ドラマチック左右(2)
よほど穴掘りに夢中になっていたのか、随分と早く掘り終えていた様に感じた。
日はまだ落ち切ってはいない。
掘り終えた穴にさっそく猫を沈めて、砂を被せようとした手前で背後から聞こえる足音に気が付いた。
砂利を踏む音。嫌にゆっくりと徐々に大きくなるのを感じて感情が高鳴り、山刀を握る手に力が入る。
背は向けたままで意識を道の方向へと集中させる。
足音が真後ろに来て変化した事に気付く。
明らかに、公園の中に足を踏み入れていた。それでもまだ、足音は近づき背中で伸びた影が次第に僕の体に覆いかぶさる。
それがまるで、時計の針の様に僕の後ろから左側へと傾き、影の持ち主は右側のベンチで落ち着く。 僕は顎を固定したままで、視線だけを影の持ち主へと向けた。
そこには、人が一人。線の細い脚を組んで、両腕を広げて踏ん反り返る様にベンチに腰を下ろしている。
黒の細身なズボンに、皺の伸ばされていない見慣れないブランドの白いワイシャツを着ている。袖口がボタンで絞られているが、どこか全体的に崩した着こなしをしておりそのせいでより一層線を細く見せる。そして顔には不似合いで不格好な色の深い大きなサングラスをしている。目元がほとんど隠れているせいか横顔がとても中性的で、その細い体といい白い肌といい何だか性別が判然としない。揉み上げは薄く、耳には軟骨に二つ朶には一つ緑いろの石が嵌め込まれたピアスをしている。その耳の上から項まで髪を刈上げているが、染められてはおらず深い黒色をして風に靡いていた。
この人はどこか、まじまじと見入ってしまう何かがあった。
すると、向うもこちらに気付いた様に顎をこちらに向ける。サングラス越しでも分かる鋭い眼差しをしていると感じて生唾を吞んむ。
手にしている山刀と対格差があったとしても、この場で飛掛かればこちらが殺されてしまう様に思えた。
などと考えていると、僕を一通り観察して、一人合点したような表情を浮かべて薄い唇を開く。
「よう」
彼は僕の知り合いではないが、男だった様で声は中性的ではなかった。
「それは猫かい、君が殺したのかい」
その口調はまるで自分に自信がある様だった。
僕は投げかけられた質問に言葉を返せずに、顎を男の方へと向けた。
「早まったことは考えるもんじゃないよ」
彼は首を左に傾けて言う。
僕は、彼がどこか気狂いなのかもしれないと思った。
「何も考えていないよ」
僕はやっとの思いで言葉を返す。すると彼はこちらにまるで
興味をなくしてしまったようにくるりと正面を向いた。
「あっそ」
そうやって彼は一言、僕を軽くあしらった。
次の瞬間には僕に対する興味を完全になくした様で、彼の奥に置かれていたパン屋の紙袋に手を伸ばしていた。
その紙袋が置かれていた場所は僕からは死角になっていて今まで気づくことが出来なかったが、この辺では有名なパン屋の物だった。
「給食を毎日の様に食べていた頃は、牛乳とパンの組み合わせはあまり良くないと思っていたんだけど」
彼は言葉を続けながら、紙袋からサンドイッチと紙パックの牛乳を取り出した。
「今になって一緒に食べてみると、何故だかとても良く合う気がするよな」
唐突にそんなことを言われて、何だかわかる様な気がしたけど、給食を毎日のように食べている僕には理解できるはずもなかった。なので、特に何の言葉も返さなかった。
際まで進めば [鶴鍵 奇譚] [猪目 五月] @eNDRabo123
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