運命
スヴェータ
運命
東の果てに住む私は、西の果てに住む恋人へ頻繁に手紙を送った。レニングラードでの思い出や最近食べたもの、相変わらずちょっとした段差に足を取られがちだということ。そんな何でもないことばかり書いた。
郵便事情はあまり良くない。時々届かないし、1か月も2か月も待つことだってある。どこかで手紙がなくなったのだと思って追加で出したら、それと一緒に先に出していた手紙が届いたこともあったらしかった。
そういうふうだから、郵便局へは何度も足を運んだ。手紙を出すためと、手紙が届いていないか問い詰めるため。随分並ぶことも多くて、私ははやる気持ちを抑えられず、いつもどこかイライラしていた。
ある時、うんざりしながら列に並んでいると、手紙を出し終えた様子の男性がポケットから手紙のようなものを落とすのを見た。声をかけても良かったが、少し遠くて大声を出すのも億劫だったし、何より機嫌が良くなかったので見なかったふりをした。
郵便局のど真ん中、木の床の人通りの多いところに落ちた手紙は、不思議と誰からもうまく避けられ、踏まれず綺麗なままで落ちていた。それを順番が来るまで眺め、呼ばれた後は忘れてしまった。
それから半年は過ぎた頃、私はいつものように郵便局へと足を運んだ。するとあの時の場所にまだ手紙が落ちていた。しかし、半年。落ちっぱなしということはないだろうと思い、私はすぐにそれへの関心を失った。
またさらに半年、1年、2年と時が過ぎた。私はまもなく故郷を出る。この郵便局へ来ることももうないだろう。西の果てに住む恋人はもう私の元にはいないし、全てを1から始めなければならない。
これは、最後の手紙。思えばあの頃とは随分変わった。思い出の地レニングラードはサンクトペテルブルクに戻り、珍しい食べ物をたくさん食べられるようになった。
変わらないのは下手くそな歩き方くらい。ただもうそんなことは書いていない。手紙に書いているのは「永遠にさようなら」だけ。全ての整理がついた今、もう私はどんなに長い列に並ばされても機嫌は悪くならなかった。
ふと、視線を遠くに移す。郵便局のど真ん中、木の床の人通りの多いところに、1通の黄ばんだ手紙が落ちていた。私は何だか覚えがある気がして、一生懸命記憶を辿った。ああ、まさかあの時の手紙かと思い至った時は、思わず「あっ」と声が出た。
私はあと2人で自分の順番だというのに、どうにも衝動が抑えられず、列を抜けてその手紙の元へ歩いた。見ると、本来名前や住所が書かれるスペースまで使って「踏まないで!」とだけ書かれていた。
思わず笑みがこぼれる。こんな注意書き、誰が見るのだろう。ただ本当に誰にも踏まれた形跡はなかったから、ここの真面目な住人たちは見ていたのかもしれない。
しかし、もうここの住人ではなくなる予定の不真面目な私。遂に手紙を拾い上げ、封を開けることにした。切るものは何もなかったから、指でビリビリ破った。すると中から出てきたのは地図。ここからそう遠くないところだった。
全てをこれから始めるという状況と、旺盛な好奇心はおそろしいもの。私はその地図に書かれた場所を目指して、手紙も出さずに歩き出した。
着いた先は小さな小屋で、鍵はかかっていなかった。開けるとそこにはただ机と大きな鞄が2つあるのみで、棚どころか椅子さえなかった。
鞄を開けると、そこにはそれぞれ札束が詰め込まれていた。ソビエトの頃のルーブル紙幣。数えてみると全部で500万ルーブルもあった。
鞄の底に、ノートの切れ端のようなものがあった。書かれていたのは「新しく生き直す君へ」と、それだけ。
立ち尽くしていたら、いつのまにか郵便局が閉まる時間を過ぎていた。これもまた、運命。私は出すはずだった手紙の余白に「ありがとう!」と書き、その部分をちぎって机に置いた。
重い鞄を両手に抱えて小屋を出る。こんなもの、持って帰れない。私は運命に導かれるまま、その足で故郷を出ることにした。
運命 スヴェータ @sveta_ss
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