始まり

死ぬ。

直感的にそう思った。


左脚から流れ出る血。自分のものだと思えなくて、唖然とする。毛が紅く染まっていく。そう、赤、というより、紅。別に心臓を撃たれた訳でも、頭を抜かれた訳でもない。でも血が流れる。自分の脚に穴が空いている。そんな事実が死を香らせる。


そんな、時だった。がさ、と枝木が揺れる音がする。血の匂いが伝わって、猪でも来たか。そう思い、死を覚悟した。が、来たのは猪、まして獣ではなかった。人の子。女の。まだ小さい。人を見る機会は昔に比べて明らかに減ったが、まごう事なき幼児だろう。背が低く、虚ろな目が夕日に光っている。おかしい。人の顔は、こんな顔だったか。目が暗い。何も映していないのかと思わせるその瞳は、すぐ近くの私の事すら捉えなかった。何故だか、無性に気付いてもらいたくなって気付けば鳴いていた。鳴き声、といえる程強いものでは無かった。体力が減り、脚から流れた血が冷え、身体の体温が奪い取られる様な感覚がした。



「お前も幸せがないのかい」



鈴の様な声が耳に届く。

しあわせ。シアワセ。幸せ。



「私が幸せをやろうね」



そう言って彼女は私を抱き上げる。嗚呼、着物に血が付いてしまう。そんな事を思った側から、彼女は自分の着物を裂き始める。嗚呼、嗚呼、嗚呼。如何してこんな獣畜生のためにそんな。私を撃ったのも、助けたのも人だとは、どんな嫌がらせだ。



「お前は、幸せになるんだよ。…私は、幸せになれないからね」



言葉を理解する事は出来なかった。そこまで、彼女を知らなかった。幸せになれない。如何いう意味、なのだろう。止血された脚は痛みが減っていた。_いや、元から痛くなかったのかもしれない。あの子に逢うために、身体が動く事を拒否したのかもしれない。_なんて、可笑しな考えが浮かぶ。何故か逃げる様に山頂の神社へと脚が動いた。痛む脚が、空虚な考えを否定している様で、どこか安心する。嗚呼、もう一度逢えたなら。

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