斬妖人

Dr.ペルパー

短編

「今行きますか?お兄様」

「ああ、今回こんかいかぜる妖怪だ、けろ」

「はい」

「当たったら一瞬いっしゅんいのちがないと思え、死んだ奴はみんなステーキになった」

「私が、おまもりします」

「死ぬな、まだ君を必要ひつようだ」

「はい、ずっとそばにいます、この命がきるまで…」

ちょうをこの手でるまで、して死なないから)


桃の村に凶悪きょうあくな妖怪があらわれた、村人をステーキのように切る殺人鬼さつじんき。奴は風と共に出撃しゅつげきあめの日にはやすむ。一週間いっしゅうかんに一人、規律きりつある奴だ。これまでもう十人が死んだ、老人、子供、男、女、関係かんけいなく、人である以上いじょうみんな切り尽くす。奴は怨念おんねんの妖怪、人を食べない、虐殺ぎゃくさつあるのみだ。

この村の全てはたった345人、一週間一人など到底とうてい耐えるはずがなく、強者きょうしゃたよるしかなかった。善良ぜんりょうはらい人が一番いちばん、でも値段ねだんたかすぎて、無理むりだ。ならば斬妖人ざんようにん手紙てがみを送り出すしかない。金、持つか持たないか、いつもこの二選択にせんたくしかない。

斬妖人は心強こころつよいが、ある意味いみ妖怪よりおそろしい存在そんざいかもしれん。なぜならば……


「お兄様、蝶は今どこにいますか?」

「毎日くのだな、シャール」

「はい、お兄様がおしえるまでやめるつもりはありません」

「君の妹なんだぞ」

「あれは妖、妹ではありません」

「……」

「あれはいつかお兄様の命をおびやかす存在そんざいとなります、どうかもう一度いちど考えを…」

「俺は蝶を必要だ。斬妖人はかたきのために妖怪を討滅とうめつする、それだけだ」

「お兄様……」


斬妖人はタダで妖怪を退治たいじしてくれる、よわい妖怪だろうと、つよい妖怪だろうと命をけてたたかう、まずしい村にとってねがったりかなったりの存在そんざい。ただし彼らはにくしみのために戦う、それは世界を知らない村人たちがえない感情かんじょうだった。


余計よけいなことをかんがえるな。集中しゅうちゅうするんだ、でないと死ぬことになる」

「余計なことなど!…私は!!」

(蝶はわざわいを呼び起こす妖、きっとお兄様を!…一刻いっこくも早くこの刀で)


少女は頭をよこにぶんぶんって、かたなかたにぎりしめた。彼女はどれほど目の前の少年の身をあんじていたのか?自分の妹をこの手で切ってもかまわない、ただ彼をまもりたかった!

少年の名は文牧ぶんぼ十六歳じゅうろくさいの身に一族いちぞくかたき背負せおったせいで、少年の身でありながら少年とちが時間じかんで生きていた。かつて大妖怪天狼を名門めいもんぶんの一族、なんと紅蜘蛛にわれた。紅蜘蛛は元々弱小じゃくしょうな妖怪、彼女の運命うんめい妖気ようきを隠す『見えないマント』を手に入れてからかたむいた。彼女は美女びじょけて一族の人間にちかづき、一人また一人、みんなを食いつくした。

今の紅蜘蛛はこの世にもっとおそろしい妖怪かもしれん…文牧は彼女を討たねばならないとは……


世間せけんよろこびはもう感じられぬ。俺はいかりそのものだ、他の感情かんじょうはいらぬ」

「それでも!お兄様を生きてしいの!」

余計よけいな感情はいらぬ。君は剣のままでいい」

「私は刀です!剣はこの子のことなんです!」

「なら刀をてるんだ、剣のままでいてくれ」

いや!剣は妖を切るもの、刀はお兄様を守るもの。捨てるなどありえません!」

「…話は後だ。今は風の妖怪を集中しゅうちゅうするんだ、いいな?」

「わかりました……」


二人は木の天辺てっぺん足場あしばにして跳躍ちょうやくしながらみちいそぐ、地上ちじょうでのこのこあるくと妖怪にせされ可能性かのうせいが高い、だから素早すばや移動いどうする必要があった。二人が着地ちゃくちした時点じてんで桃の村はすでにまえだ。


