第40話

 異星人の正体は依然不明だった。どんな言葉を話すのか。そもそも言語で意思疎通をはかっているのか。

 地球防衛軍の本部によれば、異星人の巨大母船軍団は確実に地球に接近中だという。俺とボッカは帝国の参謀総長を中心とした軍幹部およびアメリカ政府軍を核とする地球防衛軍と連絡をとり合いながら地球を如何に防衛するかを具体的に詰めて行った。

 一方で、俺はボッカと知恵を出し合った。

 その過程でいつか大帝が話してくれた火星とゴキブリ帝国それに太陽神の深い関係が頭に引っかかっていた。

 太陽神は火星人を通じて最高のハイテク技術を人間どもとゴキブリの先祖双方に伝えた。人間がその技術を磨かず、応用技術の開発をサボっている間に、帝国はせっせと応用のための実験を繰り返し、俺やボッカがそのモデルであるゴキブリ人間化手術をはじめ、殺虫剤の効き目を失わせるワクチン、ワクチンを全世界の同胞に配布するデリバリー・システムなど超技術を次々に開発した。

 その全ての源泉、すなわち超技術を我々に伝えた太陽神に何か今回の事態をうまく収めるヒントあるいは鍵はないだろうか。

 以前殺虫剤メーカーとの戦いでアメリカ先住民ナバホ族が暮らす砂漠を訪れた時の記憶も蘇った。

直木が放り捨てたナバホ創世神話の装飾本を拾い上げてパラパラとページを繰った時、太陽の挿絵が眼にとまった。太陽はさすがに地球上のあらゆる創世神話に登場している。

太陽は俺たちゴキブリの守護神でもある。頭の中でそんなことを反すうしているうちに、次第に俺の脳裏で化学反応が起こり始めていた。

 今度はゆっくりとナバホ創世神話を読んでみたら、太陽は万物を正しく導く立場にありながら、不倫をしていたことが書かれている。 

不倫相手は、闇夜と夜明けが交じり合い生まれたチェンジング・ウーマンという女性だった。

 彼女が衣を着替えると季節が変わる。ある時、春の衣に着替えて滝のそばで眠ってしまった彼女の身体に太陽の光が差し込んだ。すると、妊娠して二人の息子が生まれた。

 息子らはすくすくと成長したが、父親の姿がないのを不思議に思

い始める。ある時、ナバホの織物を司るスパイダー・ウーマン、す

なわち蜘蛛女が息子らの耳元で囁いた。

「あんたらのお父さんは太陽なのよ」

 息子らは父会いたさに艱難辛苦を乗り越えて太陽の宮殿を目指したが、更に大海が行く手を遮っていた。二人は水生昆虫王国の助けを借りて海を渡り、父なる太陽との面会を果たす。

太陽は二人の息子に話しかけた。

「余は妻とこの宮殿に暮らしておる。君らが我が息子と妻に知れたら、妻以外の女性を孕(はら)ませたことが発覚してしまう。そこでひとつだけ条件をつけよう。君らが危険極まる肉体の試練に打ち勝てば、我が息子と認めることにする」

息子らは試練に耐え、太陽は約束を守った。

 創世神話に刻まれた太陽神の不倫。一度恐れ多くも太陽神に会ってこの話をしてみたらどんな化学反応が起きるだろうか。案外そんなところから何か打開策のようなものが生まれるやも知れない。何事もトライだ。やってみよう。

 そんなことをボッカに打診してみた。

 ボッカは面白いと乗って来た。

「地球防衛と不倫はどんな化学反応を起こすのか。これは俺たち二人だけの胸にしまっておく極秘事項だぞ」

「ブリ蔵、確かに面白そうだが、一体何を考えているんだ」

「太陽神の不倫が事態を収めるキーワードになりそうな気がするだけで、俺にもよくわからん。とにかく何か引っかかりを見つけないと、恐ろしく絡み合ったこの事態の糸をほぐせない。だから俺を信じてバックアップしてくれ」

