五人パーティなのにカップルが二組あってつらい。。

@yu__ss

前編

 若い頃からいくつかのパーティに参画していた。

 時には志に共感し、時にはお金で雇われたりしながら、長ければ年単位、短い時は数週間という期間で、様々な仲間たちと行動を共にした。

 ダンジョンを攻略し大きな成功を得た時もあれば、たまにモンスターに殺されかけたりもする。

 そんな生活も、早いものでもう十二年。

 その十二年の経験から、私の中ではパーティビルディングに欠かせない幾つかの法則が存在する。「目標はできるだけ具体的にして、全員で共有する」とか「反省会は責任追及になってはいけない」とか。

 その中でも結構大事な法則として、「パーティの人数は偶数にする」という法則がある。

 四人でも六人でも八人でも良いのだけど、偶数が良い。なぜなら、二人組を作るときに一人余らないからだ。

 奇数だと必ず一人余り、その一人が孤独感を感じることで思わぬところでパーティに不和をもたらすことがよくある。

 そんな事態を避けるために、パーティの人数は偶数にすべきなのだ。

 あと、不和といえば、恋愛も御法度だ。

 二人が仲良くやっているうちはいいが、もしも二人が別れた時は最悪だ。どちらかがパーティを抜けるまではめちゃくちゃ不和不和する。万が一にも三角関係になったら目も当てられない。

