名前

「__」



心地良い音が聞こえた。何処か懐かしい、聞き覚えのあるような音。低くも高くも、落ち着いた音。



「__て」



其の音が、声となり言葉を作っている事を知る。



「__おきて」



おきて。回らない頭で漢字に変換する。起きて。私は寝ているらしい。嗚呼、そういえば術にかかって、神社に来て…其れで。

重い目蓋を上げると、光が差し込んで来る。今は朝?昼?



「あ、やっと起きたね」



「…」



「そんな怪しい者を見る目で見ないで呉れ給え。

私、傷付くよぉ?」



如何やら身体が勝手に、怪しい者を見る目、をしていたらしい。というか、知らない人、(しかも男)が起きたら隣に居るなんて状況で、その人を怪しく思わない方が如何かしている。



「…此処は、神社?」



「うん、そう。境内の中だよ」



それは想定内。…なら。



「…貴方は神様?」



「何故、そう思ったのかな」



余裕に溢れた表情が、一瞬だけ曇る。見逃さないわ。



「此の神社に人は寄り付かない。にも関わらず、貴方は居た。しかも其の服は袴でしょう。ずっと、此処に居たんじゃないの?」



「思っていたより人間は、観察力に優れているらしいね。憶えておこう」



小さく笑う声が聞こえる。その笑いが嘲笑なのか、微笑なのか。はたまた苦笑なのか。それは定かでは無いが。



「矢ッ張り、人じゃないのね。神様」



「私を神と呼ばないで呉れ給え。私はただの妖怪風情だ」



「…妖怪?じゃああの噂は本当に…」



「何か勘違いしているようだけどね」と、私の言葉を遮る様に発する。一呼吸置いて、彼はまた話し出す。



「此処は元から神の住む場所では無かったのだよ。人間が良い様に解釈して、私達妖怪が神を追い払った、なんて言っているだけ。ていうか普通に考えてただの妖怪が神を追い払える訳無いだろう」



「じゃあ、貴方はきっと普通の妖怪じゃないんだわ」



「疑り深いね」



はァ…と溜め息が聞こえる。同時に彼の髪が揺れる。銀髪の、髪。頭に凸がある。二つ。それは如何見ても、偽物では無い事だけが分かる。


それはだった。



「…」



「君がそんなに疑うから、ちゃんと姿を見せてあげたんじゃないか」



耳だけじゃない。尻尾もある。沢山。



「私は神では無いよ。此処に住む妖狐だ。宜しくね」



「妖狐…九尾の、狐?」



疑問を投げても応答は返っては来ない。返ってくるのは、意図の読めない薄っぺらな作り笑顔だけだった。

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私と貴方と魔法と人と。 哀愁 @Gentaro-Gentaro

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