第39話
ある日ボッカから不穏な知らせがもたらされた。
『宇宙空間を定期的に調査している帝国の宇宙船が、火星と木星の間にある小惑星帯で何者かの攻撃を受け、調査員が殺害された』
帝国は直ちに現場に軍部隊を送り、事件が起こった周囲を封鎖して犯人捜しを開始した。
調査船の船内モニターには見たことのない異星人が六本指の手で銃を発射し、調査員を殺害する映像が残っていた。
船外モニターにはこの異星人の母船とも思われる巨大な宇宙戦艦が映り込んでおり、戦艦には巨大なミサイル発射装置とミサイル本体が確認された。母船を取り巻くように駆逐艦が浮かび、回りの小惑星に向けて攻撃を加え、破壊している様子も映っている。
ゴーキー大帝からボッカに対し、人間どもの異星人情報を早急に探り、報告するように至急電が入った。
俺はボッカをサポートしながら、錯綜する情報をまとめてみた。
『異星人の正体は依然不明。攻撃の矛先は地球。アメリカ政府を中心に各国が集まり、「地球防衛軍」なるものを結成し、迎撃する方針』
しかし、人間どもの軍隊を総動員したとしても、異星人のほうが力量で上回ると言う確度の高い情報も入り始めた。
この情報を受けて、ゴーキー大帝は地球防衛のため人間どもから帝国に接触して来る匂いを嗅ぎ取った。もしもそうなら、帝国はどう動くべきなのか。大帝は考えを巡らせるため、長時間執務室に籠ったまま姿を現さなかった。
案の定、人間どもの密命を帯びたコンサルティング会社のエージェントが帝国とコンタクトを求めて来ていた。
俺はその会社名を聞いて驚いた。以前帝国との戦いに敗れて倒産した日本の大手殺虫剤メーカーM社の顧問をしていたKコンサルティング社だったからだ。
Kコンサルティングはゴキブリ帝国の情報に詳しく、全容を資料として所有している厄介な存在である。
それらの情報をエサに、奴らは人間どもの政府や企業に取り入り、悪徳ビジネスを展開している。奴らを通じて人間どもに帝国の情報が洩れているのだ。
機会を捉えてKコンサルティングの動きを封じなければならない。
ブリ蔵は追われる身であることを忘れて、そう思った。
Kコンサルティングは帝国が強力な軍隊を組織していることをネタにアメリカ政府に帝国との橋渡しを申し出て、税金からたんまりとコンサルティング料をいただきながら、今回の帝国とのコンタクトおよび交渉のビジネスを引き受けたらしい。
ゴーキー大帝はようやく結論を得た。今後の対人間戦略も視野に入れながら、もし人間どもが帝国に対して協力を仰いで来ることがあれば、人間どもとの戦いは暫時凍結し、地球防衛軍として共同作戦をとる。
案の定、アメリカ政府はヨーロッパ、アジア、アフリカ、ロシアなどと協議した上で、Kコンサルティングにゴキブリ帝国との交渉を依頼し、地球防衛軍として共同作戦を取りたいと申し出た。
契約交渉はニューヨークの某ホテルの一室で行われ、アメリカ国務省審議官で地球防衛軍幹部のマッコイ・オルト氏がKコンサルティングのエージェントと一緒にゴキブリ帝国の代表を待っていた。
オルト氏は落ち着かなかった。
「君、まさかゴキブリが現れて俺の目の前に座り、契約書にサインするってことはないだろうね?」
「いえ。その辺は彼らもわきまえているでしょう」
そう答えたKコンサルティングのエージェントも、その辺の事情は全く知らなかった。当然のことであろう。
帝国の代表が時間になっても現れず、オルト氏はイライラを募らせている。腕時計を何度も見ながら、貧乏ゆすりで巨体が揺れる。
「おい君、契約交渉に遅刻するなんて、一体どうなっているんだ!」
エージェントも困惑を隠せない。浮足立っている。
そんな二人の様子を先ほどからドアの前に立って透視眼鏡で眺めて楽しんでいる若いイケメン男がいる。
ボッカ扮する帝国代表である。交渉事では相手に先んじて意表を突くこと。相手をイラつかせ興奮させる。そうすれば、有利に交渉が進む。インタビューで相手を怒らせたら本音を吐くのと同じ原理だ。
ボッカは充分に時間を取ってから交渉部屋のドアをノックした。
オルト氏らはスーツ姿のボッカの若さとスマートさにあっけに取られてしまった。両者は早速交渉に入った。