死者ししゃ関係者かんけいしゃを会いに行く」

「はい」


死人しにん多過おおすぎるせいか、貧乏びんぼう過ぎるせいか。むらはどんよりした空気くうきつつまれ、いやにおいがする。とても桃の花が満開まんかいしたことがあった場所とは思えない。


「おちしておりました、斬妖人さま」


待っていたのは一人女の人、白いローブを身にまとい、黒いカーネーションのかんざし一本挿いっぽんさしで髪をまとめている。これは死人と会うための衣裳いしょう、生きている人にこおりつくほどつめたさをあたえるけど、中身なかみの人はとても綺麗きれい、たった300人の村からえらび出すとはしんじられないくらいに…


「おまえが死者?」

「亡きおっとつま、さやともうします」

「おまえが未亡人みぼうじん、そうは見えないが?」

「彼は…再婚さいこんの人でした」

「つまりおまえが好きなのはまえの人か」

「……はい」

「死者たちのことをおしえろ」

「あの人は…あの人の亡骸なきがらはステーキのようにいて、かおを見ることもできませんでした。夫だとわかったのはふく破片はへん靴下くつしたがらを見てからです。それからあんなにバラバラになっても、血だまりはほんの小さなだけ、信じられませんでした」

「ステーキは全部何枚なんまいいる?」

「56まいでございます」

「風の妖怪は人のうのか?」

「すみません、わかりませんの。見た人はいませんでしたから」

「もう一人は?」

「もう一人?」

「前の人も死んだのだろう、彼の末路まつろはどんなものだ?」

「……彼は妖怪ではなく、かわ神様かみさまによってころされました。3年前のはるで…」

関係かんけいないな。もういい、家へかえるんだな、用済ようずみだ」

村長そんちょうに会いに行きませんか?」

「必要ない。これからもりへ行く」

「かしこまりました。ご武運ぶうんをおいのりします、斬妖人さま」


未亡人がふゆの風が方向ほうこうへ行った、長い後ろ髪は吹かれて白い紙切かみきれと共にらめく。文牧はすぐ出発しゅっぱつしていない、彼女の後姿うしろすがたが見えなくなるまで見守みまもった。


「お兄様、あの人は」

「まだがない、妖怪を見てからめる。行くぞ」

「はい。刀がお守りします」


桃の村周辺しゅうへんの森は名前がない、ほそみきれたえだ、樹も一種類いっしゅるいしかない、かろうじて森に呼べる場所。森から村のことを俯瞰ふかんできる、小さなおかの上にいたから。


「見て、お兄様。あそこ」

「村のはかか、見に行くぞ」

「はい」


墓は村と森の間にてられ、小さな敷地しきちだけどいろんな花がほこって、色は七つもえていた。墓碑ぼひはみんな青い波のがら乳白色にゅうはくしょくの石。すべらかな、高価こうかの石に違いない。墓参はかまいりの人は一人いた。


「あの貧乏な村にこんな豪華ごうかの墓…不自然ふしぜんですね、お兄様」

「村のならいだな…」


墓参りの人は猫背ねこぜ老人ろうじん、一人ぼっち、銀色ぎんいろ長髪ちょうはつ石棺せきかんてつおりかこまれ、老人は檻の中でひざまずき、手の中綺麗な石をしっかりとにぎって、何も言わずだまっていた。