 周りも二人が別れないように気を使って疲れるし、とにかくストレスが溜まる。

 まあこれが、冒険者パーティでなければ別に構わない。多少の不和くらい、誰かが我慢すればある程度は回るだろう。しかし、冒険者は違う。

 酷い汚泥や悪臭漂うダンジョンを潜り、命を懸けて魔物と戦う中で、人間関係は本当に大切だ。

 信頼し、背中を預け、全員で生きて帰ろう、出来るだけ沢山の戦果を挙げて帰ろうと、心から誓い合った仲間達でなければ、戦果どころか命すら危うい。

 わずかな迷いが生死に関わる仕事だ。そういったリスクは出来る限り排除する。

 だから冒険者は人間関係には気を使う。パーティ内恋愛はしない、するなら一生添い遂げる覚悟を持つ。

 少なくとも私はそうやって生きてきた。

 ……まあ、そういった意味では、今のパーティは最悪だ。

 五人という奇数に加えて、カップルが二組もある。

 そしてもちろん余っているのは、私だ。






 二日前、洞窟に潜むグールの群れの討伐に成功した私たち五人は、王都へと徒歩で戻る途上にあった。

 夕暮れに空は橙色に染まり、背の低い草が群生している平原の先に、本日厄介になる予定の修道院が見えてきた。

 二、二、一の三列の最後尾から目線を前に向けると、パーティの先頭を歩く二人、勇者のユウリと魔術師のマジョルカが何やら楽しげに話している。


「ユウリちゃん、疲れた?」

「気を遣ってくれるの? ありがとう、ルカちゃん」

「いえ、気を遣ってるわけじゃなくて」

「あ、あれ?」

「リーダーの貴女が疲れた顔をしては、パーティの士気に関わるでしょう?」

「あ……そ、そうだよね。ごめんね」

「……でも、疲れたら私にだけは報告してね」

「……え?」

「私が、貴女をちゃんとフォローするからね」


 そう言ってマジョルカは微笑み、ユウリもはにかみながら顔を綻ばせる。

 ……うん。なんだろう。いや、まあ良いんだけど。

 要領は良くないけど優しいユウリと、リアリストで頭の良いマジョルカ。二人は幼馴染で恋人同士。

 一応このパーティはユウリがリーダーとして振舞っているのだけど、実際はマジョルカが保護者のような立場になってフォローしたりしている。

 私としては二人が円満にいっている分にはとりあえず言うことはない、かなぁ。相性が悪いのかたまに衝突している事もあるけど。

 それよりも心配なのは真ん中列の二人。煌びやかな全身鎧を纏った背の低い重騎士のエルメスと、暗い色のローブに身を包んだ付与魔術師のウェンズデー。


「やっと見えてきましたわね、ウェンズデー」

「……ん」

「疲れましたわ……お風呂があると良いのだけど、どうかしら」

「……さあ」

「もし無かったら、今夜も貴女に身体を拭いてもらわないといけませんわね」

「……」

「……まあそれも、わたくしは好きなのですけど」

「…………私も」


 楽しそうにエルメスが声を上げて笑うと、ウェンズデーは顔を上気させて俯いている。

 派手好きで常に前線を好むエルメスと、大人しくて自己主張をしないウェンズデー。相性といえばこの二人の方が悪い。

 頻繁に喧嘩を繰り返すものだから、こちらの方が見ていてひやひやする。今は二人とも機嫌が良いみたいだけど。

 二人が楽しそうに笑うたびに、エルメスの鎧が金属音を鳴らす。

 背の低いエルメスが重そうな全身鎧を平気で身につけているのは、ウェンズデーの強化魔法バフがかかっているからだ。

 ウェンズデーがかけたバフによって、エルメスは力を発揮できる。そのエルメスによってウェンズデーは護られている。

 お互いに助け合う関係を続けていくうちに、お互いに意識し合うようになり付き合うことになったらしい。

 まあ二人の馴れ初めはどうでも良いのだけど、相性の悪い二人が付き合っているのはわりかし頭の痛い問題だ。今は仲よさそうに手を繋いでいるけれど、いつ喧嘩に発展するのかわからない。

 ユウリとマジョルカに比べると年齢も低いので、酷い喧嘩は何度もある。

『……今はエルメスにバフをかけたくない』とウェンズデーが言い出せば、『わたくしもウェンズデーを護りたくありません!』とエルメスが応酬する。

 その度にダンジョンに潜るのを延期している。勘弁してくれと言いたくもなるけれど、無理やりに連れて行っても危険が増すばかりなので仲直りするのを待つしかない。

 小さく、ため息がこぼれた。

 隣を歩く人は居らず、前の四人はそれぞれに盛り上がっていて、誰にもため息は聞こえなかっただろう。

 このパーティは今までに参画したパーティの中で、一番疲れるかもしれないなぁ……。

 なんてことを考えながら、遠景に見える修道院にお風呂がある事を祈るのだった。






 部屋に案内され、一人でベッドに腰掛ける。木箱を並べたものに布を被せただけの質素なものだけど、屋根も壁も無いところで眠るのに比べたらずっとマシ。

 この修道院のリリィズ正教会という宗教は質素倹約を教義としているので、晩御飯も期待しない方が良いだろう。お風呂が無いのは残念だったが、まあ仕方ないかな。

 お布施は部屋代に回ったのか、五人組に対して三部屋もあてがわれた。当然のように二、二、一に部屋割りがなされ、当然のように私が一人部屋だ。まあ、一人の方が有難いけど。

 二人でも広く感じるであろう部屋を独占するのは、ほんの少しだけ孤独感を覚えるけれど。まあ、慣れたものだ。他の子に比べれば、私も大人だしね。

 人心地ついて伸びをしていると、部屋のドアがノックされた。

 どうぞ、と声をかけると、入ってきたのは湯気の立つ桶を手に提げた一人の少女。


「今晩は、身体を拭くためのお湯をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」


 そう声をかけ微笑むと、少女は淵に布のかかった桶を本棚の前に置く。

 年齢は12歳くらいだろうか? 白を基調にした修道服に身を包んでおり、頭巾の下から覗かせる顔はなんだか聡明そうに見えた。

 では失礼します、と頭を下げた少女に笑顔を向ける。

 と、顔を上げた少女はじっと私の顔を見つめている。なんだ?


