後編

 どうぞ、と声をかけるとユウリともう一人、魔術師のマジョルカが入ってきた。二人が私の手を握るノーラをちらりと見遣る。もしかしたらさっきの話が聞こえたかもしれないなぁ。

 二人で部屋の隅にあった椅子を私の正面に来るように移動させて腰掛ける。ノーラは握った手をそっと離した。


「えーっと、その、相談が……」


 ユウリが肩くらいの髪をいじりながら呟くように話し始める。ノーラの方をちらちらと気にしている。一方ノーラは憮然とした表情で二人を見ている。睨んでいる、と表現した方がいいかもしれない。


「相談って、なんですか?」


 私の代わりに、ノーラがユウリを威圧するように尋ねた。ユウリはマジョルカに助けを求めるようにちらちら視線を送っている。


「あの、その……」

「ユウリちゃん、ちゃんと言わないとダメでしょう? その子に取られてもいいの?」


 話すのを躊躇っているユウリに、隣のマジョルカが続きを促す。取られるって……やっぱり聞こえてたみたい。小さく苦笑すると、マジョルカは意地悪そうに微笑んだ。

 ユウリはノーラに遠慮しながら、それでも私の目をしっかりと見つめながら尋ねた。


「あの、ヒーラーの知り合いって居ませんか?」

「ユウリちゃん、順を追って話した方がいいんじゃない?」

「あ、そっか……、えーっと」


 急な話でよくわからないな、と思ってたら、すかさずマジョルカがフォローを入れる。相変わらずの二人のやりとり。


「サラさん、今回も怪我させちゃいましたよね。すみません、私がちゃんとしていれば……」


 と、ユウリが謝罪の言葉を口にする。気にしなくていいのに。別に誰かの責任だとも思ってないし。

 ちらりとノーラを見遣ると、少しだけ戸惑っているように見える。別にぞんざいな扱われ方はしていないと、ちょっとはわかってもらえただろうか?


「それで、やっぱり本格的にヒーラー探したほうがいいんじゃないかって、二人で話してたんです」


 ユウリは話を続ける。ヒーラーの加入自体は、パーティ内でも度々議題には上がっていたのだけど、専門のヒーラーは需要が高くなかなか見つからない。


「それで、ルカちゃんはお金で雇った方がいいんじゃないかっていってるんですけど……」


 おや?

 顔を曇らせて言い淀むユウリ。今度はマジョルカの方を少しだけ気にする様子を見せた。


「私は、やっぱり私たちの考えに共感してくれた人がいいなって思うんです」


 ……なるほどねぇ。

 先ほど夕食時に喧嘩していたのは、この辺の意見の食い違いに端を発しているような気がする。

 私たちのパーティの理念は、一人でも多くの困っている人を助けよう、というものだ。まあ理念だけで継続的に活動するのは難しいから、当然お金も貰うんだけど。

 ユウリとしては、私たちの理念に共感してくれる人を探したいけど、マジョルカは現実的にお金で解決する方がいいんじゃないか、ということのようだ。いつも理想を語るユウリと、現実的な落とし所を提案できるマジョルカの、二人らしい食い違い。