「老人、おまえは何者なにものだ?」

「…わしは、一人だ…村の人じゃないよ」

「このしかばねのことを教えろ」

「…強気つよき若者わかものだね、おぬしは…それは、ダメなんだ」

「いいから話せ、かたきは俺が取る」

「…いらない、いらないよ。わっぱはやすらかにねむっていたんだ、邪魔じゃましないておくれ」

おろかだな、老人。村とおまえのためだ、屍のためではない」

「…おほほ、ありがとう。でもなんの価値かちもない村だ、すくいのはいらない…わしを、屍と同等どうとうと思ってくれ」


少年と老人は鉄の檻をたって言葉ことばわす、老人はいまだうつむいたまま、顔を見せない。


にがさけみたいのか、老人」


文牧はぼうを握りしめ、棒の先端せんたんがコーヒーからレッドへと変色へんしょくした。山をのぼる時体をささえるための道具どうぐだったはずなのに、へんだ。


「だめ!お兄様。この爺さんはいい人だよ!」


シャールが後ろから文牧をつよきしめ、彼のうごきをふうじようとした。


「…ありがとう、お嬢ちゃん…この若者わかものれてかえっておくれ」

「ごめんなさい、これはお兄様が決めたことですから」

「…そうか、とても残念ざんねんなことだ」

「ふん、時間の無駄むだだな。行くぞ」

「はい。さよなら、お爺さん」


文牧は暴力ぼうりょくあきらめ、森へと行った。シャールが一度老人へ向かってあたまげてからすぐ彼の後をった。が、そんな時、何かつめたい物がシャールのくびを当たって彼女のふくの中へとすべちた。それは老人が持っていた綺麗きれいな石だ。


「きゃっ!…お爺さん、何を?」

「…わしはここでお嬢ちゃんの無事ぶじいのる…気を付けておくれ」

「わかった。ありがとうございます」


文牧は二人のやり取りをかまわず一人で行ったが、すぐいつかれた、速度そくどはシャールの方が格段かくだんはやい。


「…お兄様、刀がお守りします」

「刀がれた時俺も死ぬ、それだけだ」

「いいえ、その時でも生きてください」

「生きるすべはおらんぬ。人はもろい物だ、刀のやいばがどれ程切れるでも、握る手は簡単かんたん切断せつだんされる、例えかみのエッジでもな…先ずは自分の手を守れ」

「はい……」


森がせまって来た、小さいけど、森だ。森のあたりはとてつもなく、くらい。

一つ灯籠とうろうみたいな輪郭りんかく入口いりくちかかげている。二人が近づくと、輪郭がひかった!シャールが一歩いっぽ文牧の前に立て、刀をこうとした。


「やめろ!シャール」

「でも!あのは妖のものかもしれない」

「火じゃない、闇の光だ。とにかくもどれ」


光ったのはやはり灯籠、暗くて、冷たい光だったがあたりをちゃんとらしてくれた、不思議ふしぎな光だ。樹の幹はとてもほそいが、その地中ちちゅう深くびていたように見える。


「はい…お兄様、この森の樹は見たことがない、ルソンからの舶来品はくらいひんなのですか?」

「よく見ろ、ここは森じゃない、全ては一本いっほんの樹のものだ」

「ここが!?…じゃ妖はこの樹のことですか?」

「わからない。たぶん実態じったいのない妖だ、一週間一回この世に来て殺生せっしょうする」

「じゃ村でつ方がよろしいのでは?」

「待たない、実態ないものならおまえの剣がとどかない。この森で奴の憑代よりしろを見つけてる」

「じゃ先ずはお兄様の魔法陣まほうじんで」

「ああ、だが奴はおそらく魔法を反応はんのうしてくる。完成かんせいするまで時間をかせいてもらう、できるのか?」

「わかりました。お兄様のかたき、全て刀が切ってあげます、たとえそれはこの世の全ての妖であっても」

「…行くぞ。余計よけいなことを考えるな」


文牧は食指しょくし地面じめんに魔法の文字もんじをかき始めた、器用きようはたらいていたけど、これはもう人のゆびではない。皮膚ひふ、ツメなどのパーツはない、純白じゅんぱくな、無機質むきしつぼう、チョークと変わらない。この指は魔法発動まほうはつどうための道具どうぐ、人の部分ぶぶんはもう切り捨てた。


「そろそろ来るぞ、気をつけろ」

「はい、どうぞ」


魔法の文字が少しうごいた、辺りの魔力まりょくたかめつつある、この鼓動こどうが妖をきつけ、人の世と死の世界の繋がりをつくる。灯籠の光が明滅めいめつし始め、風を起こした。近くの枝に何かひらひらと揺らめく?…それは綺麗な和服わふくそでだ!

シャールは腰間ようかんの刀を背中せなかへ回し、かまえた。


(おかしい!最初さいしょはそのやかな和服がいないはず、それは憑代よりしろなのですか?)