「……あの、お名前を伺っても?」

「サラだけど」


 少女の疑問に素直に答えると、少女は驚いたように目を見開いた。


「……サラ姉様?」


 なんだか聞き慣れない不思議な敬称だったけれど、確かにそれには覚えがあった。


「ノーラ?」


 四年ほど前、今のパーティに参加する三つか四つくらい前のパーティの時に偶然助けた少女がいた。その少女に姉様と呼ばれていた。

 その少女が、確かノーラという名前だったけど……。


「ええ、ノーラです! お久しぶりです! まさかまた姉様に再会できるだなんて、夢のようです!」


 顔を綻ばせたノーラはベッド脇まで駆け寄ると、私の右手を両手でとった。豆だらけの小さな手に強めに握られ、少し痛い。


「毎晩毎晩、もう一度会える日が来ることを祈っておりました……。とても、とても嬉しいです……」


 ノーラは私の手を掴んだまま、胸の前で祈るように手を組み目を細める。

 泣き出しそうな勢いのノーラに、嬉しさよりも驚きや恥ずかしさが勝ってしまう。


「サラ姉様が私のことを覚えておいてくださったことも、とても嬉しいです……」

「あ、うん。私も再会できて嬉しいよ」


 恥ずかしさを紛らわす様に、あまり感情を込めずに答えたけれど、


「ああ、姉様にそう言っていただけると、毎晩祈っていた甲斐がありました……!」


 ノーラはとても嬉しそう。今の今まで忘れていたことが少し申し訳なくなる。

 嬉しいけど、やっぱり少し恥ずかしい。


「ノーラは、そんなに私の事を思っていてくれたんだね」

「ええ! 勿論です! 私にとっては命の恩人ですから!」


 そう言うと、ノーラはまたしても握る手に力を込める。

 キラキラとした目で真っ直ぐに見つめられると、自分にそんな価値があるのかなぁと、やや卑屈になってしまう。

 それでもノーラは私の手を離そうとしない。


「あの、身体を拭くの、私にやらせてもらっても良いですか!?」


 ノーラは体ごと乗り出すように顔を寄せ、鼻のあたりそうな距離で私を見上げていた。






 小さな手で、お湯に浸した布を絞るノーラ。その様子を、薄衣一枚を左手で胸にあてながら眺めていた。

 四年前、通りかかった村で女の子が行方不明になっていると相談を受けた。

 当時のパーティは比較的ドライな人間が多くて、捜索には消極的だった。リーダーが女の子を探す手掛かりを聞くよりも先に、謝礼の話をし出した時には流石に呆れたけれど。

 結局リーダーと口論となり、そのパーティとはそこで喧嘩別れ。女の子は私だけで探しに行くことに。

 なんとか女の子を見つけ出せたけれど、私としてはあんまりいい思い出じゃない。

 背中を怪我して村に戻った時の、『元』リーダーの蔑むような目を思い出すと無性に腹が立つ。あいつはいつか泣かす。

 そのあと怪我を治すのにその村に数週間滞在することになったのだけど、その間は稼ぎにならないし、怪我した背中は痛いし。

 村の好意で食事と寝る場所は提供して貰ったけど、まあ、あんまり楽しい思い出ではないよね。女の子を無事に助けられたことと、パーティから抜けられたことは良かったけど。

 ノーラはその時の女の子で、私が村での療養中はよく面倒を見てくれた。まさか修道女になっていたとはねぇ。


「拭きますね」


 そう言われて、私は背中を向ける。

 温かい布の感触が右肩のあたりに広がる。そういえばあの時も、こうして背中を拭いてもらったっけ。

 当時よりも少しだけ大きな手。力加減ができるようになったのか、強弱をつけながら背中に布をあてがってゆく。気持ちいい。


「これ、私の時のですね……。懐かしい」


 右の肩甲骨の下あたりをさすりながら、ノーラが呟いた。そこはノーラを助けた時に怪我をしたあたり。まだ傷跡が残っているので、そのことだろう。


「あ、ごめんなさい、痛くないですか?」

「流石にもう平気だよ」


 私が苦笑すると、背中越しにノーラが胸を撫で下ろしたのがわかる。


「傷、昔より増えてません?」

「まあね」


 色々、苦労もあるからね。

 特に今のパーティは苦労が多い。

 なんといっても専門のヒーラーがいないから、ちょっとした傷が跡になっちゃうんだよね。とはいえヒーラーは需要が高くて、なかなか見つからないからなぁ。


「この傷も、新しいですね」

「あー、それは二日前だね」


 胸に布をあてている左手の二の腕のあたりを、ノーラは優しく触れる。抉れたような傷が出来ていたはずだ。

 少し前、とある田舎村の洞窟にグールの群れが現れたと依頼があり、私たちが討伐を請け負った。

 最初は五匹ほどと聞いていたのだけど、囲まれてからその三倍は居ることに気づいた。油断していたせいで後方にいた付与魔術師のウェンズデーが襲われそうになり、それを庇って出来たのがその傷。

 まあ、そういうこともある。大した怪我でもないし、私以外は誰も怪我していないので、とりあえずよかったかな。


「あの、サラ姉様、大丈夫でしたか?」


 そんな話をすると、背後のノーラが心配そうな声音で、呟く。

 首だけ振り返ると、ノーラは眉根を寄せて上目遣いでこちらを見ていた。


「ああ、ごめん、心配させちゃった? 大丈夫だよ。よくあることだしね」

「よくあるんですか?」


 ノーラはさらに眉根を寄せて私を見つめる。心配させまいと慣れていることを伝えようとしたけど、余計に心配させてしまったらしい。

 平気だよー、と明るく笑って誤魔化すと、ノーラは嘆息して二の腕の傷に触れる。おや?

 小さな声で何やら呟くと、まだ赤く痛々しかった傷が、淡い緑色の光に覆われて塞がっていく。……どうやら治癒魔術みたいだ。

 リリィズ正教会は独自の治癒魔術の体系を持っていると聞いたことがあるけれど、それなのだろうか?