「パーティに参画してもらうからには、長く一緒にやってもらいたいし、同じように喜びを分かち合える人がいいなぁって……」

「でもそんなこと言っていたら、ヒーラー探しで何日も潰れてしまうと思うんです。ひとまずはお金で解決して、継続してユウリちゃんのいうような人を探すのが現実的かなと」

「でも、お金も勿体無いし……」

「探してる時間が長引いて、本来なら助けられた人も助けられなくなってしまったら、本末転倒でしょう?」


 と、双方でお互いの意見を主張しあう。うーん、どちらも一理ある。

 それで、ひとまず私にヒーラーの知り合いがいないかと尋ねてきたのか。まあいない訳じゃないけれど、参加するパーティを探している人はいないなぁ。

 そんな内容のことを伝えると、二人は嘆息する。力になれなくてごめんね。


「……あの、それではサラさんはどちらの意見が正しいと思いますか?」


 マジョルカが躊躇いがちに私に尋ねた。

 なんと答えようか難しいけれど、とりあえず思っているままに伝える。


「どっちの意見も正しいとは思うけど、まあ、そんなに急ぐ必要もないんじゃない? 今まで通り、いい出会いがあればパーティに誘ってみるとか、それくらいで」


 どちらにも賛成しない答えを返す。

 とりあえず現状維持で、問題を先送りにしようという若い子が嫌う意見だ。


「……でも、また誰か怪我したら」


 と、ユウリは表情を曇らせ、私の二の腕のあたりに目線を移す。

 ユウリは私の怪我の具合を気にしているのかな。この子は本当に優しい子だ。

 マジョルカは何も言わないけれど、同じように眉を寄せ、ユウリの方を見ていた。

 こちらは多分、恋人のユウリが怪我をした時のこと心配しているのだろう。なんだかんだ言っても、ユウリのことをちゃっかり心配している。

 そうだなぁ……。


「それなら、ウェンズデーに治癒魔術を覚えてもらおっか」


 と、提案すると二人とも眉を跳ね上げ、目を丸くする。

 意外な提案が返ってきたことに驚いてるようだったけれど、二人とも互いに目配せをしながら頷きあっている。


「覚えてもらうっていうのは、考えてなかったですけど」

「……確かに、いいかもしれません」


 これなら問題の先延ばしではあるけれど、時間さえかければ問題を解決できる。さらにその間も、私たちのパーティ活動を継続できる。

 もし途中でヒーラーが見つかったら、それはそれで問題ないし。

 どうかな? と問いかけると、二人とも納得したように頷いた。私の提案が、受け入れられたみたいだ。


「……あの、やっぱり相談して良かったです!」

「ええ、ありがとうございました」


 ……なんだか、含みのある言い方に思える。

 なんだろうかと思っていると、二人はちらりとノーラを一瞥するのだった。

 二人が入ってきたときのノーラの憮然とした表情は、戸惑いの色に変わっている。






 二人が自室に戻り、部屋にはまた私とノーラの二人きりとなる。

 何か声をかけようかと口を開きかけたところで、ノックの音もなく入口のドアが開いた。

 驚いていると、ラフな格好の付与魔術師のウェンズデーがそこには立っており、何も言わずに長い黒髪を揺らしてベッドの脇まで歩み寄る。


「……どうしたの?」


 と、開いた口を語り先を変えて尋ねるけれど、やはりウェンズデーは何も言わず、私の隣、ノーラちゃんと反対側の左側に腰掛ける。

 このパターンは、過去にも何度か経験がある。


「……今夜はここで、サラと一緒に寝る」


 ……どうやら、エルメスと喧嘩したようだ。先程まで仲よさそうにしていると思ったら、もう喧嘩しているらしい。

 思わずため息をつきそうになるけれど、ぐっと飲み込んでウェンズデーに語りかける。


「そんなことしたら、エルメスが怒っちゃうんじゃない?」

「……別にいい」


 相変わらず感情の乗っていないような声と表情だけど、どうやら怒っているらしいことがわかった。普段は自己主張をしないのだけど、怒ったときはめちゃくちゃ頑固で負けず嫌い。

 どうしたもんかとウェンズデーの横顔を見つめる。整った顔立ちに、翡翠色の瞳。美形だなぁ。

 そんなどうでもいいことを考えていると、開けっ放しになっている扉から件のエルメスが顔を見せる。金髪碧眼で、ウェンズデーに負けず劣らずこちらも美形だ。


「ウェンズデーったら、またサラに迷惑かけて!」

「……」


 怒っているような表情と声音で、ウェンズデーの目の前まで歩み寄るエルメス。背の低いエルメスの目線は、ベッドに腰掛けてるウェンズデーとさほど変わらない。

 仁王立ちするようなエルメスに、睨み返すようなウェンズデー。うーん、いつものこと。


「さ、戻るよ」

「……やだ」


 ウェンズデーは小声で力強く拒否する。ますます不機嫌そうに眉根を寄せるエルメス。

 なんだか、徐々に険悪になっていく。


「何があったの?」


 とりあえず二人を落ち着かせようと、理由を尋ねてみる。

 二人の顔を交互に見遣ると、仁王立ちするエルメスが口を開いた。


「私が、サラにお礼を言わないとねって言ったの。そしたら急に不機嫌になって……」

「……違う、格好よかったって、エルメスが言った」


 ……よくわからない。けれど、どうやら私も絡んでいるらしい。

 何のことだろうかと考えていると、ウェンズデーが不意に私の左腕に自身の両腕を絡める。急な出来事に、ピクリと体が反応してしまう。彼女が美形だからかもしれない。

 恋人が他の人の腕を組むのが気に食わないのだろう、エルメスはウェンズデーの両肩を掴んで逆側に引っ張る。


「離しなさい!」

「……」


 ウェンズデーは私の腕をますます強く掴む。痛い。

 戦闘になれば最前線でパーティを守るエルメスでも、バフがなければ力ではウェンズデーといい勝負みたい。

 押したり引いたりしているけれど、ウェンズデーは私から離れない。


「怪我した方の腕でしょ!」

「……!」


 とエルメスがいうと、ウェンズデーはパッと組んだ腕を離す。私が怪我したことは覚えてくれていたらしい。

 勢い余って二人でベッドに倒れこみ、ウェンズデーの上にエルメスが覆いかぶさる形となる。

 鼻が当たりそうな距離。

 息も切れ切れでしばらく見つめあった二人は、ゆっくりと顔を寄せ、バタフライキスを交わした。

 ……なんで?