のごとくシャールは飛んだ、和服わふくを切るために。冬と言ってもあの風の温度おんどは不自然だ、妖はもう来たかもしれない。でもシャールは敵を見えない、実態じったいのない妖は厄介な相手、見るためには特別とくべつな目が必要だ。見えない人は攻撃こうげき、ガード、回避かいひなど一切いっさいできない。


するどおと、攻撃が来た!色のない風が何かによってたれたように見える。これが風を切る妖怪!…奴はいきなり文牧をおそってきた。この場で誰が一番危険きけんな存在?奴が一瞬いっしゅんで見つけ出した。

文牧はマントのうらから4枚のふだを出して防御ぼうぎょ結界けっかい発動はつどうし風の真空しんくうを受け止めた、先からずっと書いていた魔法文字まほうもんじ一部いちぶは防御結界のコアだ。


「奴はかしこい、迂闊うかつに手を出すな!」


妖怪とほぼ同時どうじにシャールが抜刀ばっとう三連斬さんれんざんし、和服をきちんと4ピースに切った。


(だめ!手応てごたえがないわ…この和服じゃない!)


妖怪はふたたび攻撃した、今度ははっきりと見える、三つの風のあとが結界の上にすさまじいなみを残した光景こうけいを…この切れ味は間違まちがいなく人を一撃いちげきほうむる。


(はやく!妖怪と現世げんせいの繋がりを見つけなきゃお兄様は!!)


シャールが長い刀を中段ちゅうだんかまえ、自分を中心ちゅうしんとして圓月えんげつを描いた。半透明はんとうめいの刃が完全透明かんぜんとうめいになって半径はんけい3メートルの樹を全てなぎ倒した。


(樹もだめ!憑代は一体どこに?…風のあとを狙って妖の攻撃を止めるのでは?!風のリズムをんで……今なら!)


シャールが高くんで、体をくるくるまわし先の風のあとと同じ位置いちねらって斬撃ざんげきつ。いいタイミング、二つの斬撃がぶつかって凄い衝撃波しょうげきは発生はっせした。シャールは吹っ飛ばされ、樹と衝突しょうとつした。

防御の結界は何とか持ちこたえたのだが、魔法の文字が白から黒へと変色へんしょくし、多分次の一撃いちげきはもうふせげない。今から防御の結界を再構築さいこうちくでもわない、なにより今はもっと大事な仕事しごと集中しゅうちゅうしないと、全ての意味がなくなってしまう。


「バカな真似まねをするな!先ずは自分を守れ!」

「大丈夫です、お兄様。先の一撃に手応えが!」

「和服を使え!剣の刃をかくすんだ!」


風は少ししずかになった、刀にられて少しおどろいたかもしれない。シャールが和服のピースをひろって刀をまとい、風へ向かってふたたび走り出した。


(お兄様…やはりこの和服は憑代よりしろなの?)


風に向けて刀のみねで繰り出した一撃、いた!風は明後日あさっての方向へとぶっ飛ばされ、和服としては木端微塵こっぱみじんになった。


(効いた!これならもう一撃で倒せる!!)


シャールは他のピースへ向かって跳んで、手を伸ばし、勝利しょうりつかもうとした。


「行くな!シャール。逃げるんだ!」


風の対応たいおうが速い、すぐシャールをってきた、和服は正解せいかいのようだ。

シャールは風の刃を見えないが、間一髪かんいっぱつで敵のしをかわした。彼女はただ疾風迅雷しっぷうじんらいのように動いて、それだけで風より少し速かった。


「逃げるんだ!ばかシャール。奴は和服だけじゃ倒さない!」

「大丈夫です、お兄様。後一撃で倒して見せます!」


もう一度刃を布で隠し、シャールは空高く跳んだ。そらうように彼女は体をたて一回転いかいてんし風の脳天のうてん目掛めがけて急降下きゅうこうか疾風怒涛しっぷうどとう打撃だげき、このまま峰を使って敵を両断りょうだんするかもしれないのいきおいで……


(……風はいた…やりました!)


文牧の目にうつったのは両断りょうだんされた妖怪。妖怪の身長しんちょうは3メートル以上、一枚いちまいボロボロなローブでそのみにくい体をかくし、ローブの両翼りょうよくから8本枝がびて、その先端せんたんに8本氷の刃がなわしばって、人をく。

そして枝はまだ完全かんぜんに力を失っていない!1本の刃はシャールのくび目掛めがけてしずかに振り下ろしていく、この一振ひとふりは間違いなく彼女の首をねる!


