私と貴方と魔法と人と。

哀愁

プロローグ

在りし日の事。


女の子は、二人の人物と手を繋いで笑っていた。一人は男。もう一人は女。いわずもがな、三人は家族だ。小さな村で慎ましく。そんな暮らしだが、幸せに暮らしている。


__そんな夢を、いつまでも見ていたかった。


“幸せ”、なんて言葉誰が作ったのだろう。そんなの作らなければ良かったのに。“幸せ”がない人がどれだけ苦しむかなんて、考えた事も無いんだ。でも仕方ない。“幸せ”を作ったのは“幸せ”を持った人間だから。この素晴らしい気持ちに名前を付けよう、って。


悲しいな。

人は誰しも平等だと、偉い人が言った。__そんな訳あるか。


じゃあ、如何して私は“幸せ”じゃないの。



「__」



短い鳴き声が聞こえる。何の動物かは分からない。でも、その疑問は直ぐに解決される。目の前には子狐。こんな所に居るなんて珍しい。いつから此処に居たのだろう。全く、動かない。



「__」



また、鳴き声。見れば後脚の毛が赤く染まっている。猟師に狙われたか、単に怪我をしたか。恐らく前者だ。銃弾が貫通した様な傷跡がしっかり残っている。狐は酷く澄んだ目で見つめている。碧い目。怖い程に澄んでいて、宝石の様に夕日が光っている。



「お前も“幸せ”がないのかい」



頭に触れるとピク、と反応したが、されるがままだった。なんて事を聞いているのだろう。狐相手に、“幸せ”が如何って。



「私が幸せをやろうね」



気の迷いなのか、なんなのか。何故か私は、自分の着物を破いて狐の脚に巻き付けていた。服だって、そう多く持っていないのに。冬を乗り切るのが大変になるかな、と苦笑する。



「お前は、幸せになるんだよ。…私は、幸せになれないからね」



言葉が分かったのか、はたまた分からなかったのか。普通は後者なのだろうが。狐は山を駆け上って言った。もしかしたら、怪我がそれほど酷くないのかもしれない。心の何処かで安堵する。山を見上げると、山頂の神社の鳥居が見えた。鳥居。


この村の掟。“絶対に山の上の神社に行ってはいけない”。古くから伝えられているらしい。妖怪が好んで住み着いて、神聖な場所ではなくなってしまった…らしい。夕焼けに照らされ、赤い鳥居が更に紅く輝くのが見えた。神秘的。正にこの言葉が似合う様な。出来るならもういっそのこと、このまま消えてなくなってしまいたい。この、夕焼けと一緒に。


これは、小さな村と小さな神社。

そんな小さな恋の物語だ。

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