第5話-3 ひみつ
翔真が帰ってきたのは、その日もお昼前だった。
私は毎週行っている週末の彼の家での掃除洗濯を済ませ、紅茶を煎れて一息付いていた。
彼は家にあがるなり
「おう、来てたのか」
と声をかけてくる。
私は彼を一瞥して紅茶を口に運ぶ。
今日も疲れているのだろう、彼は特に興味もないといった様子でお昼寝支度を始める。
お昼寝支度と言えども彼は夜中の間ずっと仕事をしているのでこれから寝る。
「週刊誌、読んだ?」
居ても立ってもいられず、つい口走ってしまう。綺麗に整頓された部屋の机の上にこれ見よがしに週刊誌をおいていた。もちろん、内容は藤岡穂乃佳との熱愛スクープ。
「あぁ、このことか」
彼はさしたる弁明や驚きも無いまま自室に戻ろうとする。
「一応、説明がほしいんだけど。」
私は立ち上がり、詰め寄る。
世の中の一般家庭がどうかは知る由もないが、普通なら怒り狂っている所だろうが、私は努めて冷静にしおらしく問いつめる。
今までも同じようなことはあった。私の処世術だ。
「あぁ…仕事で知り合って、たまたま飯を食っただけだ。」
「それで?」
「それで…って特にそれ以上のことはない。」
彼の話に特別違和感はなかった。ホントにそれしかないといった様子でこちらをまっすぐ見てくる。女の勘というのはこういう時も役に立つ。
「本当にそれだけ?」
これまでの経験則上、やましい想いを抱える男には上目遣いで近寄って視線をそらせばまず何かしらの隠し事をしていると思って間違いない。だが意外にも彼は…
「…それだけだが。」
一切視線をそらさず私を見返して答える。
「そう…」
これ以上突き詰めてもめぼしい答えはでないだろうと言葉を濁す。
もしくは本当に疲れていて何も考えられないか。
どちらにせよ一度仕切り直すためにこの話は中断した。
だが…
「週刊誌の話なら放っとけ。俺とあの子には本当に何もない。俺とはな。」
意味深な発言に振り向くも彼は自室の扉をしめるところだった。
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彼が起き出してきたのは夜8時を回る頃だった。
炊き込み御飯にしてちょうど蒸らしているため先にお風呂に入ってもらうよう促す。
食卓に盛り付けるとちょうどよく彼はお風呂から上がってきて食卓につく。
テレビを見ながら向かい合ってご飯を食べる。この情景にも慣れつつあった。でも心中穏やかではない、そのことに気づいてか彼からあまり話しかけてこなかった。
「もう半年になるわね。」
「あぁ、もうそんなになるのか。」
口元にお味噌汁のお椀を傾けつつ彼は答える。今日の塩梅は丁度良いな、などと呟いている。
「少しは…奥さんらしいことできてる?」
自ら口走ってハッとなる。
私はまた余計なことをしゃべてしまったと口元を押さえた。
「…ま、まぁまぁじゃないか。」
その言葉に顔をあげて翔真を見ると少しだけ気恥ずかしそうに目を伏せた。
その様子に少しだけ心の奥が温かくなる。
この前の送り迎えから少しだけ距離が縮まったと感じた。
だからこそ、今なら彼の先ほどの発言の真意を聞ける気がした。
「その…やはり聞いておきたいことがあって…」
食後のデザートを冷蔵庫から持ち出しつつ、それとなく切り出す。
彼は表情を変えずに聞いている。
「藤岡…穂乃佳さんのことなんだけど…俺とは関係ないってどういうこと?」
「そのままの意味さ。」
「写真に撮られてたけど…」
ふぅ、と一息つくと彼は続ける。
「あれはそう見えるように撮ってる。周囲に同僚もいれば彼女の事務所のスタッフも居合わせてる。週刊誌のカメラマンの技術だ。」
なるほど、と納得する私に彼は、
「あの子は…本当の俺とは関係がない…。」
と今までに感じたことのない歯切れの悪さで話す。
何か、知られてはいけない、私に話していないヒミツを感じた。
それはきっと聞いてはいけないこと。
だけど、それは同時に聞かなくてはいけないことにも感じた。
これから先、彼との関係を続けていくのならば…。
「何か…あるの?」
彼は私を見やる。その顔は私が今まで見たことがない人物の顔に見えた。
これまで一緒にいた武川翔真は…まるで…。
そこまで思い至って、私はすぐに後悔することになる。
「君の前にいる僕は僕ではない。君の知る武川翔真はもういない。」
最初彼が何を言っているのか、わからなかった。
理解するのに時間がかかる。でも私が見た彼の顔は確かに武川翔真だったが、
何故だか別人に見えた。
——表情のせい?
「…どういう意味?」
私は恐る恐る言葉を続ける。
その言葉が私たちの運命の歯車を大きく変えていくことを知らずに。
武川夫妻の不都合な関係 @poesia_cancello
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