 ボッカは頷き、微笑んだ。


 異星人の母船から飛び立った宇宙戦闘機が、人間どもが構築した宇宙ステーションに接近し、攻撃したというニュースが飛び込んで来た。母船軍団は地球からまだはるかに距離があるが、確実に超高速で近づいている。宇宙戦闘機は何年も前から母船と行動を共にしているとみられ、宇宙ステーションに対する攻撃を見るにつけ、母船団が地球をターゲットにしているのは間違いないと地球防衛軍本部は分析した。

 攻撃された宇宙ステーションは粉々に砕け散り、人間の乗組員十四名は絶望との知らせが続いた。


俺は太陽神との交信の手掛かりは太陽神とゴキブリ帝国の仲介をしたといわれる火星人が握っていると踏んだ。

 一体火星人と交信するにはどうするのか。俺は帝国の資料館にコンタクトし、火星人関係の歴史資料と文書を全てネット閲覧出来るように手配をかけた。

 支局のパソコンを開き、閲覧を始める。今夜は徹夜の覚悟だ。その前に良枝に連絡を入れる。

「子供たちは地下シェルターがすっかり気に入ったようで、毎晩そちらのベッドで寝ているわ」

 電話の向こう側から良枝の弾む声が聞こえた。

 家庭の安心を確かめた俺は早速資料を調べ始めた。

 火星人が古代エジプトを訪れた当時の資料も保存されていた。目を通して行くと、古代火星語の辞典も蒐集してあった。果たして火星の言語はどれほどの変化をしているのだろうか。未だに通じるのか。

 火星情報を保管している帝国の特別セクションにもあたってみた。何と現在の火星にも古代火星人の末裔が住み、火星外交信をしているという有力な情報が転がっていた。

 俺は現代火星語の専門家をニューヨークに来てもらい、火星の交信機能を使って、太陽から賜った技術を応用した「地球外メール」を火星に送る態勢を整えた。


 火星語の専門家ゴキマーズが帝国からニューヨークに到着した。彼に事情を色々と聞きながら、こちらからの質問を火星語でメールしてもらった。

 その結果火星から太陽神の宮殿にはホットラインが未だに設けられており、交信可能ということがわかった。

ということは、火星を経由して太陽神と直接交信が出来るかも知れないということだ。チェンジング・ウーマンとの不倫で誕生した息子が太陽宮殿に出向いた時、果たして息子は父親の太陽とどんな言葉で話したのだろうか。ゴキマーズにそんな問いを投げかけてみると、「古代ナバホ語です」という答えが返って来た。

「ナバホ語って言えば、第二次大戦中にアメリカ軍が絶対解読されない言語として秘密通信の暗号に採用した言葉じゃないか」

「よくご存じで」

「それを君は話せるのか?」

「ええ、古代語も含めて大丈夫です」ゴキマーズは自信たっぷりに答えた。

「へえ、すごい人材が帝国にいるもんだ。あっ、『人材』じゃなくて、『ゴキ材』かな?」

 ゴキマーズはその表現に微笑んだ。

「よし、まず火星にメールだ。火星を通して太陽神と交信するアポをとりたい」

「わかりました。ではメッセージをまとめてください」

 俺はパソコンに向かった。

『火星広報担当者殿。火星にも異星人の母船軍団の不穏な動きが伝わっていると思いますが、地球でも防衛軍を組織し、対策に大わらわです。とりわけ火星におかれましては、過去に地球のエジプトを訪問され、ゴキブリ帝国に対して過分の技術供与を賜り、そのお陰を持ちまして、ゴキブリ三億年の伝統を未だに守り続けることが出来ています。その超技術の伝統を今後も守り抜くために、ゴキブリ帝国ゴーキー大帝の名代として帝国軍を率いるわたしが守護神である太陽神に直接申し上げたいことがございます。是非面会を許可していただきたい。よろしくお願いいたします。帝国軍総指揮 ブリ蔵』