……血がじんわりとにじんだけど、刃はとどかなかった、届く前にはらにんの力によって阻害そがいされた。あれは祓い人の石だ、シャールの頚に代わって見事みごと両分りょうぶんされ、一度だけ妖怪の刃をした。


ぬのだ!シャール」

「っ!?…はい!」


シャールは一旦いったん風と距離きょりを取って、残り二枚にまいのピースを取りに行った。

文牧は石炭せきたんのナイフを使って頭の両翼りょうよくから三本ずつの髪を切り落とし、魔法陣の中心ちゅうしんく…準備じゅんびととのった!


「生と死、人と妖…知らぬ、この世のことわりみとめぬ、地獄じごく摂理せつり…もう一度見せてくれようぞ、闇の反面はんめん、生の世界…かぎは、死者のそで

「お兄様!」


シャールが二枚のピースをブーメランのように文牧へとげて、当たった。袖の破片はいきおいを失い、自然しぜんと地へ落ちて、魔法陣を点灯てんとうした。


地面から大きな光のあわ次々つぎつぎかびあげ、半径はんけい5メートルの闇をはらう。周りの夜と関係かんけいなく昼の光が地のからあふす、光にらされたえだは信じられない程のはやさで芽生めばえ、大きくし、花がく。4、5本の枝だけだが、桃の花が再びこの地で満開まんかいした!

生と死さえくつがえ奇跡きせき、これは調律ちょうりつの魔法の力……かくうしなった妖怪は姿すがたを晒した、ボロ雑巾ぞうきんみたいなくさった布、ほこりだらけの長い髪が顔を隠し、それでも隠し切れない巨大きょだい眼窩がんか。細い八肢はし、人をる刃、今でも折れそうになる。シャールでもはっきりと見える妖怪の本当の姿だ。


「人の悪意あくい、妖の殺戮さつりく、世のことわりあなだらけ、圧力あつりょくだらけ、全てを吸い込む闇に構成こうせいする。開け!地獄じごくの穴!!」


文牧のローブから魔法のが次々と降下こうかする、彼は自分の背中せなか永遠えいえんれない魔法陣をきざんだ!彼の小指こゆびが見る見るうち曖昧あいまいになって、この世との繋がりをくしつつある。小指のにくほねがやがてえ、代わって現れたのは黒い小さなあな。この目立めだたない穴は現世げんせ地獄じごくの繋がりだ!

妖怪はこのせいの光がちたからのがれようとした、でもかなわなかった。小さいとは言え、小指の穴は死の空間くうかん、あそこは妖怪のあるべきところ、まれの地。妖怪は磁力じりょくしばられたように小指の穴へと……


「剣を使え!シャール」

「はい!お兄様」


シャールは刀のつかを180度反転はんてんさせ、刃のしばりをけた。長い刃は49枚の破片はへんくだって、地に散らばってしまう…破片たちは勝手かってはなばなれになったわけじゃない、へびのようにからまる、ちゃんとした形を持っていた。


蛇鱗剣じゃくりんけん花吹雪はなふぶきまい


トン…下駄げたと地面にぶつかって、とおった音。シャールは体を1回転かいてんし、剣をった。破片はいのちがあるように一斉いっせいてんのぼる、49枚までれた刃のあじは全然ちっていない、シャールのかたとすれ違っただけで血がおどる。血をびた破片はキラキラ光って、一層いっそう鱗のように見えた。


「シャール、妖を切って!お前の価値かちしめせ」

「はい!お兄様」


妖怪もう完全に実態化じったいかした、どう足掻あがいても黒い穴からのがれられん…もうおしまい、ここは調律ちょうりつの魔法の中心ちゅうしん、逃れることは不可能ふかのうだ。振ってきたのは剣のあめ単純たんじゅん両断りょうだんしたわけじゃない、妖怪の体をばらばらにくまで剣の舞はまらない。

これが蛇鱗剣!破片は見えない何かによってつながって、蛇のように敵の体中たいちゅうおよいで暴威ぼういを振って破壊はかいし尽くす。三連斬!シャールが三振さんふりだけで妖怪の体は千本せんほん以上に砕け散った。


「妖怪、この世からるんだ。俺のいかりがおさまるまでにはな…」


妖怪の欠片は綺麗きれいさっぱりと黒い穴の中へとまれた、文牧の小指こゆびも元へと戻った……扉は、じた。戦いは、終わった。


「お兄様、和服が?」


綺麗な和服がいつかえた、わりに妖怪のローブとそっくりな布2枚がそこにいる。満開まんかいし、こぼれ落ちた花びらが布の上で着陸ちゃくりくして、時々花旋風はなせんぷうの舞を見せる。調律ちょうりつ効果こうかはまだ少し続くそうだ。


「この世にとどまらぬ物だ、あの世へ送るぞ」


文牧は入口の枝から鬼火の灯籠とうろうって、から反転はんてんし中の火を全部出した。鬼火おにびは一つ一つ小さな花火はなびみたいな奴で、もうだいぶ光を無くしたけどまだ少し熱をまとって、その熱が和服の残骸ざんがいに火をつけ、やした。

布を手に入れた火が一瞬いっしゅんで強くなった、そのいきおいを借りて文牧は灯籠の殻を火の竜巻たつまきの中へと投げて、風を切る妖怪の件を落着らくちゃくさせた。


「帰るぞ、シャール」

「はい」



二人がまた森の天辺てっぺん足場あしばうつる、帰り道につく。帰ると言っても、家があるわけじゃない。ただ神社の屋根やねを借りて一夜いちやを過ごす、それだけ。たった二人の斬妖人が家をきずくことは不可能ふかのうだ。


「…お兄様、妖はあの未亡人みぼうじんが呼んだのですね。このままほっといていいの?」

「未亡人じゃない、人の感情が妖を呼んだのだ。どうだ?君の剣でこの無限むげん輪廻りんねれるのか?」

「私はお兄様を守るための刀です、剣ではありません」

「頼んだぞ、シャール。次も君の刃をしてくれ」

「もちろんです、お兄様」


二人が1つの樹で出来た森を通り抜け、丘の頂上ちょうじょうに登った。あそこに小さな神社がいて、桃の村と関係がないが、因縁いんねんがあった神社だ。


「ここでまる、シャールの傷をいやす」

「大丈夫です!お兄様は休んでください!」

「中に入るぞ」


神社の中に光ったのは蝋燭ろうそくで出来たシャンデリアだけ、周りをよく見えない。でも文牧の目に対して大したはない。少し待ってから、シャールは渋々しぶしぶ文牧のとなりに来た。


「シャール、剣をおろすんだ」

「いえ!本当に大丈夫ですから…このくらいの傷ほっといても全然!」

「すまない、言う事を聞いてくれないか、ありがとう」

「……ご迷惑めいわくをかけまして、ごめんなさい」


シャールはしょんぼりと項垂うなだれ、えりのリボンを外し上着をぐ。さらした肌は白い、とてつもなく白い、人間の色とは思わないほどに…

文牧は彼女の腕を取って、傷口きずくちふかさを一目でチェックした。


「少し我慢がまんしろ」

「ごめんなさい…」


文牧はほとけさかずきを拾い、ふところから瓢箪ひょうたんを取り出して盃にからい酒を注ぐ、次は自分の腕を切って血液けつえきを零し酒とぜてからシャールの傷口をあらう。

蛇鱗剣じゃりんけん、妖力をまとったこの剣に切り裂いた傷口は、同じ妖力を持つ血でなければ洗う事ができない。


「冷たいね、お兄様の血が…」

「すまない、我慢してくれないか」


文牧は蝋燭のシャンデリアに向かって酒と血の混ぜものをかけ、火を強くした。そして東洋彫刻とうようちょうこくの後ろからキラキラの布を持ち出し、大きな一枚をちぎって盃の中へ置く、今度はあまい酒を注ぐ、布をきちんと洗ってからシャールの傷を優しくしばった。


「そんな!お兄様、こんな高価こうかなものは本当に大変な人にのこすべきだわ!」

「大変な人は俺の知ったことじゃない。文の名前はこれくらいの布切ぬのきれを使う資格しかくがまだあるはずだ」


シャールが器用きように服を着直きなおし、傷はもう大丈夫のようだ。彼女は文牧の腕をつかんで、彼を自分のとなりに座らせ…そのつもりだが、文牧は彼女の気持ちをこたえようとしなかった。


「お兄様?」

「すまない、もう行く」

「今日もいくの?」

「ああ」

「……ちゃんと帰ってきてね」

「わかった。もう休め、傷をいやすんだ」

「……」


文牧は脇門わきもんを抜け中庭なかにわへと出て、井戸いどの隣に座った。間もなく黒い煙が地面からあふれ出し、文牧の体を一瞬いっしゅんで吸い込まれた。

でも彼の体は完全に消えたわけじゃない、うす輪郭りんかくみたいなものは残されて、魂か何かがまだ現世げんせいにとどまっていた。

地下の世界は奈落ならく、真っ暗な空間。文牧は正確せいかくに闇の行方ゆくえを見て、前へ進む。もし彼のような特別とくべつな目を持たない人がここへ落ちたら、死あるのみだ。


文牧は前回ぜんかいと同じ道を進んで、目的地もくてきち進行しんこうする。前回の前回もそう、彼は必ずこの道を使う、たとえ自分が遠回とおまわりをしていたと知っていたとしても、だ。

奈落の道は迷宮めいきゅう、例え道を見えるとしても、知らないエリアへ侵入しんにゅうしたら、二度と帰れなくなる。


「蝶…いるか?蝶?」

「…兄さま!蝶はここにいたよ」


落ち着いた少女の声が暗闇の空から落ちてくる、その声はとし相応ふさわしくない妖艶ようえんにじむ…文牧は天をあおぐ、目をらすと、淡い鱗粉りんぷんの光が見えた、それは二人の逢引あいびきの合図あいずだ。


「今、引き上げますね、うふふ~」

「大丈夫だ、俺はここにいる」


空から落ちった白い縄が文牧の頬をかすって、彼のくびからみつく。このすべらかな感触かんしょくきぬ、もしくは近い物。


「行きます、兄さま。一旦息を止めて」

「大丈夫、思う存分ぞんぶんにやれ」


空の少女が白い縄へ妖力ようりょくそそぎ、縄が一瞬にちぢんで文牧を上へと引き上げた。外とのつながりは奈落から逃れる唯一ゆいいつの方法だ。


「兄さま、来てくれて、ありがとう~蝶は嬉しい~」

「蝶!君はまた…」


少女が少年の胸にって、やさしく笑った。彼女の唇はどくより深い紫色むらさきいろていしている。


「はい、また沢山たくさんの人を食べました」

「やめろと何度もたのんだはずだ…どうして?!」

「いいえ、お兄様が勝てるはずがないもの。だから蝶がやります」

「君も勝てない!同じなんだ!君は…おとり役目やくめを果たせばいいんだ、何故分からん!」

「いいえ、だめです。だって兄さまが死ぬだもの、絶対にゆるさない」

「人は運命うんめいによってあやつられる生き物だ、蝶。俺も自分の運命を受け入れるつもりだ」

「蝶は妖怪だよ、妖怪はおのれの意のままに生きるの。運命なんて知らない、死の運命なんてみとめない」

「……蝶、君は俺以外の人を知るべきだ」

「うふふ~村人は蝶が妖怪だったことさえも知らない。だから蝶も知らない、知るはずがないもの」


蝶は村人むらびとに毒の鱗粉をびて毒殺どくさつし、人のたましかおぶくろの中で収集しゅうしゅう。香り袋を白い縄でむすび奈落の底へと投げ落とし一晩待つ。翌日、変性へんせいした魂を回収かいしゅうし、食べる。変性した魂を食べ妖力ようりょくたかめる、それは蜘蛛くもを勝つため唯一の方法でもある。

ただし、もし本当にその日が来たとしても、蝶もとんでもないおそろしい妖怪になるだろうか……


ためすんだ!同じ歳の男の子と話して、自分をみとめる人を見つけるんだ!ずっとめたまま……外の世界を拒絶きょぜつしたままじゃだめなんだ!」

「どうして?知る必要がないのに……あっ、またみにくい姉さんのささやきなのね?今の蝶なら姉さんを一瞬でほうむるの、なんなら殺してあげましょうか?」

「…間違っている。君は道具どうぐのはずだ、道具以外の力を手に入れるべきではないんだ……」


文牧は華奢きゃしゃな蝶を強く抱きしめ、彼女の運命を心のそこからのろった。蝶は元々誰よりも善良ぜんりょうな妖怪だったはず、運命が彼女を人殺ひところしのマシンへと変えた。そして彼女にこんな運命をしいいられた人はまた自分だった。

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