 よくわからないけれど、二人は仲直りしたらしい。

 あのあと聞いてみたら、どうもこんな経緯があったようだ。

 二日前、私がウェンズデーを庇ったことのお礼をしようと二人は話し合っていた。

 その時に私のことエルメスが褒めたらしいのだけど、そのことがウェンズデーは気に食わなかったらしい。

『……エルメスがサラを褒めるのがなんか嫌だった』『……エルメスが私を守ってくれたら、サラにも迷惑かけなかった』とウェンズデーは語っていたけれど、まあ要するに嫉妬したのかね。美形に嫉妬されるって、ふふってなるよね。

 ともあれ、二人も自室に帰っていった。出ていくときは、仲良く手を繋いでいたので、とりあえず落着かなぁ。

 まあ、このくらいの喧嘩はいつものことだけど、仲直りしてくれて一安心。

 さてさて。

 窓から見える月はすっかり登りきり、だいぶ夜も深くなってきたけれども、部屋にはもう一人、私の答えを待っている人がいる。


「ノーラ」


 隣に腰掛けたまま声をかけると、私の方を見上げる。

 来た時の怒りはすっかり霧散してしまったのだろうか、悄然とした顔つきをしている。


「サラ姉様……あの」


 何かを言い出しづらそうにしているノーラに、続きを促すように目を見ながら頷いた。


「……先ほど、姉様のパーティの方を悪く言ってしまって、すみませんでした」


 謝罪の言葉を口にして、頭を下げるノーラ。

 先ほどとは打って変わったような殊勝な態度が、年相応で可愛らしいなと思ってしまう。

 さて、私もノーラの問いに答えなければ。


「ごめんね、ノーラ。ノーラが私のことを気遣ってくれるのは嬉しかったけど」

「……はい」

「まだ、このパーティでやりたいこともあるからね。……だからまだ、修道女にはなれないよ」


 奇数とか、恋愛関係とか、ヒーラー不在とか、精神年齢の若さとか、いろいろ問題は抱えてはいるんだけど、でも少なくともここには女の子が行方不明になっているときに、謝礼の話を持ち出すような奴はいない。

 この子たちのために、自分にできることをしてあげたい。そう思わせてくれるいい子たちなのだ。

 ……まあ、一緒にいて疲れるけどね。

 今日だけで、喧嘩したり仲直りしたり、大変だった。まだ暫くは、こんな日が続きそう。


「サラ姉様は、今のパーティにすごく満足されてるんですね」


 私が小さく嘆息すると、ノーラは微笑んでそう言った。


「ヒーラーがいたら、もう少し満足度は上がるかもね」


 素直に認めるのが何となく癪で、少しだけ捻くれた回答を返した。






「サラ姉様は、ヒーラーが必要だと仰ったでしょう?」


 翌朝、再び王都への帰路に着こうとした私たちを玄関前で待ち受けたのは、修道服を身にまとったノーラだ。

 それだけならよかったのだけど、腰には皮袋を下げ、手には身の丈よりも大きな杖。背中には大きな荷物が入りそうな布袋を背負っている。まあ簡単にいうと、旅装束に身を包んでいる。


「だから、今日から私も同行します。治癒魔術には自信があります。それに旅も平気ですよ。畑仕事で鍛えていますから、体力はある方です」


 五人の前で、早口にノーラはそう宣言する。

 ユウリは目を丸くして驚いているし、マジョルカは困ったように私の方を見ている。

 エルメスは「私より小さいのが入る」と言ってはしゃいでおり、ウェンズデーははしゃぐエルメスを愛おしそうに見つめていた。

 私は最後方から、小さくため息をついた。


「……お任せします」


 リーダーのユウリにそう言われ、仕方なくノーラの前に出る。

 確かにヒーラーは必要だし、ノーラの治癒魔術も実際に見ている。

 少なくとも悪い子ではないし、パーティにも馴染むだろうけど。


「ノーラはまだ小さいからね……」

「もう十二です、お願いします!」


 私が初めてパーティに参加したのは十四の時だ。この時期の二歳の差は大きい。まあ私の十四の頃と比べると、今のノーラの方がしっかりしているように見えるけど……。

 とはいえ、ノーラにはこの修道院という居場所がある。何もわざわざ厳しい冒険者をやらなくてもいい。怪我だってするし、ストレスもすごい。

 やんわりとそれを伝えると、ノーラは首を横に振った。


「……私も、サラ姉様のために、何かしたいんです」


 下から私を見つめるノーラの瞳には、強い意志がこもっている。

 数年前、ユウリと出会って、その若くもまっすぐな理念に共感した時のことを思い出した。どうもこういう若さとか勢いとか、そういうものに私は弱いらしい。

 どうしようかと困っていると、背後から声がかかった。


「お任せしますよ」


 ユウリの声は、なんだか弾んでいるような。

 ……まあ、リーダーがそういうなら、私の一存で決めさせてもらおうかな。

 今日からは隣を歩くこの子に、ため息を聴かれてしまうなぁ。

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五人パーティなのにカップルが二組あってつらい。。 @yu__ss

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