「よし、これを火星語に翻訳して送ってくれ」

 ゴキブリ語で書いたメッセージをプリントアウトし、ゴキマーズに渡した。

「承知しました」

 ゴキマーズは早速翻訳作業に取り掛かった。その間、俺はその後の事態の進展をチェックした。

 人間の宇宙ステーションを爆破した宇宙戦闘機は小惑星群に対しても無差別爆撃を続けている。後方からは母船軍団から飛び立ったとみられる宇宙戦闘機がどんどん増え、斥候の役割を果たしながら、地球に向かって高速でまっしぐらに進んで来る母船のルートを確保するために、障害となる恐れのある小惑星を次々に破壊している。 

異星人の正体は依然不明のままだ。

 俺は今か、今かと太陽神の返事を待っていた。


火星と木星の間に公転する小惑星は今までに三千個ほどが確認されているが、小惑星と言っても、そのサイズは直径が九百キロほどのものがあり、数百キロというのも決して珍しくない。そんなとてつもない規模のものでなくても、それが地球に激突すれば、地球全体にも大きな衝撃を与える。

 あれだけ栄えた恐竜が突然滅びたのは地球と激突した小惑星の仕業という説まである。アメリカのアリゾナ州には、過去に地球に衝突した小惑星による直径数キロの穴がぱっくりと開いている。

隣のニューメキシコ州もそうだが、南西部の州は異星人が発見されたり、その地下基地があって異星人がマインド・コントロールの実験をしたりしているなどという噂が絶えない地域だ。小惑星の衝突が多いのも、何かこの地域に宇宙を引き込む巨大な磁場のようなものがあるのかも知れない。

 時あたかも、ある小惑星が地球と衝突する恐れの高い軌道を進んでいた。進路予想でも、もう間もなくアメリカ南西部の砂漠あたりで地球に激突すると見られる。

 異星人はこの小惑星に超大型爆弾を仕掛けていた。まるでミサイルの弾頭に核爆弾を積み込んでミサイルもろとも爆破させ、被害を甚大にしようというような悪だくみである。超大型爆弾は果たして核爆弾なのかどうかの解析が超透視技術を駆使して行われ、通常兵器であり核ではないことが判明した。

 地球防衛軍は何とか爆弾を搭載した小惑星の軌道を変えるための算段をしていたが、妙案が浮かばないまま、小惑星は砂漠で地球に激突した。同時に超大型爆弾がさく裂し、砂漠地帯が吹っ飛んだ。

ブリ蔵は砂漠の地下にある水生昆虫王国の安否を確かめたが、連絡がとれない。ひょっとしたら王国は・・・。

 連絡が取れないものは後回し。今は被災した地域での救援と復興が最優先課題となる。

 小惑星の激突を利用した大型爆弾の投下は、異星人による初めての地球を巻き込む攻撃だった。

地球防衛軍はこの直接攻撃を受けて、これまでの待ちの姿勢を見直し、攻勢に出る方針を検討した。俺はゴーキー大帝に許可をもらっていたゴキブリ帝国軍の精鋭部隊を出動させることを提案し、了承を得た。

 精鋭部隊は超技術で開発された最新鋭の宇宙戦闘機・SSV(スーパー・スペース・ヴィークル)の五機編成で、太平洋の帝国基地から宇宙に向けて飛び立っていった。

 一週間後、SSV編隊は敵の宇宙戦闘機数機と遭遇し、戦闘が繰り広げられた。SSVはミサイル連続発射装置で敵機を圧倒、少なくとも七機を撃墜し、捕虜数人を捕らえた。

 異星人の正体を知るため、捕虜は至急ニューヨークの帝国ホスピタルに護送され、解剖が行われた。執刀に当たったのは俺の人間化オペを担当したブーリー医師だった。

 ホスピタルには、これまで帝国が遭遇した全ての異星人の特徴などを示す資料が本部から届けられ、特定が行われた。

 その結果、この異星人は火星と木星の間を公転している小惑星群の中にあるアステロイド・コンスタンティンに基地を持ち、古代に太陽神から超技術の提供を受けていたコンスタンティン星人と判明した。

 資料によれば、彼らは超技術を主に軍事力増強に振り向けて来た過激な星人である。これまで表面的にはおとなしくしていたが、最近新しい好戦的な指導者が就任したことから、その隠れた危険な正体を現して来たと見られる。

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