傘
スヴェータ
傘
雨音には意味がない。あるとしたらそれは勝手に私がつけたもので、雨自体は何の意味も持たない。パラパラ、パラパラ。バババババ。心地の良いこの雑音が、私はとても好きなのだ。
イヤホンからの音楽には意味がありすぎる。何を聴いても情景が浮かび、どこか心が揺さぶられ、掻き乱される。から元気を誘うこともあれば、鬱を誘うこともある。
その点、雨音は違う。その音が耳に届く間は、何も考えなくていい。だってその音に意味はないのだから。それを1番側で感じるためには、やはり傘をさすのが良い。傘にぶつかり鳴る雨は、私を洗い流すように救うのだ。
それは雨が生み出した音なのか。いや、違う。傘だ。傘が生み出す音なのだ。傘に雨雫がぶつかるからこそ鳴る。パラパラ、パラパラ。バババババ。この音は、雨ではなくても出せる。
雨音を聞きたい時、毎日雨が降っているわけではない。気持ちとは相反して晴れ渡る空の日もある。そういう時は、シャワーの下に行けばいい。同じような音が聞けるから。
シャワーを高い位置に設置し、傘で水を受ける。雨より細かい音が、ザーッザーッと頭上を包む。水の強さを右に左に変えていけば、お好みの音が楽しめる。立ったり、座ったりで調整するのも良い。
最近は、もう毎日のように傘を持って風呂場に座っている。服が濡れるのも構わず、ザーッザーッという音で全てをかき消しているのだ。何も、何も聞こえない。外から聞こえるはずの5時のチャイムも、心の中のざわめきも。
水道代が2万を超えて、アパートの管理会社から電話が来た。水漏れしていないか、何かあったのか。たくさん聞かれたが、問題ありませんと言い通した。
救いの手は、意外とあちこちにある。何となくそれには気付けたけれど、私の心のざわめきはそれを嘘だと言う。ああ、それはそうかも。信用なんてしてはいけない。期待なんて、してはいけない。
今日もまた傘にシャワーをのせようとしたが、ポツポツと窓の外から音がした。久しぶりの雨だ。別にシャワーでも良いのだけれど、私の心が踊ったから、外に出た。野生的な音がする。ああ、この音は傘が生み出すものだけれど、雨が当たるのが1番良い。
雨が当たる傘の音を聞く時、私は死んでいる。ずっと、ずっと死んでいられたらいいのに。そんなことを思いつつ、やっぱり死ねず、近くを1周したら部屋に戻った。
外にわざと出している、子ども用の黄色い傘。そろそろ不自然かもしれない。
傘 スヴェータ @sveta_ss
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