 ノーラが呟くのを止めると光が引いていく。少しだけ跡が残ったけれど、痛みは完全に無くなった。


「すごいね! ありがとう、ノーラ」

「……いえ」


 私はお礼の言葉を口にしたけれど、ノーラは何やら考え込むように俯いていた。






 来客用の小さなダイニングルームで、給仕役だというノーラと一緒に他の四人が来るのを待っていた。

 ノーラに体を拭いてもらったあと、ちょうど食事の時間となり一緒にここまで移動した。

 私たちが来た時点で少し早かったけれど、暫く待っていてもまだ誰も来ない。四人も同じように部屋で待っていたはずだけど何かあったのだろうか?


「……いらっしゃいませんね」


 と、ノーラが呟く。

 うーん、歳若いエルメスとウェンズデーの二人は結構時間にルーズだから遅れることもあるんだけど、ユウリとマジョルカが来ないのは珍しい。


「呼んでくるね」


 と声をかけて立ち上がろうとすると、私が行きます、とノーラが制した。

 そのままノーラは食堂を出ていくのを見守ってから暫くして、マジョルカと、少し遅れてユウリが顔を出した。

「すみません、遅れてしまいました」と、マジョルカは笑顔で謝罪の言葉を口にする。マジョルカが笑顔の時は、大抵不機嫌を隠そうとしている時だ。

 後ろから入ってきたユウリは、俯いたまま小さな声で「ごめん」と呟いている。

 二人の間の不穏な空気は容易に感じ取れた。あー、これは喧嘩してたな……。

 会話のないまま二人が席に着く。いつもは隣り合う席にかけるはずだけど、今日は斜向かいになるように席を選んでいる。露骨だなぁ……。

 どうしたもんかと考えていると、慌てた様子でノーラが戻ってくる。こちらは顔を赤くしているけれど、何かあったのだろうか。


「ごめんなさい。遅れてしまいましたわ」

「……」


 ラフな格好で現れた、エルメスとウェンズデー。こちらは仲よさそうに手をつないでいる。……気のせいだろうか、俯いているウェンズデーの顔が上気しているように見えるが。


「体を拭きあっていたら、遅くなってしまいましたわ」


 楽しそうに笑いながら、エルメスは隣のウェンズデーをちらりと見遣る。二人で微笑みを交わすと、隣り合った席に着いた。

 ……まあ、仲が良い分には、構わないけれど。

 予定より遅れ、やっと全員が揃ったところで、給仕役のノーラは配膳を始めた。






「お話があります」


 そう、ノーラは切り出したのは、食事が終わってから暫く経った頃だ。

 夕食事後、いちゃいちゃしながら時間をかけて食事をしているエルメスとウェンズデーを尻目に、私は早々に部屋に引っ込んだ。

 本棚にあったリリィズ聖典をパラパラとめくっていると、ノーラが私の部屋に顔を見せた。部屋に通すと、ベッドに腰掛ける私の右横に座って、真剣な表情で私を見上げている。


「……えーと、何かな?」


 ノーラは少しだけ躊躇った後、切り出した。


「……サラ姉様は、このパーティに満足していますか?」


 お?

 何を言い出すかと思ったら、満足度調査?

 全然話が見えない。


「どういうことかな?」

「だって、ひどいと思います!」


 ノーラは怒気を込め、強めの言葉で私に訴えかけるように語る。


「サラ姉様は怪我までしてパーティに貢献しているのに、他の方達はサラ姉様をぞんざいに扱っています!」

「……そ、そう?」

「部屋だって、姉様を遠ざけるように一人部屋にしてるし、食事の時だって勝手な理由で遅刻してくるし!」


 ……もしかして周りからはそう見えてるのかな。

 これは結構ショックだ……。

 遅刻はともかく、一人部屋は私も望んでいる。隣で喧嘩されたりいちゃつかれるよりも、ずっと心が休まるし。


「えーっと、そんなことないと思うけどなぁ……」

「サラ姉様は優しいから、みんな甘えてるんです!」


 許せません! とますます息を巻くノーラは、ぎゅっと私の右手を両手で掴む。低い位置からしっかりと私の目を見つめる。


「だから姉様、私と一緒に、ここで修道女をやりませんか?」

「……えーと」


 あーそうきたかぁ。なるほどねぇ。

 いやー、うーん、ええー……。

 どうしようかなぁ、これ。


「そうだなぁ……」


 曖昧に苦笑いをしていると、ノーラが握る手をますます強める。


「本気です!」


 そういったノーラの目は、しっかりと私を捉えて離さない。

 私を本気で心配してくれるノーラの気持ちが伝わってきて、嬉しくもある。けれど……。

 返答を躊躇っていると、室内にノックの音が響いた。


「あの、少し良いですか?」


 扉越しに聞こえたのは、パーティのリーダー、ユウリの声だった。


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