「異星軍団」の地球攻撃を阻止するため、これまでの一切の敵対行為を停止して、地球防衛軍の名のもとに共闘することを誓うという内容の誓約書のひな型など、交渉のための資料を前に、具体的な内容について意見を交わして行く。
二時間ほど経って両者の話が煮詰まったところで、それぞれ本国に報告し、了承を得た。内容が契約書としてまとまり、具体的に記された契約書を交わし、Kコンサルティング社の立ち合いのもとでサインをした。
その瞬間から不倶戴天の敵同士であった人間とゴキブリは、共通の敵に対して共闘することが正式に決まったのである。
「直ぐにブリ蔵にコンタクトせよ! わが軍を率いて異星人に対抗出来るのはあいつしかいない!」ゴーキー大帝は命令を下した。
「お言葉でございますが、あいつは帝国から逃亡し、大帝の命令に背いた極悪人でございます!」
秘書室長が叫んだ。
「馬鹿もの、何を言っておるのじゃ! 直ちにブリ蔵の追尾捕捉命令を解き、ブリ蔵を呼び出すのじゃ!」
全世界に向けてブリ蔵探しが始まった。ブリ蔵のいる可能性が高いのはやはり前任地ニューヨークと踏んだ帝国は、ボッカに俺の所在を至急確かめるように求めた。
「おい、ブリ蔵。大帝がお前と至急会いたいんだそうな」
「俺を騙してパクるつもりだな?」
「いや、お前の捕捉命令はなくなったぜ。今回の異星人の地球攻撃に対するわが帝国の総指揮をお前に任せるということらしい」
「額面通り受け取れるはずがない。姿を見せたら捕まえようという魂胆だろう。俺は騙されんぞ!」
「その真偽は大帝と会って直接自分で確かめろ。発見され次第、お前は帝国ホスピタルのテレビ会議室の画面で大帝と向き合うことになっている。とにかく俺も帝国に連絡をとらなくちゃならんから、どうするか早く決めてくれ」
俺は今地球に迫る危機に対処するのか、あるいは帝国からあくまで逃げ通すかを天秤にかけていた。
折角再会出来た家族がいるのに、こそこそいつまでも逃げ回るのは馬鹿げている。この際騙されたと思って、大帝のご命令を素直に受ける方がこれからにとってはよかろう。
俺は大帝と面会する決心をした。面会受諾の報は直ちにボッカから本国に伝えられた。
ボッカと帝国ホスピタルに向かった。到着すると、会議室の画面にはもう大帝の生画像が映っていた。如何に事態が緊急なのかがわかる。
俺は小走りで画面に向かって、あの恐ろしく醜い顔を見つめた。
「ブリ蔵、お前にお願いする。わがゴキブリ帝国は忍び難きを忍んで、事もあろうに不倶戴天の敵である人間どもと地球を防衛するため共同戦線を張ることになったんじゃ」
ブリ蔵はすでに知っていることを直接大帝の言葉として確認しながら耳を傾けていた。
「しかしじゃ、人間には全ての面で絶対に負けることは出来ない。わがゴキブリ軍は人間の軍隊を上回る成果を上げなくてはならぬ。そのためにはお前が以前の殺虫剤メーカーとの戦いで見せた剛腕が是非とも必要なのじゃ。それを受け入れてくれれば、お前が犯した罪は完全に消える。どうじゃ、帝国のためにもう一肌脱いではくれんかのう」
大帝のこれまでの言動や行動からして、今大帝が言われたことに嘘はないと確信が出来た。
「わかりました。大帝と帝国のために働きます!」
「そうか、そうか。ありがとう。こちらで握っている確度の高い情報はこの場で参謀総長からお前にレクチャーをしてもらう。わしはここまでじゃ。どうか頑張ってくれ」
大帝の姿は消え、参謀総長の姿が画面中央に現れた。俺は耳をそばだてて、説明を聞いた。
帝国も勿論大事だが、俺の焦眉の急は家族の安全だった。異星人の持つ兵器の詳細はまだつかめていないが、ひょっとしたら核兵器まで保有している恐れもある。
前回殺虫剤メーカーと戦った時は、広くてもニューヨークのマンハッタンという限定した範囲の戦闘だった。それでも郊外に住む家族をカリフォルニアまで疎開させたが、今回は地球上の何処が一体どれほど破壊されるか見当もつかない。下手をすれば、核爆発で地球上の大半が破壊されると思っておいて間違いなかろう。
ではどうするか。地下壕だ。幸い社宅には地下室がある。それを補強しよう。早く手配しないと、それこそ間に合わない。核シェルターの需要もグンと増えるだろうから。俺は早速わが家の核シェルター工事を発注した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます