ペトルーシュカ

スヴェータ

ペトルーシュカ

 ピョートルは生まれる前から愛されていた。母のお腹にいると分かった時には既に名が付いており、誰もが「ペトルーシュカ」と呼びかけた。ペトルーシュカはその愛を感じ取って、お腹の中でのびのび動いた。


 生まれてからもなおその愛が変わることはなかった。しかし加わったものがある。期待だ。家族はペトルーシュカに期待した。賢く、たくましく育ってほしい。親の言うことを聞き、よく稼げる。そんな男になってほしいと期待した。


 世の中の一切を知らないペトルーシュカにとって、家族は全てであった。ペトルーシュカの家族は言うことを聞けば褒めたが、わがままを言ったり失敗したりすれば無視をした。ペトルーシュカは親の期待に沿わない子どもは家族と見なされないのだと悟った。


 3歳から5歳まで、ペトルーシュカは実に品行方正な「良い子ども」であった。着替えも食事もテキパキ行い、泣いて困らせることはなく、また贅沢品を欲しがることもなく、極めて模範的に過ごした。


 6歳を迎えた頃、ペトルーシュカが近所の劇場の前を通りがかった際、愉快な音楽が漏れ聞こえてきた。思わず立ち止まって耳を澄ませつつ側の立て看板を見ると、そこには「ペトルーシュカ」と書かれていた。


 ペトルーシュカは喜んだ。この愉快な音楽が自分を表す音楽ならば、自分だってきっと愉快な人になれると思ったから。ペトルーシュカは駆け足で帰宅し、この出来事を母に話した。


 母は、予想外にもペトルーシュカを怒鳴った。立ち聞きなんてはしたない真似をするなと、こんこんと説教した。ペトルーシュカは自分の行いが間違いであり、母を幻滅させてしまったことにひどく心を痛め、反省した。


 こうしてペトルーシュカは両親の期待に沿うよう品行方正に成長し、誰もペトルーシュカとは呼ばない年齢になった。世の中の一切を知らなかったペトルーシュカは、世の中の半分ほどを知るピョートルへと成長したのだ。


 ピョートルはもう知っている。あの時母が怒鳴ったのは、ストラヴィンスキーのペトルーシュカが残酷な物語であるからだ。子どもの自分にはあのストーリーを知ってほしくなかったのだろう。ピョートルは母をよく理解していたから、そう考えた。


 その一方でピョートルは、ストラヴィンスキーのペトルーシュカと自分は実によく似ていると思った。情熱的なところがではない。おがくず製のパペットだというところが似ていると思ったのだ。


 どんなに気を付けても、ピョートルはもう両親の顔色を窺わずに行動したり何かを決めたりすることはできなかった。両親が気に入る選択肢はいくらでも浮かぶが、自分がどうしたいのかは全く分からなかった。


 それでも、品行方正な成長を遂げたピョートルの評判はとても良かった。賢く、たくましく育ったし、親の言うことは必ず守る。よく稼げる仕事にだって就いた。


 虚しい。時折、ピョートルはそう思うことがあった。しかしこれもまた人生。ピョートルはもう、何にせよ、ペトルーシュカではないのだから。そう言い聞かせて虚しさをごまかした。


 それが崩壊したのは、レストランで隣のテーブルを見た時だった。あんなシーン、何度も何度も見てきたはずなのに、色々な要素が負の合致を果たし、崩壊に至らしめたのだ。


 ピョートルが見たのは皿の上のパセリだった。他のものは食べ尽くされ、残っているのはパセリだけ。あの時のランチメニューには全てパセリが使われていたが、誰もが残して席を立っていたのだ。


 それに自分を重ねてしまったから、ピョートルは崩壊した。自分は、品行方正な自分は、どんなに瑞々しく育って見えても、結局苦くて残されてしまう。それがどうしようもなく悲しかった。


 その日以来、ピョートルとまともに会話ができる者はいなくなった。両親は悲しんだが、もはやピョートルにそれが伝わることはなかった。


 パセリはロシア語で「ペトルーシュカ」と言う。

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