日常
スヴェータ
日常
その日の朝もまた、いつも通りだった。空が白んできた頃に目覚め、身支度をし、ニワトリに餌をやり、花瓶の水を換えた。
明日の分のパンはなさそうだった。ここ最近は毎日、明日のパンの心配をしている気がする。どんなに貧しくても食べなければならない。1カペイカだって惜しいから、それがどうにも煩わしかった。
朝食を済ませると、僅かに余らせたスープとパン、そして火のついた蝋燭をトレイにのせて地下へと運んだ。木の階段を下りた後、石の階段を下りて行く。真っ暗な地下を照らすのは、トレイの上の蝋燭ばかりだ。
階段を下りきった先には木の扉があり、それを開けると鉄格子がある。中には痩せこけた男が1人。垢でくすんだ服を着ていて、いつも隅の方で膝を抱えて座っている。年の頃は分からないが、ここへ来た時からずっとこの様子であった。
鉄格子の左端には食事用の小さな扉があり、それを開けてトレイを入れ替える。引き取った昨晩の食器にはパンくずひとつ残っていなかった。
言葉を交わすことはない。これはそういうものなのだ。私は服に臭いがつかないうちにその部屋を後にし、2つの階段を蝋燭の火を頼りに上った。
自分の服は今着ているきりしかないのに、服を仕立てることが私の仕事だった。布を受け取る時、服を手渡す時、何とも遣る瀬無い気持ちになる。
何も考えないように、手を動かす。引き渡しが3日後の服がそろそろ形になるところだった。上質な布ではなかったが、素朴なあのご婦人の普段着には最も良いものに思えた。
そろそろひと息入れようかという頃、馬車が入り口に止まる音がした。窓から見ると、この辺りでは見かけないような上等の服を着込んだ紳士が、使用人を先頭にこちらへ向かって来ているようだった。
扉は乱暴に叩かれ、私はすぐさまそれに応じた。開けるや否やズカズカと部屋に入り込んだ男たちは、ここよりもずっと南の、モスクワあたりの言葉を話した。
「セミョーンがここにいると聞いた。お前はセミョーンを知っているか」
「いいえ、旦那様。存じ上げません」
「お前はここで何をしている」
「服を仕立てております」
「その前は帽子屋だったろう。そこにセミョーンという男がいたはずだ」
「いいえ。ここの前は確か画家の方がお住まいでした。それ以前のことは……」
「その画家の名前は」
「ミハイル・ドロズドフです。ただ彼は失踪したとかで……」
「お前がここに来たのはいつの話だ」
「もう15年は前のことでございます」
「そうか。しかし、この家を調べさせてもらう。セミョーンはこの辺りに行ったはずなんだ」
使用人と紳士は家のあちこちを調べた。しかしこの家は狭く、くまなく探すまでもなく何もなかった。当然、セミョーンなる男を私は知らなかった。
終始彼らのなし様を怯えつつ眺めていたが、結局成果はなかったと見えた。男たちは詫びのひとつも言わぬまま、来た時と同じ乱暴な足取りでズカズカと出て行った。
散らかった部屋を片付けた頃、とうに日は暮れ外は闇に包まれていた。今夜は厚い雲が空を覆っており、見えるはずの満月の姿はなかった。夕食を済ませると、私はまた僅かに余らせたスープとパンをのせたトレイを用意した。
もう明日のパンがない。しかしせめて明日の朝まではもたせたかった。だから私はトレイに用意したうちから半分パンをちぎって、自分のところに置いた。
蝋燭で足元を照らしながらニワトリ小屋へと向かう。そこの裏のごく狭い飼料小屋から繋がる木の階段、石の階段を下りて、鉄格子の部屋へ食事を運んだ。
また、いつも通りに1日が終わろうとしている。その後の寝支度のことを考え始めた時、ふと昼間の男たちのことを思い出した。
「ねえお前さん、もしかして名前をセミョーンというんじゃなくて?」
初めてかけたその言葉に、鉄格子の男は何か言いたげだった。しかし口をパクパクさせるばかりで、ひとつも声を出せなかった。
私はその様子を見て微笑むと、扉の方へ向き直り部屋を出た。そして階段を上りながら、やはり明日のパンのことを考えていた。
日常 スヴェータ @sveta_ss
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