキブリ帝国総帥ゴーキー拝』

「大帝とブリ蔵の美しい関係は羨ましいのう。余にも誰かそういう相手がおれば嬉しいのじゃが・・・」

太陽神は微笑みながら親書を封筒に戻し、デスクの引き出しに丁寧にしまい込んだ。


俺は帝国に太陽神との交信結果を報告した。

 その際太陽神の風邪について伝え、風邪薬を宮殿に届けるように

依頼した。果たして太陽神にはどんな薬が適当なのか本部で色々と

検討したらしいが、最終的に何が届けられたのかは確認していない。

久しぶりにボッカと連絡をとった。

「お疲れさん。どうだった? お天道様との交信は」

「ああ、創世神話の不倫のことを振ってみたが、さすがお天道様だ。逆に誰にも話したことがない俺自身の不倫話を引き出されてしまった」

「えっ、お前の不倫相手って誰なんだ? 俺の知っている女か?」

「へっへ、それは太陽神のみぞ知るさ。異星人来襲については自らも一端の責任を感じており、それ相応の決着をつけるとまで言質をいただいた。その言葉をもらって交信は成功したと思っている。太陽神は心の中を透視されるから怖い存在だ。知らぬ間に裸にされちまう」

「帝国や地球防衛本部にはお天道様の具体的な方針を報告する必要はないのかい?」

「そこは神の神たる所以だから、具体的な細かいことまでおっしゃらなかったが、決着をつけるという約束は絶対に守るお方だと信じている。決着というのは、神が悪の権化に鉄槌を下されると理解した」

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